<37:恋愛熱血少女(5)>
戸川春菜・・・高校3年生。
柱谷秀彦・・・戸川春菜の担任教師。
能登奈緒美・・・戸川春菜の親友でクラスメイト。生徒会副会長。
相談室の前で、春菜は大きく深呼吸した。
それから、落ち着いて行動するよう自分に言い聞かせる。
「頑張れ、私」
「何をブツブツと言っているんだ?」
後ろから声がして、春菜はハッと振り向く。
柱谷が、怪訝そうな表情を浮かべている。
「あっ、先生」
「大丈夫か?」
「ええ、何もありません」
「それじゃあ、入ろうか」
柱谷が相談室のドアを開けた。
相談室とは呼んで字の如く、相談のための部屋だ。
大抵は、成績や素行に問題のある生徒を教師が呼び出して、話し合いを持つために使用される。
室内には、机が向かい合わせに並べてある。
柱谷が奥の椅子に座り、春菜にも着席するよう促した。
「しかし、職員室じゃダメなのか」
「他の先生には聞かれたくないんです」
春菜が対面して座りながら、返答する。
彼女は、二人だけで相談したいことがあると持ち掛けて、柱谷を相談室に呼び出したのだ。
生徒の要望で相談室が使われるのは、かなり珍しいケースだ。
「さて、どんなことだ?」
柱谷が切り出した。
「あの」
ためらいがちに、春菜が口を開く。緊張を感じ、唇が乾いた。
「んっ、どうした」
「実は」
事前に考えていた言葉が、上手く出て来ない。
春菜は開き直り、単刀直入に言おうと決めた。唇を濡らし、覚悟を決める。
「私、先生のことが好きなんです」
春菜は大きな声で、ハッキリと告白した。
「はあっ?」
柱谷は仰天し、引っくり返りそうになった。バランスを立て直し、椅子から立ち上がる。
「な、何を言い出すんだ、いきなり」
「本気なんです」
思い詰めた表情で、春菜が言う。
「いや、そりゃあ俺だって、戸川のことは好きだぞ。いい生徒だと思っている」
何とか教師としての尊厳を守ろうと、柱谷は狼狽しながらも冷静な対応を試みる。
「そういう意味じゃないんです。私は一人の男として、柱谷先生のことが好きなんです」
「お、おい、大人をからかうなよ」
「先生、私のこと、どう思いますか」
春菜は艶っぽい目で柱谷を見つめ、じりじりと近寄った。
「ちょ、ちょっと待て、そんなに近付くな。誰か来たら、どうするんだ」
柱谷がアタフタしながら後ずさる。
「誰も来ませんよ、相談室なんですから」
「お前、そのために呼んだのか。そういう、人を騙すようなことは良くないぞ」
「告白するのに人がいない場所を選ぶのは、当然だと思います」
「いや、そういう問題じゃ……」
「そういう問題です。っていうか先生、はぐらかさないで下さい。私の質問に答えてください」
「えっ、ああ、いや、それはだな……」
「私のこと、嫌いですか」
真っ直ぐに見つめられ、柱谷は困り果てる。
教師になってから今まで、こんな経験は初めてだった。
「いや、嫌いではないぞ。だが、良く考えろよ。俺とお前は、教師と生徒なんだぞ」
「そんなの、愛があれば関係ないです」
「いや、ある。あるんだって」
「だって、世の中には教え子と結婚している先生だって、たくさんいるじゃないですか」
「そ、それは、そうかもしれないが。しかしだな……」
「やっぱり、由香里さんのことが好きなんですか」
「いや、そうじゃないんだ。参ったな」
間を置きたかったので、柱谷は再び椅子に座り直した。
春菜は机に頬杖をつき、彼の言葉をじっと待つ。
柱谷は必死に頭を働かせ、春菜を説得する言葉を捻り出そうとする。
「あのなあ戸川、落ち着いて聞いてくれよ」
「はい」
「教師に惚れるなんて、一時の気の迷いだ。学生の時は、そういうことも良くある。卒業したら、そんな感情はすぐに消えるさ」
「だとしても、今は好きなんだから、いいじゃないですか」
春菜が即座に反論する。
柱谷の説得は、あっさりと失敗した。
「お前は良くても、俺は困るんだ」
それまで穏やかに事を収めようとしていた柱谷だが、もう無理だと諦め、突き放すように言った。
「いいか、お前は素晴らしい生徒だ。だが、教師として、俺は生徒とよからぬ関係になることは絶対に無い。それが教師としての務めだ。分かったか」
すると春菜は黙ったまま、スッと柱谷から距離を取った。
柱谷は、泣き出すんじゃないか、ショックでとんでもない行動を取るんじゃないかと焦った。
「いや、その、あのな、戸川」
慌てて懐柔しようとするが、何を言えばいいのか分からない。
「先生」
静かなトーンで、春菜が口を開いた。
「な、何だ?」
「私、女として、そんなに魅力が無いですか」
寂しそうに、春菜が見つめる。
「えっ?いや、そんなことは無いぞ」
柱谷は、ブンブンと激しく首を横に振る。
「お前は素敵な女性だ。充分に魅力的だぞ」
「……ホントに?」
「ああ、もちろんだ」
柱谷が深くうなずくと、春菜の顔がパッと晴れやかになった。
「そっか、魅力的な女だって、先生は思ってくれてるんですね」
「ああ、魅力的だ」
「だったら、それで充分です」
「んっ?」
「ですから、もう嘘をついて相談室に呼び出したり、学校で追い掛け回したりしません」
「えっ、ああ、そうか」
柱谷は、春菜が引き下がってくれたことに安堵しつつ、簡単に納得したことに戸惑いも覚えた。
「と、とにかく、分かってくれたら、それでいい」
「でも、先生のこと、諦めたわけじゃありませんから」
「へっ?」
柱谷は素っ頓狂な声を発した。
「おい、どういうことだ。分かったんじゃないのか」
「ええ、分かりました。だから明日からは、ちゃんと一人の生徒として、先生と接します」
「いや、でも諦めたわけじゃないって」
「それじゃあ先生、また」
春菜は柱谷の言葉を最後まで聞かず、さっさと相談室を出て行った。
「あ、おい、戸川」
柱谷は呆気に取られる。彼は春菜を見送った体勢のまま、しばし停止した。
あんぐりと開けた口から、言葉が漏れる。
「何なんだ、一体……」




