<41:学園祭への道(4)>
大森昌彦・・・学園祭実行委員長。
斉藤俊也・・・学園祭実行副委員長。
西田・・・学園祭実行委員。
黒崎・・・学園祭実行委員。
加茂文治・・・生活指導教師。
野口優作・・・漫画研究部の部長。
上野正秀・・・陸上部のキャプテン。大森昌彦と斉藤俊也の親友。
「まさか本当に、お祓いに行くとは思わなかったぜ」
呆れたように、俊也が言う。
「お祓いした方がいいと勧めたのは、お前だぞ」
昌彦はそう告げながら、椅子に座り直す。
そこは会議室だ。
彼らは学園祭に向けて、改めて工程表をチェックしている。
「あれは冗談半分だよ。お前、そこまで深刻に悩んでいたんだな」
「だけど、お祓いをしてもらって以降、これといった問題は起きていないぞ。効果はあったんじゃないか」
「まだ行ってから、たった2日なんだろ」
「でも、学園祭関連だけじゃなくて、私生活でも大きなトラブルは起きてないぞ」
昌彦はスッキリした表情を浮かべた。
「お前、悪質なセールスとかに、簡単に騙されるタイプだろうな」
俊也は苦笑する。
「どういう意味だよ」
「いや、何となく」
「嫌な奴だな。俺が満足しているんだから、別にいいじゃねえか」
「悪いとは言ってないさ。ただ、単純で分かりやすいなあと思って」
「バカって言いたいのか」
「そんなことより、仕事しようぜ」
俊也は笑いながら、工程表を引き寄せる。
「おい、はぐらかすなよ」
昌彦が眉を吊り上げていると、会議室のドアが開いた。
実行委員の西田が、困ったような顔で部屋に入って来る。
「うわっ、その顔は」
昌彦は嫌な予感を覚え、しかめ面になる。
「どうした、何か問題か」
「これ、ダメでした」
西田は済まなそうに口を開き、持っていたポスターを差し出した。
「ダメって、漫研のポスターが許可されなかったのか」
「はい」
漫研部員の野口優作に作成してもらったポスターは、イラストの女子高生がパンチラしていることを加茂に咎められ、許可が下りなかった。
そこで優作に頼んで、新しく作り直してもらった。
今度も女子高生が描かれているのは変わらないが、パンティーは見えていない。
その新しいバージョンの許可を取るため、西田は職員室に行っていたのだ。
「言われた通り、パンチラは修正したぞ。何がいけないんだ」
「西田、今回は、ちゃんと理由を訊いてきただろうな」
興奮する昌彦の隣で、俊也は冷静に尋ねる。
「スカートの丈が、短いそうです」
「はっ?」
昌彦は驚きのあまり、甲高い声を発した。自分の耳が信じられず、改めて質問する。
「却下の理由は、何だって?」
「スカートの丈が短すぎるから、許可できないそうです」
「何だ、その理由は。時代遅れにも程があるだろ。あのオッサン、数十年前からタイムスリップしてきたのかよ」
「そのセリフ、前にも聞いた気がするぞ。だが、確かに納得しかねる理由だな」
「俊也、お前もそう思うだろ。こんなの、ムチャクチャだぞ。嫌がらせとしか思えん」
「もしくは、お前の呪いが未だに解けていないのかもな」
「くそっ、直談判に行くぞ」
昌彦は怒りに打ち震え、俊也を引き連れて職員室に乗り込んだ。
「先生、どういうことなんですか」
「声が大きいぞ。一体、何のことだ」
加茂が眉間に皺を寄せる。
「ポスターですよ。先生に言われた通り、パンチラしていないイラストに修正しました。それなのに、またダメって」
「西田に言ったはずだぞ、スカートが短すぎると」
「そんな理由で許可しないなんて、厳しすぎますよ。その程度で、ハレンチだからダメだとか、そんなことを言うんですか」
「性的に問題があるから許可しなかったわけじゃない。ウチの校則に違反しているからだ」
加茂は淡々と告げる。
「校則違反?」
昌彦は当惑し、隣の俊也と顔を見合わせた。
「君たちは、これを見て分からないのか。こんなに短いスカート丈では、膝上が何センチか測るまでも無く、明らかに校則違反だ」
「いや、実際の生徒じゃないですし。ただの漫画ですから」
「漫画は漫画だ。だが、着ているのはウチの制服じゃないか。これを許可したら、学校が短いスカートを認めたと誤解される恐れがある」
「そんな拡大解釈をする奴は、いないでしょう」
「屁理屈をこねる奴は、どこにでもいるものだ」
「いや、だけど、せっかく作り直してもらったのに」
「それは、そっちの問題だろう。こっちとしては、認めるわけにはいかない」
加茂は冷たく突き放す。
「そもそも、なぜ女子高生にこだわるのか、私には全く分からん。作り直すなら、全く別の絵柄にすれば良かったじゃないか」
「それは、そうですけど」
そこは作者の趣味だから仕方が無い。
それに、まさかスカートの丈でダメ出しを食らうとは思っていない。
「また作り直すか、そのポスターは諦めるか、何か考えろ。そのままだと許可は出来ない」
そう言うと、加茂は机の方に向き直った。
話は以上だから立ち去れという、無言のメッセージだ。
昌彦は怒りと悔しさに唇を噛んだが、俊也から目で促され、立ち去ることにした。
こめかみの辺りに筋を立てながら、職員室を出た。
昌彦は仏頂面で沈黙したまま、早足で会議室へと向かった。
肩をいからせ、会議室のドアを乱暴に開けた。
それから、
「うがっ」
とゴリラのように咆哮し、壁を叩く真似をした。
「何でもかんでも却下しやがって、加茂の野郎」
昌彦は怒りを吐き捨てる。
「しょうがない、あのポスターは断念して、美術部と写真部のポスターだけを貼ることにしよう。優作には理由を説明して、謝ろう」
俊也は、なだめるように告げる。
「絶対に嫌がらせだぞ。間違いない。俺が嫌いなのか、学園祭を失敗させたいのか知らないけど、個人的な感情でことごとく却下してるんだ。そうに違いない」
「生活指導の主任だから、それで厳しくなってるんだろ、たぶん」
「いちいちイチャモンを付けやがって。他の教師だったら、絶対に通ってるんだ。なんで俺の時だけ、あんなクソ野郎なんだ。俺が何か悪いことでもしたのか。誰かに恨まれるようなことでもしたのか」
俊也の言葉が耳に入っていないのか、昌彦は室内を歩き回りながらブツブツと呟き続ける。
「おい、聞いてるのかよ」
俊也が声のトーンを上げる。
すると昌彦はピタッと立ち止まり、思案の顔になった。
「どうした」
呼び掛けに応じず、昌彦は考えを巡らせる。
それから急に、
「そうか、そうだよな」
と言ったかと思うと、口の端を歪めてヒヒヒと笑った。
「おい、大丈夫か。ついにストレスで頭がおかしくなったのか」
俊也は困惑し、一歩下がる。
「そうだ、そうだったよ」
昌彦は俊也の両肩をパンパンと叩き、白い歯を見せた。
「何が?」
「思い出したんだよ。俺が学園祭実行委員長になった目的は、存在感を示すことだったって」
「今さら、何を言ってるんだ」
「いや、大事なことだ。それを俺は、すっかり忘れていたんだ。そうだよ、目立ちたい一心で委員長になったはずなのに、俺は波風を立たせず、丸く収めようとしていた。でも、そんなことは、どうでもいいんだ。何よりも重要なのは、存在感を見せ付けることだ」
昌彦は自分の中で勝手に納得し、うんうんと深くうなずく。
それから彼は部屋の隅に行き、何やらごそごそと探し始めた。
「おい、何してるんだ」
「あった、これだ」
昌彦は、一枚のポスターを取り出した。
女子高生の上半身が描かれており、笑顔で手招きしている。
それは、却下されたポスターを優作が作り直した時、
「こっちはボツにした奴だ」
と言って見せてくれた物だ。試しにバストアップも描いたが、やはり全身が見える方を使ってほしいということだった。
ただ、せっかく作ってもらったので、昌彦は預かっておいたのだ。
「おい、職員室に戻るぞ」
昌彦はそう言うと、ポスターを持って踵を返した。
「えっ」
ドアを開けてスタスタと廊下を歩いて行く昌彦を、慌てて俊也は追い掛ける。
「おい、何だか良く分からないけど、加茂の所へ殴り込むとか、そういう無茶に出る気なら、やめておけよ」
心配そうな表情を浮かべる俊也に、昌彦は余裕の笑みを見せる。
「俺は不良じゃねえぞ、あのオッサンにはムカついてるけど、暴力を振るうような真似はしない」
「じゃあ、何のために職員室へ戻るんだ」
「許可を貰うためだよ」
「はあっ?」
俊也には、てんで訳が分からない。
昌彦は職員室に戻り、真っ直ぐに加茂の元へ向かった。
「先生、これなら大丈夫ですよね」
昌彦は勢い良く、そう告げた。加茂は疎ましそうに、視線を向ける。
「んっ?」
「このポスターなら上半身だけなのでスカートは見えないし、髪形も校則違反じゃないし、許可してもらえますよね」
「うーん、まあ、そうだな。特に問題は無いか」
じっくりとポスターを眺めて、加茂が言う。
「しかし、また女子高生なのか」
「でも問題は無いんですよね。漫研のポスター、許可してもらえますよね」
「ああ、問題は無い」
加茂は面倒そうに言う。
「分かりました」
意味ありげに笑みを浮かべると、昌彦は深々と礼をして加茂に背中を向けた。
職員室を出たところで、俊也は昌彦に尋ねた。
「さっきは何か決意したような態度だったけど、それって、そういう意味だったのか?」
「そういう意味って?」
「いや、別のポスターを持ち出して許可を貰ったから、やけにあっさりと妥協したなあと思って。前のポスターが却下された時の怒りは、もう消えたんだな」
「おい、俺は諦めたわけじゃないぞ。今のは、加茂に従順な芝居をしただけだ」
昌彦は重厚な口調で告げる。
「芝居って、どういうことだよ。何のために芝居が必要なんだ?」
「言っただろ、委員長になった目的は、存在感を示すことだったのを思い出したって」
「ああ。それと関係があるのか」
「大有りさ。いいか、責任は全て俺が取る。だから、お前にも協力してもらうぞ」
「何かやらかすつもりなのかよ」
俊也は不安そうに尋ねる。
「ああ、やらかすぜ」
昌彦は不敵な笑みを浮かべた。




