<33:恋と畳と柔道着(6)>
平井悟・・・柔道部員の高校2年生。
小原輝雄・・・平井の親友。
小原弥生・・・小原輝雄の姉。学校のOB。
秋田隆三・・・柔道部の主将。
瀬田伊織・・・テニス部員の高校1年生。
「あら、平井君」
トボトボと悟が校庭を歩いていると、快活な声が響いてきた。
相手を見なくても、それが誰なのか、悟には分かっていた。
「お久しぶりです、弥生さん」
落ち込んだ様子で、悟が挨拶する。
「確か、昨日は対抗戦だったんでしょ?どうだったの」
「負けました」
重い声で、悟が言う。
「そうなの、残念ね」
弥生は同情の視線を向けた。
「自分が勝っていれば、チームも勝ち越せたんですが。弱い自分が腹立たしいです」
「そんなに自分を責めなくても」
「いえ、普通なら勝てる相手だったんです。でも、自分が甘くて、隙を作ってしまったせいで、簡単に投げられてしまって」
悟は、ギュッと唇を噛む。弥生と一緒にいても、今は嬉しさより、試合に負けた悔しさの方が強かった。
「そうか、負けたのか」
しみじみと言うと、突然、弥生は両手をガバッと広げた。
「泣く?」
「えっ、あの」
突拍子も無い行動に、悟は困惑する。
「悔しくて泣きたいなら、私の胸で泣いてもいいわよ」
「な、何を」
悟は後ずさりする。
「別にいいじゃない。男の子だって、泣きたい時もあるでしょ」
何食わぬ顔で、弥生は穏やかに言う。
「だとしても、弥生さんの胸を借りるなんて。というか、自分はどんなに泣きたくても、女性の前では絶対に泣きません」
「古臭いのねえ」
「古臭くても、それが男としての美学です」
すると弥生は微笑しながら、
「でも、そういう人って、嫌いじゃないわよ。むしろ好きかな」
と、何気無い口調で言った。
「へっ?」
好きという言葉に、悟は過剰に反応する。
「そ、それは」
悟は弥生の顔をじっと見た。
弥生はキラキラとした瞳で、悟を見つめる。
(もしかして、これは、いい雰囲気という奴ではないのか)
悟は興奮していた。心臓のバクバクが止まらない。
彼はショートしそうな頭をフル回転させて、次の行動を導き出そうとする。
だが、答えが出る前に、
「あっ、そろそろ私、行かなきゃ」
と弥生が軽く言う。
「えっ、あの」
「じゃあね、平井君」
弥生は手を振り、さっさと去ってしまった。
悟はポツンと立ち尽くす。
燃え上がった心のやり場を失い、彼は呆けた顔になってしまった。




