<35:俺たちのビート(4)>
福井敦・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のギター担当。
安藤弘堅・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のベース担当。
宮吉航・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のドラム担当。
柱谷秀彦・・・軽音楽部の顧問。
土曜日、航は貸しスタジオに入り、一心不乱にドラムセットを叩いている。
もちろん、『キング・ヴァニラ』をマスターするための猛練習をしているのだ。
最近の小遣いは全て、スタジオを借りるために費やされている。
学園祭が近付く中、航は未だに上手く演奏できず、焦りの色が濃くなっている。
家でも暇さえあればスティックを握り、練習用ドラムに向かっている。
スタジオでも『キング・ヴァニラ』以外の曲には全く手を付けず、それだけに集中している。
敦がブチ切れたのが木曜で、それ以来、クリードの合同練習は行われていない。
金曜は、敦と顔を合わせることさえ無かった。
意図的に避けたつもりは無いが、敦の方は、どうだったのか分からない。まだ怒りは鎮まっていないのかもしれない。
次は月曜日の放課後、部室での練習がある。
その時までには、ちゃんと出来るようにしておきたい。
しかし、どれだけ練習しても、どうしても納得できる演奏にならないのだ。
「くそっ、どうしてだ」
航は演奏を止め、焦燥感を吐き捨てた。
それから寂しそうに、
「才能、無いのかな」
と漏らした。
その時、ドアが開く音がした。
パッと視線を向けると、見慣れた顔があった。
「えっ、敦?」
ギターケースを抱えた敦が、のっそりと入ってきた。
「どうして?」
航は慌てて、ドラムセットから立ち上がる。
敦は視線を合わせず、ケースを開けてギターを取り出す。
それから、ぶっきらぼうな態度で、
「一人よりは、音を合わせた方が練習しやすいだろ」
と告げた。
彼は弘堅に説かれたことで、航を怒鳴り付けたことに罪悪感を抱いていた。
だが、あれだけのことを言い放った手前、素直に詫びを入れるのは恥ずかしかった。
航が唖然としていると再びドアが開き、今度は弘堅が入ってきた。
また航が驚いていると、敦がギターのチューニングをしながら、
「お前も来たのか」
と口にした。
「来るに決まってるだろ」
弘堅は軽く笑う。
「お前にスタジオを教えたのは、3人で合同練習しようっていう意味だぞ」
「えっ?どうなってるの?」
航は訳が分からず、うろたえる。
「すまん、航。ここでお前が練習してること、敦にバラしたんだ」
弘堅は両手を合わせた。
「おい、喋ってる暇があったら、練習を始めようぜ。時間が勿体無い」
敦が冷静に言う。それから、
「ああ、そうだ航、『キング・ヴァニラ』のアレンジ、前のバージョンに戻すからな」
と告げた。
「えっ?」
「弘堅には、もう言ってある。そっちの方は前から練習してたし、頭に入ってるだろ」
「それって、僕がちゃんと演奏できないから、仕方なく元に戻すんだよね」
航が、悔しそうに言う。
その様子を見て、弘堅は優しく声を掛けた。
「お前だけの問題じゃないぞ。俺だって、新しいアレンジは辛かった。だから、敦に頼んだんだ。戻してもらって、ホッとしているよ」
「でも、僕がもっと上手ければ」
「航、落ち込むなよ。あのアレンジは、まだ俺達には難しすぎたんだよ。俺達、まだバンドとしては歩き始めたばかりだ。リトルリーグの選手に、メジャーリーガーの速球を打てというのは無謀だろ。それと同じようなことさ」
「でも……」
「ゴチャゴチャと、うるせえぞ」
敦が声を張る。
「いいか、アレンジを戻すのは、誰のためでもない、俺のためだ。俺がクリードで楽しみたいから、そうするんだ」
「えっ?」
「敦は気付いたんだよ。テクニックを追い求めるより、もっと大事なことがあるって。それは、何よりも自分たちが楽しむことだって」
怪訝な表情を浮かべる航に、弘堅が微笑しながら説明する。
「前のアレンジの方が、3人が楽しんで演奏できる。それがバンドにとっては一番なんだよ。そうだろ、敦」
「ああ、そういうことだ。分かったか、航」
「……うん、分かった」
航は納得した表情を見せた。
「よし、じゃあ始めようぜ、無駄話が長くなりすぎた」
それから3人は、旧アレンジの『キング・ヴァニラ』を演奏した。
新アレンジはプログレのテイストが入っていたが、旧アレンジはもっとシンプルで骨太なアメリカン・ロックになっている。
「やっぱり、こっちの方がいいな。断然、グルーブ感が違うよ」
演奏を終えて、弘堅は満足そうに言う。
「航、お前も良かったぞ。なあ、敦」
「ああ、いいスネアを鳴らしてた」
敦が素直に誉める。
すると航は真っ直ぐな目で、じっと敦を凝視した。
「な、何だよ」
「いや、敦に誉められるなんて、あまりにも久しぶりだから、どう反応していいか分からなくて」
「お前は、良くやってるよ。……今まで言いすぎて、悪かったな」
「ううん、とんでもない。こっちこそ、敦のレベルに追い付けなくて、済まないと思っているんだ」
「調子に乗るなよ。お前が俺に追い付こうなんて、百年早いぞ。けど、お前はお前なりに、少しずつ成長して行けばいいんだよ」
敦は気恥ずかしそうに言った。
「うん、そうする」
「弘堅、お前のベースも良かったぜ」
「ああ、サンキュー」
「ただし、もうちょっと抑え気味でもいい。ちょっと音がデカすぎる」
「すまん、やりやすいアレンジに戻ったのが嬉しくて、つい調子にのったかな」
「それで、俺はどうだったんだ?」
敦は、弘堅と航の顔を交互に見た。
「えっ、お前の演奏?」
「ああ」
「珍しいな、敦がそんなことを訊くなんて」
「この際だから、ちゃんと聞いておこうと思ってな。率直な意見を言ってくれ」
「僕たちがわざわざ言わなくても、敦のギターが素晴らしいのは分かり切ったことだよ」
「弘堅の意見は、どうなんだ?」
「本当に、率直な意見を言っていいんだな」
「もちろん」
「そうか。だったら正直に言うぞ」
弘堅はコホンと仰々しく咳払いをしてから、再び口を開いた。
「お前、ギターは上手いけど、歌は下手だぞ」
「なぬっ」
予想外の言葉に、敦はコケそうになった。
「それは、マジなのか」
「ああ、マジだ。曲が激しいのに、お前の声が細すぎるから、全く合ってない」
「合ってない?」
動揺を隠し切れぬまま、敦は航に視線を向ける。
「おい航、お前は、どう思ってるんだ?」
「えっ、それは、その」
「頼む、ハッキリ言ってくれ」
「まあ、あまり上手いとは……」
航が申し訳無さそうに告げると、敦は愕然とした。
「どうして、今まで言ってくれなかったんだ。弘堅、お前、最初から分かってたんだろ」
「だって、お前がノリノリで歌っていたからさ。バンドは楽しいのが一番だろ」
「いや、そうだけど、そうだけどさ。っていうか俺、歌が下手だったのかよ」
敦は頭を抱えた。
衝撃の事実を知らされて、すっかりキャラが崩壊してしまっていた。




