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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[10月上旬]
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39/52

<39:あの人に勝ちたい(5)>

加藤大輔・・・陸上部員の高校2年生。

加藤大介・・・陸上部員の高校3年生。

上野正秀・・・陸上部のキャプテン。

森保・・・陸上部員の高校3年生。

安藤弘堅・・・加藤大輔の親友。


 「おっ、もう来てたのか」

 大輔が陸上部の部室でユニフォームに着替えていると、加藤が姿を現した。

 「ええ、大事な日ですから」

 大輔はクールに言う。

 「上野は、まだ来てないのか」

 加藤がキョロキョロと室内を見回す。

 「キャプテンなら、もう来てますよ。準備をするって、先にグラウンドへ行きました」

 「早いな、あいつ。さすがキャプテン」

 感心しながら、加藤は自分のロッカーを開けた。


 今日は日曜で、陸上部の練習は休みだ。

 だが、大輔と加藤、上野の3年だけは、学校に来ている。

 それは、臨時のレースを実施するからだ。

 加藤の風邪もすっかり治り、記録会の勝負をやり直すことになったのだ。



 「この前は、悪かったな」

 加藤は制服を脱ぎながら言った。

 「何がですか」

 「俺が風邪をひいたせいで、お前に嫌な思いをさせてしまって」

 「嫌な思いはしてないですよ。ただ、万全の先輩と戦いたいと思っただけです」

 「でも、そのせいで、こうやって休日に登校させることになってしまって」

 「部活に迷惑が掛からないように、日曜を選んだのは俺ですから。大体、この臨時レースを持ち掛けたのも俺なんですよ」

 ややトゲトゲしい口調で、大輔が告げる。

 何も悪くないのに謝罪する加藤の態度に、苛立ちを覚えたのだ。


 加藤に悪気があるわけではないし、実際、嫌な態度ではない。

 だが、ずっと「ダメな方」として比較されている大輔としては、学業やスポーツだけでなく性格的にも欠点が無く、まぶしすぎる加藤の存在が、癪に障るのだ。

 素晴らしい先輩であることは承知しているのだが、ひねくれた気持ちになってしまう。

 そんな身勝手な態度を取ってしまった自分が嫌になり、ますます大輔は苛立つ。

 だが、コンプレックスとは、そういうものだ。



 「ところで、本当に、今回で終わりにしていいんだな」

 加藤が言いながら、ユニフォームに着替える。

 「ええ、男に二言はありません」

 「言うじゃないか。よし、全力でぶつかって来いよ」

 加藤は笑った。

 「ええ、もちろん」

 大輔は目を合わさず、ベンチに座ってシューズの紐を結び始めた。

 加藤もユニフォーム姿になり、隣に座る。

 それから靴を履き替えようとしたが、チラッと大輔の方を見やり、その視線が止まった。


 「おい、ちょっと待て」

 「何ですか」

 すると加藤は、ベンチから降りて地べたに座り込み、大輔の脚部をジロジロと見つめる。

 「な、何のつもりですか」

 「ダイ、お前、どこか怪我してないか」

 「えっ」

 大輔はギクッとする。

 「いえ、してませんよ」

 冷静を装って否定する大輔。

 だが、加藤は疑念の顔で、

 「ちょっと立ってみろ」

 と促す。

 「何も無いですよ」

 そう言って大輔が立ち上がる。


 加藤は改めてじっと凝視し、

 「その場で足踏みしてくれないか」

 と持ち掛けた。

 「怪我なんかしてないですって」

 「いいから、やってみてくれ」

 「分かりましたよ」

 大輔は面倒そうに、足踏みをする。

 その様子を注意深く観察していた加藤は、

 「ストップ、もういい」

 と告げた。


 「靴を脱げ」

 「えっ」

 大輔は動揺しつつ、ベンチに座る。

 「右足だけでいい」

 「何を言ってるんですか、先輩。そんなことで俺を精神的に揺さぶって、負けさせようというつもりですか」

 意図的に荒っぽく大輔が言うが、加藤は構わず、

 「いいから、早く脱げ」

 と要求する。

 渋々ながら、大輔は右足の靴を脱いだ。

 すると、その親指には包帯が巻かれていた。


 「ほら、やっぱり怪我してるじゃないか」

 「どうして、分かったんですか」

 大輔はバツが悪そうに尋ねる。

 「俺は将来、フィジカル・トレーナーを目指してるんだよ。そういうのを見抜くのは得意なんだ。それに、そもそも、お前は隠すのが下手すぎる」

 「けど、こんなの、階段でつまずいて、ちょっと痛めただけです。走るのには何の支障も無いですよ。平気です」

 「平気なわけがないだろ、親指を怪我してるのに。今日の勝負は中止だ」

 「そんな、やりましょうよ」

 大輔が抵抗する。

 「先輩、前に言ってたじゃないですか。コンディション調整も勝負の内だって。だったら、俺が怪我をしたのも、言い訳にはなりません」

 「言い訳にならなくても、お前は風邪をひいた俺に勝った時、納得できなかっただろ。だったら今回は、それの逆だよ」

 加藤が静かに諭す。


 「今日じゃなければいけないってことも無いんだ。ダイの怪我が治るまで、延期すればいいじゃないか」

 「だけど、一刻も早く、決着を付けたいんです」

 大輔は悔しそうに拳を握る。

 「そう焦らなくてもいいだろう。まだ時間は、充分にあるさ」

 「でも」

 そこで少し逡巡してから、大輔は言葉を続けた。

 「先輩は受験勉強で、本当なら、とっくに部活動を辞めているはず。なのに、俺に付き合って引退を先延ばしにしているのに、また延期なんて」

 「どうして、それを知ってるんだ」

 加藤は驚くが、すぐに察知して苦笑する。

 「そうか、上野の奴が喋ったんだな」


 「俺、先輩にそこまで迷惑を掛けて、それで勝っても、あんまり素直に喜べる気がしないです」

 「そんなの気にするなよ。心配しなくても、俺はお前に付き合って陸上部を辞めないわけじゃない」

 加藤は穏やかに言う。

 「陸上部を続けながらでも、受験勉強はやってるよ。勉強ばかりだと息が詰まるから、気分転換も兼ねて走っているんだ」

 「けど、やっぱり陸上を辞めた方が、勉強に専念できるじゃないですか」

 「おい、俺を見くびるなよ。陸上を続けたせいで受験に失敗するなら、その程度だったってことだよ」

 加藤は爽やかに笑った。

 大輔は先輩の姿を真っ直ぐに見つめ、黙り込む。

 「それじゃあ、延期にするからな。俺は上野に事情を知らせてくる」

 そう告げると、加藤は部室を出て行った。


 大輔は先輩の背中を見送り、閉まったドアに視点を向ける。

 その姿勢のまま、彼はしばらく無言で座っていた。

 不意に大輔は、フッと笑いを漏らした。そして、ポツリと呟いた。

 「ちくしょう、あの人、どこまでもカッコ良すぎるぜ」


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