<34:関西弁エイリアン(4)>
穂積沙紀・・・1年2組の生徒。
奥山和歌子・・・穂積沙紀のクラスメイト。大阪出身。
瀬田伊織・・・穂積沙紀のクラスメイト。
剣持静香・・・穂積沙紀のクラスメイト。
江草千夏・・・穂積沙紀のクラスメイト。
(ここまで下がるなんて)
沙紀は中間テストの結果を見つめながら、改めて落ち込んだ。
テストを返却されたのは朝のホームルームだが、全ての授業が終わっても、まだショックを引きずっている。
教科によって点数の差はあれど、どれも全て、1学期よりも成績が落ちていた。
(彼女に付き合ったせいだわ)
沙紀は後悔の念を抱いた。
彼女というのは和歌子のことだ。
統括担当の仕事をするという理由で、和歌子に頼まれ、放課後に居残りをすることが増えていた。
沙紀としては、
「あっちがバカだから、こっちも一時的にバカのレベルに合わせて、付き合ってあげているだけ」
と自分に言い訳をして、和歌子に付き合っていた。
(それなのに、本当にバカになってどうするのよ)
沙紀は自分に腹を立てた。
居残りをしているせいで、以前よりも勉強時間が減った。
それが見事に、結果として出てしまった。
今後は甘い態度を捨てようと、彼女は心に決めた。
和歌子に合わせているから、頭の中までノンビリした動きになってしまったのだ。
バカと付き合っているからって、本当にバカになってはいけない。
「沙紀ちゃん、今日の会議やけど」
忌々しい相手が、陽気に話し掛けてきた。
反射的に、キッと鋭く睨む沙紀。
「えっ、何か悪いことでもしたかな?」
一瞬、和歌子がたじろぐ。だが、すぐに笑顔へと戻り、
「それより、今日の会議の……」
「私は行かないわよ」
和歌子が言い終わらない内に、沙紀はピシャリと断る。
会議というのは、学園祭の連絡会議のことだ。
各クラスの代表者が集まり、学園祭実行委員会に報告を行うのだ。
「代表者は一人で充分だから、貴方が行って。それから、今後は放課後の話し合いも、なるべく短く終わらせるわよ。ダラダラと無駄話を続けていたら、途中でも私は帰るから」
「う、うん、分かった。それじゃあ、私だけで行くから」
和歌子は戸惑った表情を浮かべながら、自分の席に戻った。
沙紀は、教室に残っていたクラスメイト数名が注目していることに気付いた。思ったよりも、大きな声を発していたらしい。
あんな身勝手なことを言えば、きっと嫌な女だという印象を受けたことだろう。
だが、構うものかと沙紀は思った。どうせ今までも嫌われ者だったのだから、その度合いが少し高まるだけのことだ。
そんなことよりも、勉強時間を増やして成績を上げなければいけない。
沙紀は下校準備をしながら、チラッと和歌子の方を見やった。
彼女は机の中を覗き込んで、首をかしげている。
「あれっ、おかしいなあ」
呟きながら、和歌子はカバンを広げて中の物を出し始めた。どうやら何かを探しているらしい。
「どうしたの、和歌子」
その様子に気付いたクラスメイトの瀬田伊織が、声を掛けた。
「うん、これから学園祭の会議があるんやけど、そこに持って行く報告書が無いねん」
(どうして、そんな大事な物を無くすのよ)
沙紀はイラッとする。その報告書は、沙紀も一緒にまとめたものだ。
それが無ければ、会議に参加しても、ほぼ何も出来ないと言っていいだろう。
記憶を頼りに報告できれば問題は無いが、そんなことが和歌子に出来るとは思えない。
「どこにも無いの?カバンにも?」
「探してるんやけど、見つからへん。あっ、沙紀ちゃん、知らんかな?」
和歌子が呼び掛けたので、沙紀は顔だけを向けて、
「私は持っていないわよ。報告書は、貴方が保管することになっていたはずでしょ」
と冷たく告げる。
「うん、確かに預かったはずやねんけど」
和歌子は悲しそうな顔になる。
「一緒に探そうか」
伊織が言う。
「ホンマ?ありがとう」
そんな会話を聞きながら、沙紀は
(私には関係の無いことだ)
と心で呟き、スタスタと教室を出た。
和歌子の困り果てた表情を見た時、沙紀の中で一瞬、探してやろうかという気持ちが芽生えた。
だが、すぐに心から追い出した。
今後は冷徹に対処しようと、ついさっき誓ったばかりだ。こんなことで甘くなってはいけない。また成績が落ちてしまう。
(ちゃんと物を整理していないから無くなる。自業自得だわ)
まるで自分を説き伏せるように、そんなことを思った。
しかし廊下を歩きながら、沙紀は知らず知らずの内に、報告書のことを考えていた。
昨日、和歌子と学園祭について話した時、彼女は報告書に書き込んでいた。その時点では、まだ報告書の所在は分かっている。
その後、どこで消失してしまったのか。
「あっ」
沙紀は、小さな声を漏らした。思い出したのだ。
あの時、沙紀は無くしたら困ると考えて、和歌子のロッカーの奥に入れた。だから、そこにあるはずだ。
(あの子だってロッカーに入れる時に見ていたはずなのに、なぜ覚えていないのよ)
沙紀は腹立たしさを覚える。
(あの子、まだ机やカバンの中を探しているのかしら)
沙紀は教室の様子を想像する。そんな場所を探ったところで、出てくるはずも無いのに。
クラスメイトの伊織まで巻き込んで、迷惑な話だ。
「ええい、世話の焼ける女め」
小さく吐き捨てると、沙紀は踵を返して教室へ向かった。
沙紀がガラッと教室のドアを開けると、和歌子がこちらを向いた。
一緒に探していたはずの伊織は、いなくなっていた。
(もう消えるなんて、薄情な)
自分のことを棚に上げて、沙紀はそんなことを思った。
「あれっ、沙紀ちゃん。どうしたん、忘れ物でもした?」
呑気な様子で、和歌子が言う。
「違うわよ。それよりアンタ、報告書のことだけど」
「ああ、見つかったよ」
「えっ?」
「ロッカーに入れてあったのを思い出した。ほら、これ」
和歌子が報告書を掲げる。
「ああ、そう」
沙紀は脱力した。
(完全にバカじゃないの、私って)
「それで、沙紀ちゃんは、なんで戻って来たの?」
「えっ」
「あっ、もしかして、探すのを手伝いに来てくれた?」
「そんなことは……」
「ありがとう、やっぱり沙紀ちゃん、ホンマは優しいんやなあ」
和歌子が爽やかな笑みを浮かべる。
沙紀は動揺してしまい、思わず目を逸らした。
「か、かいかぶらないでよね。私は、そんなに暇じゃないんだから」
沙紀はプイと背中を向け、教室を出た。
スタスタと、早足で廊下を歩く。
何だか、とても恥ずかしい気分だった。
だが、沙紀の顔は、どことなく嬉しそうでもあった。




