<36:悩んで悩んで悩むのだ(5)>
角田雄一・・・3年3組の生徒。
星慎吾・・・角田雄一の親友でクラスメイト。
三上茂輝・・・角田雄一の親友。3年2組の生徒。
柳沢知良・・・角田雄一のクラスメイトで生徒会長。
美濃部昭宏・・・角田雄一の担任教師。
和田律子・・・パン屋のおばさん。
「そう言えば、朴孝錬が作った鋼鉄像って結局、学園祭が終わるまで来ないんだな」
体育の授業が終わってグラウンドから教室へ戻る途中、慎吾は校庭を歩きながら、そんなことを急に言い出した。
「鋼鉄像って、モールにあった像のことか」
隣を歩く雄一が尋ねる。
「ああ、そうだ。あれの搬入予定が延期されたらしい」
「そうか、そう言えば、この学校で引き取るような話が出てたな。っていうか、あれの作者、朴孝錬って言うのか。韓国人か」
「いや、在日韓国人だけど、もう日本国籍を取得してるらしい」
「良く知ってるな、そんなこと」
「たまたま、朴孝錬のドキュメンタリー番組をテレビで見たんだよ」
「芸術家ってのは特殊な人種だよなあ。美術大学へ行って、専門的なことを学んでさ。俺も芸術的な才能があったら、美大へ行くんだけどな」
「朴孝錬は、美大には通ってないぞ。趣味で彫刻をやっていて、それがたまたま有名な美術評論家に評価されたのがきっかけで、プロになったらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。趣味が高じて職業になったってことだな」
「それはそれで、羨ましいなあ。けど、そんな人、滅多にいないだろ」
「そうでもないんじゃないか。親戚の兄貴なんかは、小さい頃から車が好きで、今は車の修理工をやってるぞ。ある意味、趣味が仕事になったってことだ」
「へえ、そんな近くにもいるのか」
雄一が腕組みをする。
「趣味を仕事にするってのは、もしかしたら一番いい形なのかもしれないな」
「だけど雄一、お前には趣味とか興味のあることは、あるのかよ」
慎吾が尋ねる。
「何もやりたいことが無いって言ってたぐらいなんだから、それも無いんだろ」
「うーむ、確かに、何の趣味も無い」
「だったらダメじゃねえか」
「でも、あえて言うなら、耳の後ろの匂いを嗅ぐのは好きだぞ」
「それは趣味じゃなくてフェティシズムだ。大体、それが役に立つ仕事なんてあると思うか?」
「耳の後ろの匂い鑑定師とか、そういうのは無いのか」
「あるか、そんなもん。っていうか、どういう仕事なんだ、それは」
慎吾がツッコミを入れる。
「そうか、無いのか」
意外と本気で、雄一は嘆いた。
「どうしても仕事にしたけりゃ、耳の後ろの匂いを嗅ぐ占い師にでもなれ」
「おおっ、何だよ、そんな仕事があるんじゃないか」
「無いっての。お前が勝手に、そういう占いを作れっていう意味だよ」
「なるほど。そうか、じゃあ占いの勉強をしなくちゃいけないな」
「いやいや、本気に取るなよ、こっちはシャレで言ってるんだから」
慎吾が呆れる。
「お前さ、本気で進路について悩んでるんだろうな」
「当たり前だろ、本気も本気だ」
雄一は真剣な顔で言う。
どうやら、冗談では無さそうだった。
慎吾は、雄一があまりに悩みすぎて、とうとう壊れてしまったのだと感じた。
だから彼は、
「そうか。もしも本気で耳の後ろの匂いを嗅ぐ占い師を目指すのなら、もう俺は何も言わない。生暖かく応援してやるよ」
と、哀れみの表情で告げた。




