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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[10月上旬]
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40/52

<40:描けない片想い(4)>

中谷悠太・・・漫画研究部の高校3年生。

野口優作・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の部長。

大野吉洋・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の高校3年生。

柳沢知良・・・生徒会長。

能登奈緒美・・・生徒会副会長。


 「さあ、入って」

 悠太がドアを開け、知良を漫画研究部の部室に招き入れる。

 カーテンを開けると、柔らかい秋の朝日が窓から差し込んだ。


 授業が始まる前の時間帯に、そこを使うのは珍しい。

 今回は、知良をモデルにして絵を描くため、特別だ。

 放課後だと漫研部員が部室を使うので、一時間目が始まる前の時間帯にしたのだ。


 基本的に漫研部員は、朝の時間帯は部室を使わない。

 それに念のため、他の部員には、その時間に部室を使わないよう、事前に頼んでいる。

 それは悠太ではなく、吉洋が手回ししてくれた。

 「柳沢と二人きりにならないと、作戦には不都合だからな」

 というのが、吉洋のコメントだ。

 彼の中では、勝手に作戦が練り上げられていた。



 「ごめんね、わざわざ朝早くに来てもらって」

 悠太が済まなそうに言う。

 「いや、気にしないでよ。どうせ、この時間ぐらいには、いつも学校に来ているから」

 知良は明るく言う。

 悠太も、それは知っていた。

 「そう言えば、漫研の部室に入るのって、初めてかもしれないな」

 知良は好奇の目で、室内を見回した。

 「狭いだろ、ここ」

 「うーん、確かに狭いかな」

 知良は苦笑する。

 「物が多いし、みんな整理しないから、どうしても狭くなっちゃうんだ。他のクラブと部屋の広さは一緒なのに、大きさがまるで違うみたいなんだよ」

 悠太は喋りながら、右腕で机の上に散らかっている雑誌や資料を片付ける。

 左腕は、まだ三角巾で固定されている。


 「手伝おうか」

 知良が申し出た。

 「じゃあ、その机だけ、隅に移動させてもらえるかな。柳沢君が座る場所を空けなきゃいけないから。それで、椅子だけ、そっちの方に持っていって。そこに座ってもらうから」

 「分かった」

 悠太は指示を出しながら、自分はスケッチブックと鉛筆を用意した。

 「この辺りでいいかな」

 知良は、ドアに背中を向ける形で椅子を置き、そこに腰掛けた。

 「うん、そうだね。じゃあ、座って」

 「ポーズは、どんな感じで?」

 「普通でいいよ」


 悠太は、知良と正対して座る。

 彼は4Bの鉛筆を少し寝かせて、柔らかいタッチで絵を描いていく。

 最初にチラッと顔を見た後は、ずっとスケッチブックに目を落としたままで描き進めていく。

 「出来れば、本物よりも男前に描いてくれると嬉しいけどな」

 知良が冗談を飛ばす。

 「大丈夫だよ、ありのままを描いても充分にハンサムだから」

 悠太は真顔で告げる。


 簡単に全体像を描いたところで、ようやく悠太は顔を上げた。

 知良に視線をやった彼は、目が合ってドキッとした。慌てて視線を逸らし、平静を装って鉛筆を動かし始める。

 2人きりだという状況を改めて確認し、悠太は、急に緊張感に捉われた。



 悠太は、前日の吉洋との会話を思い出した。

 「いいか、これは能登奈緒美との距離を近付ける絶好のチャンスだ。柳沢の絵を描く時に、次はヒロイン役で副会長も描きたいから、君から頼んで欲しいって言え」

 吉洋は悠太に、そう持ち掛けた。

 「ヒロイン役のことなんて、全く考えてないよ」

 そう悠太が告げると、

 「マジに考えるなよ。彼女に近付くためなら、それぐらいの嘘はついてみろ。っていうか、そもそも写実的な漫画を描くこと自体が嘘のくせに」

 と、やや責めるように吉洋が言う。

 「嘘じゃないって。それに、そんなことを持ち掛けるのは、不自然だろ。僕はやらないよ、そんなこと」

 「だったら、せめて柳沢に、彼女と付き合ってる噂が本当かどうか、それぐらいは確かめてみろよ。それぐらいは出来るだろ」



 「……おい、中谷」

 知良の呼び掛ける声で、悠太は回想から我に返った。

 「えっ、な、何」

 「どうした、鉛筆が止まってたけど」

 「ああ、ごめん。どういう線にしようか、ちょっと悩んだ部分があったから」

 悠太が適当に言い繕う。

 「焦らなくてもいいよ。もし時間が足りなかったら、無理しなくても、また明日も付き合うから」

 「いや、それは悪いよ。今日の内に、必ず仕上げるから」

 悠太は再び作業に戻る。

 だが、ちゃんと描くために知良を凝視して目が合うと、また緊張が全身を包んだ。

 慌てて悠太は顔を逸らし、目を合わさないように注意しながら絵を描こうとする。

 すると今度は、昨日の吉洋の言葉が頭を巡り、邪魔をしてくる。



 (くそっ、集中できない)

 悠太は焦燥感を覚えた。

 この状況を打破するには、思い切って行動するしかない。

 気になっていることを、ちゃんと確かめよう。

 悠太は覚悟を決めた。

 「あ、あのさ」

 ややビクビクしながら、知良に話し掛ける。

 落ち着け、ごく自然な感じで質問しろと、心の中で自分に言い聞かせる。


 「柳沢君って、能登さんと仲がいいよね」

 「そうだね。生徒会長と副会長だし」

 知良はサラッと言う。

 「2人が付き合ってる噂があるんだけど、知ってる?」

 「ああ、その噂か」

 知良は笑った。

 「知ってるよ。全く、馬鹿げてるよな。男と女が仲良くしていたら、すぐに付き合ってると思われるんだから」

 「じゃあ、違うんだ」

 「違うよ。彼女は、ほとんど男友達みたいな感覚だから。一緒にいても、あんまり女として意識させないんだよな。向こうも、俺のことは何とも思ってないし」

 「そうか、付き合ってないんだ」

 悠太は安堵し、わずかに表情を緩めた。


 すると知良は、その変化に気付いたのか、

 「もしかして能登さんのこと、好きなの?」

 と訊いてきた。

 「えっ」

 悠太は動揺し、鉛筆を落としてしまった。

 「な、何を言い出すんだよ」

 ドギマギしながら、悠太は鉛筆を拾う。


 「いや、もし好意があるのなら、協力してもいいかなあと思ってさ」

 「それも償いのつもりなら、別にいいから。モデルになってもらっただけで充分だし」

 「いや、償いとか、そういうこととは別でさ。そうだ、彼女にもモデルになってもらったら?もし良かったら、僕が間に入ってもいいし」

 「ホントにいいから。大体、僕は能登さんのことが好きだなんて、一言も言ってないし」

 「だったら、どうして僕と彼女のことを質問したんだい」

 「僕はただ、噂が気になっただけだよ。それ以上でも、それ以下でもないよ」

 「ふーん、そうは見えなかったけどなあ」


 「それに、もしも好きだったとして、そんなこと、簡単には打ち明けないものだよ。いや、僕は彼女のことなんか、何とも思ってないけど、一般論としてね」

 「誰かを好きになっても、内緒にするのか、中谷は」

 不思議そうに、知良が訊く。

 「当然だろ、そんなの、ベラベラと喋ることじゃないよ。柳沢君は、言うのかい」

 「うん、すぐに口に出しちゃうね」

 あっさりと、知良は答えた。

 「だって、誰かを好きになるのは、男として当然の感情だろ。それを隠す必要なんか無いよ」

 微笑する知良を見て、悠太は呆気に取られる。

 そこまで清々しく言われてしまうと、自分の考え方が恥ずかしいもののように思えてきた。


 「おっと、そろそろ戻らないと。一時間目が始まる」

 知良が、時計を見ながら言った。

 「絵の続きは、また明日にしよう。それじゃあ、俺は先に行かせてもらうよ」

 知良は、そそくさと部屋を出て行った。

 「好きになるのは、当然の感情か……」

 悠太は、ポツリと呟く。

 (そりゃあ、そうなんだけどさ)


 その時、スケッチブックに乗せていた鉛筆が、ポロリと零れ落ちた。

 咄嗟に彼は、左手でキャッチした。


 左腕の怪我は、もう治っていた。


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