<45:関西弁エイリアン(5)>
穂積沙紀・・・1年2組の生徒。
奥山和歌子・・・穂積沙紀のクラスメイト。大阪出身。
瀬田伊織・・・穂積沙紀のクラスメイト。
剣持静香・・・穂積沙紀のクラスメイト。
江草千夏・・・穂積沙紀のクラスメイト。
お昼時に入り、1年2組による焼きそば屋は、かなりの盛況ぶりとなっている。
調理担当と売り子担当の生徒たちが、忙しく動き回っている。
そんな様子を、沙紀は少し離れた場所から冷めた目で見つめている。
統括担当だからといって、店を見張っている義務は無い。ただ、何となく、そこにいるだけだ。
暇ならば他のブースを巡ればいいようなものだが、沙紀は特に行きたい場所も無かった。
一応はブラブラと歩き回ってみたのだが、興味を惹くようなものは無かった。
出来ることなら勉強したいのだが、さすがに学園祭当日では不可能だ。
学校のあらゆる場所は、何らかの催し物で使用されている。いつもは静かに勉強できる図書室でさえ、文芸部の出し物に利用されている。
もちろん自宅に戻れば勉強することは可能だ。
だが、さすがの沙紀も、学園祭をサボタージュして帰宅する気にはなれなかった。
いや、ひょっとしたら、以前の彼女なら、そこまでしていたかもしれないが。
先程から沙紀は、調理担当の江草千夏が不安そうな顔を浮かべているのに気付いていた。
何度もドアの方をチラチラと見て、何かを気にしている様子だった。
「ねえ、西村君、知らない?」
千夏が、売り子担当の瀬田伊織に尋ねる。
「ううん、知らないけど」
「そうか……。もう交代の時間なんだけど」
千夏は腕時計に視線を落とす。
「次、西村君なの?」
「うん。っていうか、もう交代時間は過ぎてる」
「西村君って、天文部でしょ。そっちの仕事で、何か手間取ってるんじゃないの」
「そうなのかな。だけど私も、そろそろ放送部の方に行かなきゃならないのに」
千夏が困った表情を浮かべる。
「そうか。でも、どうしようもないよね。とにかくギリギリまで待つしかないよ。それでも来なかったら、もう放送部の方に行っていいよ。こっちは、何とかやりくりする」
「忙しい時間帯に人手が足りなくなるけど、ごめんね」
「千夏のせいじゃないから。西村の奴が来たら、ぶっ飛ばしてやるわよ」
「あと5分だけやるけど、それで彼が来なかったら、本当にごめん」
そう言いながら、千夏は焼きそばの麺を鉄板で焼き始めようとする。
その時、彼女の腕を後ろからグイと掴む人物がいた。
パッと振り向くと、それは沙紀だった。
「私が代わるわ」
「えっ、でも」
千夏は困惑する。
彼女だけではなく、周囲にいたクラスメイトも驚いた表情を浮かべていた。
今までコミュニケーションを取ることさえ拒否していた沙紀が、クラスメイトの手助けを買って出たのだから、その反応も当然だろう。
だが、誰よりも驚いていたのは、沙紀自身だったかもしれない。
千夏のオロオロした様子を見ている内に、何か耐え切れない気持ちになってしまい、ツカツカと歩み寄っていたのだ。
(どうして代わるなんて言ったんだろう)
沙紀は硬い表情のまま考える。
余計な仕事を背負い込むなんて、自分らしくない行動だ。
なぜなのかは、本人にもハッキリとは分からなかった。
(とにかく、口に出したんだから、撤回は出来ないわね)
「でも穂積さんは、調理担当じゃないし」
「誰がどの担当なんて言っている場合じゃないでしょ」
沙紀は早口で告げる。親切をしても、態度は偉そうだ。
「貴方は放送部に行かなきゃならない。ここは忙しくて人手が欲しい。だったら、誰でもいいから代わりを務めればいいのよ」
「う、うん」
千夏は、持っていたコテを沙紀に差し出した。
「ほら、早く行かないと、私の気が変わるかもよ」
「それじゃあ、ありがとう」
「礼なんていいわよ。どうせ暇だったし」
表情を変えぬまま、沙紀が言う。
「あの、注文、いいかな」
沙紀が立ち去る千夏を見送っていると、声が掛かった。
3年の男子生徒が、客としてやって来たのだ。
「あっ、はい」
慌てて沙紀は向き直る。
「ソース焼きそばと塩焼きそば、一つずつ貰えるかな」
「分かりました」
沙紀は什器に入っている焼きそばの麺を掴んだが、そこで手が止まった。
(焼きそばって、どうやって作るの?)
後先考えずに調理を引き受けたものの、今まで一度も料理の経験が無かった。
「えっと……」
麺を掴んだまま、沙紀は考え込む。
「あの、早くしてくれる?」
客が呼び掛ける。
「あっ、はい」
(ええい、ようするに、麺を炒めてソースと塩で味付けすればいいんでしょ)
ヤケクソ気味に、沙紀は麺を鉄板に投げ込もうとした。
「ああ、アカンって。ちょっと待って」
背後から声がした。城陽学園で関西弁を喋る生徒は、一人しかいない。
「和歌子、何してるの」
沙紀が振り向く。
「それはこっちのセリフやわ」
和歌子が微笑む。
「それより沙紀ちゃん、油を敷いてから麺を入れんと、こびり付いてしまうよ」
「えっ、そうなの?」
「料理、したこと無いやろ」
「それは……」
「代わるわ。ほら、どいて」
和歌子は強引にコテを奪い取り、沙紀を退かせて焼きそばを作り始めた。
「関西人やから、焼きそばも得意なんやで」
ニコッと笑い、和歌子は慣れた手付きで焼きそばを作っていく。
「その代わりに沙紀ちゃん、これで貸し借りは無しにしてや」
「何のこと?何も貸した覚えは無いわよ」
「あの日、報告書探しを手伝いに戻って来てくれたやん。その借りを、これで返したんや」
和歌子が笑顔で言う。
「そんなこと?」
沙紀は口をあんぐりとさせた。
たかが報告書を探しに戻っただけだ。
しかも、実際に手伝ったわけじゃなく、そうしようと思っただけなのに。
(お人好しで、どうしようもないバカね)
沙紀は呆れた表情で、和歌子を見つめた。
「んっ、アタシの顔に何か付いてる?」
「何でもないわよ」
沙紀は、クスッと笑った。




