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やっぱり筆剣は剣より強かった  作者: 甘海老男
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57.vs魔女の四重奏⑦

38階層に上がると、広い空間になっていた。

ボス部屋に近い雰囲気だ。


部屋の中心にはボロボロの服を着た男性が2人立っていた。


「おい!ミュワーズはどこ?」

「ドラレ様。ミュワーズ様はトシハルとお楽しみになっております」

「はぁ。やっぱり」

遠くから聞こえてくる呻き声はその声だろう。


「はぁ。ジルーどうする?」

「倒すか捕まえるかしなきゃいけないんだ。待つしかないだろ。そんな現場を見たくもない」

「そうだよねー」

ドラレさんは笑顔で答えた。


俺達は少し離れて、ミュワーズを待った。


すると声が止み、裸の藤井先生がやってきた。

「やっと終わったか」


俺達が近づこうとすると、藤井先生が隠し持っていたナイフを男性の首に刺した。

「は?」

「藤井先生!」


藤井先生は何もためらわず、もう1人の男性の首にもナイフを刺した。

「……ミュワーズ様がもっと欲しいって言うんだ。ハハハ」

俺の知っている藤井先生ではない。


「おい!」

「……ドラレ様。それになんで永田達がいるんです?それに獣人も。あれ?北村?」

先生は俺を見て、首を傾げた。

「北村もうちのクラスだったな。なんか忘れてたよ」

ショックだったが今はそれどころではない。


「先生。なんでそこの2人を殺したんですか?」

「え?ああ。ミュワーズ様がもっと力が欲しいらしくてな。俺は殺した相手のステータスを奪えるんだ。だから殺した」

「え?」

先生の倫理観は異世界に染まっていた。


「もういいか?ミュワーズ様がお待ちなんだ……」

藤井先生は背を向けて、戻って行く。


「師匠。すみませんが殺さずにお願いします」

「いいのか?」

「はい。あれでも同じ故郷の人なんで」

「わかった」

ジル師匠は一瞬で藤井先生の元に行き、腹を殴って気絶をさせた。


ジル師匠は藤井先生を担ぐ。

「これはどうする?」

「じゃあ俺達が」

「うん。これから戦闘になると思うから離れておいて」

「わかった」

永田と神山さんがジル師匠から藤井先生を受け取り、下の階層に続く階段へ向かった。


「大丈夫か?」

「大丈夫です」


人が目の前で死んだ。

しかも殺したのは俺の担任。

普通はおかしくなるはず。


だけどさほど心に影響はない。

食事をあまりしなくていい以外に、こういうところも強化してる気がする。


「ドラレさん。ミュワーズの戦い方を教えて」

「うん。ジルも聞いてね」

「ああ」

「ミュワーズは水を操る能力は凄いけど全然強くない」

「強くない?」

「うん」

【魔女の四重奏】のリーダーだから強いと思っていた。


「むしろ魔法より肉弾戦の方が強いわ。ただトシハルがステータスを渡しているから魔力も筋力も上がっていると考えた方がいい。と言っても全て渡しているとかはないはずだから、ジルなら余裕で倒せるわ」

「わかった」

ジル師匠は頷いた。


「トシハル!!遅い!いつまで待たせるのよ」

奥から服装が乱れたミュワーズが現れた。


「ん?ドラレ?それに暴獣?」

ミュワーズは俺達をジロジロとみて、ニヤッと微笑む。


「ドラレ、まさか邪魔するつもり?」

「うん。そのつもりだけど」

「はぁー。アクアウィップ!」

ミュワーズはものすごい速さで水の鞭を出し、ドラレさんを掴んで引き寄せた。


「な!ス、ストームアーぐっ!」

引き寄せられたドラレはミュワーズに殴られ、壁にぶつかった。

「ドラレさん!!」

俺はすぐに駆け寄るが、ドラレさんの意識は無くなっていた。


「バカね。いつまでも自分の方が強いって思ってるんだから。トシハルから9割のステータスをもらうためにさっきまで抱かれてたのよ?負けるわけがないじゃない」

ミュワーズは再びニコっと笑うと一瞬でジル師匠の目の前に移動する。


「ウォーターサーベル!」

腕に水の刃を纏って、ジル師匠に斬りかかる。


「くっ!」

ジル師匠は後ろに下がって避けようとするが、刃先が掠って血が流れていた。

「フフフ。暴獣もこんなものなのね」

ミュワーズの強さはドラレさんの情報とは全く違った。

先生のステータスをもらって化け物になっていた。


ミュワーズはウォーターサーベルで攻撃し続ける。

師匠はハンマーを取り出し、攻撃を防ぐ。


「イツキ!シラユキとゴウキを!」

「はい!」

俺は召喚絵巻を使って、シラユキとゴウキを召喚する。


「2人共、気を付けて」

ガルルルルル!

「御意!」

2人はミュワーズに向かって行った。

俺もそれに続く。


「召喚系のスキルか。近づかれたくないわ。バブルボム!」

バスケットボールサイズの泡が十数個現れ、ミュワーズの周りに浮かぶ。


ゴウキがバブルボムを避けながらミュワーズに近づく。

「知能があるのね。でも残念」

ミュワーズはデコピンで水滴をゴウキの近くにあるバブルボムに飛ばす。

するとバブルボムは弾け、水の弾丸がゴウキを襲う。


「ぎ、御意」

ゴウキはダメージを追ったみたいだが、まだ平気そうだ。


「近接は駄目だ!」

ガルル!

「御意!」


シラユキは氷の槍でバブルボムを破壊し、ゴウキは雷を落としてミュワーズを攻撃する。

「旋風!火車!」

俺も筆魔法で攻撃を仕掛ける。


攻撃がバブルボムに当たって弾ける。

水が蒸発して水蒸気が舞う。


水蒸気が晴れると、無傷のミュワーズの姿があった。

そしてなぜかシラユキが召喚絵巻に戻っていた。


「ダメじゃない。水で雷を誘導できることもわからないなんて」

シラユキがいたはずの場所が濡れている。

ゴウキの雷が水を通ってシラユキに当たったんだろう。


「ゴウキ、雷もなしだ」

「御意……」

俺達は遠距離も近距離も防がれてしまった。


「イツキ。良くやった」

「え?」

ジル師匠がいつの間にかミュワーズの背後にいた。


ジル師匠は首を後ろから絞める。


「ぐっ!じ、獣人が触らないでくれる?」

ジル師匠の腕をミュワーズは力で引き剥がそうとする。

ジル師匠の腕は少しづつ剥がされていく。


「ぐっ!イツキ!ゴウキ!」

ジル師匠が叫ぶ。

俺達はすぐに走り出し、ミュワーズに攻撃を仕掛けようとするが、水の槍が大量に飛んでくる。


「ぐっ!!がああああああ!」

「私と力比べなんて無謀よ」

ミュワーズの怪力のせいで、ジル師匠の腕は変な方向に曲がっていた。

ジル師匠は引き剥がされ、ものすごい勢いで地面に叩きつけられた。


「師匠!!!!」

俺が師匠に気を取られるていると、目の前に水の槍が飛んできた。

全く集中できてなかった。

俺は避けようと身体を動かそうとするが、間に合わない。


「御意!!」

ゴウキが俺を突き飛ばし、代わりに水の槍を食らって消えてしまった。


「何してんだ俺は!!」

師匠もシラユキもゴウキもいない。


俺とミュワーズの1対1だ。

俺は腹を括った。


筆剣を構え、集中をする。


「ん?まだやるつもり?」

「……………」

「そう。邪魔された鬱憤を晴らさせてもらうわね」

ミュワーズは俺の目の前に現れ、俺を殴る。

俺は筆剣で拳を防ぐが、勢いは殺せなかった。


「旋風!」

壁に当たるギリギリで『旋風』を使うが、勢いを殺しきれず壁に当たる。

「ぐっ!」


俺が倒すことはたぶん無理だ。

だからジル師匠やドラレさんが目を覚ますまでの時間稼ぎをしないといけない。


俺は身体の痛みに耐え、再び立ち上がった。



▽ ▽ ▽



「凪、大丈夫か?」

「先生の裸はきつい」

「すまん」

俺達は裸の藤井先生を運んでいた。


俺達は階段を降り、37階層の端の方まで来ていた。


「ここら辺なら平気か」

「うん。大丈夫。モンスターもいない」

「凪」

「うん」

凪は頷くと、ナイフを取り出した。


「ありがとう」

俺はそれを受け取る。


「私がやろうか?」

「いや。これは俺にやらせてくれ」

「わかった」

凪は頷いた。


俺の目標はクラスの全員で帰ること。

しかしそれは無理になってしまった。


俺はできる限りのことはするつもりだ。

ただこの世界に染まり、おかしくなった奴まで助けるつもりはない。


俺は自分の身の程を知っている。

神童?

勝手に言ってんな。

俺は俺の全力で、クラスメイトを守る。


だからノイズはいらないし、ノイズを消したことは凪以外には秘密だ。


俺は気絶している藤井先生の首をナイフで切り裂いた。

藤井先生は叫ぶこともなく絶命した。


初めて人を殺した。

肉を切る感触はモンスターと変わらない。

俺も異世界に染まってきているんだろう。


俺がそんなことを思っていると、凪が俺の手を握った。

「大丈夫?」

「ああ。すまん。少しこのままで頼む」

「うん」


俺は絶対クラスメイトを助ける。

元の世界に帰ることができるなら帰すし、この世界で暮らすことになるのなら平穏な生活を作る。


それが俺にできる全力だ。



▽ ▽ ▽



俺は飛んでくる魔法を避けながら進む。


「フフフ。遊んであげてるのがわからないのね」

肩に水の槍が刺さるが、俺は止まらず筆剣を振るう。


「変な武器ね。危ないから離れなさい!ウォーターアーム!」

ミュワーズは水で出来た大きな腕で俺を殴り飛ばした。

なんで水なのにこんなに硬いんだよ。


俺は吹き飛ばされるが、すぐに立ち上がる。


「なんか楽しくなってきたわ。どんだけ痛めつけても立ち上がるのね」

ニコニコ笑いながら水の槍を俺に飛ばしてくる。

俺は筆剣で防ぐが、数本掠ってしまう。


「ん?」

ミュワーズは首を傾げた。

そして手を何度も握り、何かを確かめてる。


俺はその隙に距離を詰める。

「そんなわけないわよね」

「何がだ!」

俺は跳び上がり、筆剣を振り降ろす。


「ウォーターシールド!」

水の盾が俺とミュワーズの間に現れが、筆剣は盾を斬り裂いた。

ミュワーズには届かなかったが、魔法を壊せるようになった。

これは集中のおかげなのか。


「やっぱりおかしいわ!!」

「だから何がだ!」

俺は筆剣で攻め続ける。


「ウ、ウォーターアーム!」

ミュワーズは両腕にウォーターアームを付けて、俺の攻撃を防ぐ。

だけどさっきほどの硬さが無くなっていた。

何が原因かわからなかったがチャンスだ。

俺は攻撃の手をやめない。


「なんでよ!もう!」

ミュワーズは叫びながら腕を振るう。

俺はそれに合わせて、筆剣を振る。

筆剣はウォーターアームを斬り、ミュワーズの左腕を切断した。


「ギャアアアアア!」

ミュワーズは叫びながら暴れだした。


俺は少し距離を取る。


「くそおおおお!なんでえええ!」

ミュワーズは暴れている。

「あああああ!くそがああああ!!!ハアアアイドロボオオオオム!!」

ミューズはそう叫ぶと気絶をして倒れた。


「あれ?」

魔法を唱えたと思ったが、何も発動していなかった。

そしてなぜか俺の身体には風の鎧が纏われていた。


「間に合った?」

ボロボロのドラレさんが脚を引きずりながら、俺の元へやってきた。


「ミュワーズの最大の魔法だったはずなんだけど、発動できずに終わっちゃったみたいだね」

「防御魔法、ありがとうございます」

「弟子くんが死んじゃったら、ジルに嫌われちゃうからね」

ドラレの行動理念はジル師匠みたいだ。


「ドラレさん、これをジル師匠に飲ませてください。ドラレさんも飲んでいいですからね」

俺はポーションを渡す。

「ありがとう」

ドラレは脚を引きずりながらジル師匠の元に行った。

なぜかとても笑顔だった。


俺は永田達の無事を確認するために、階段に向かった。


階段には永田と神山さんしかいなかった。

永田はなぜか血を流している。


「あれ?先生は?」

「すまん。途中で目を覚まして、逃げられてしまった」

永田は申し訳なさそうに言った。


「まじか。怪我は平気?」

「ああ。ナイフで切られたが大丈夫だ」

「これをかけておきな」

俺はポーションを渡した。


「ありがとう」

「ジル師匠とミュワーズが気絶してるから、運ぶの手伝ってほしいんだけど……」

「大丈夫だ。見た目だけでそこまで傷は深くないから」

「ありがとう」

俺達は38階層に戻り、ジル師匠とミュワーズを運んだ。


藤井先生が殺した男性2人の死体も運ぼうと思ったが、いつの間にか消えていた。

ドラレさん曰く、死体はダンジョンに吸収されて消えるらしい。


俺達は37階層と38階層の間で、ジル師匠が目覚めるのを待った。


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