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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[10月上旬]
32/52

<32:あの人に勝ちたい(4)>

加藤大輔・・・陸上部員の高校2年生。

加藤大介・・・陸上部員の高校3年生。

上野正秀・・・陸上部のキャプテン。

森保・・・陸上部員の高校3年生。

安藤弘堅・・・加藤大輔の親友。


 (違うぞ、こんなの、何かが違う)


 大輔はモヤモヤした気持ちになった。

 両手に腰を当て、グラウンドに視線を落とす。

 頭の中では、違和感がグルグルと巡っている。



 待ちに待った記録会だった。

 はやる気持ちを抑え、大輔はスタートラインに立った。

 精神を統一し、息を整えてブロックに足を乗せた。合図と同時に飛び出し、カーブから直線に入って加速した。

 そのままゴールに飛び込んだ。少し遅れて、隣のレーンを走る加藤がゴールした。

 大輔は勝ったのだ。 


 そう、大輔は初めて、加藤に勝利した。

 フライングもしていないし、何のインチキも使っていない。正々堂々と走り、そして加藤より先にゴールした。

 それは、喜びを爆発させてもいいような出来事だった。そのはずだった。


 しかしゴールした瞬間、大輔の中には、喜びの感情など全く沸き立たなかった。

 戸惑いだけが心を支配した。


 大輔にとって、会心のレースではなかった。スタートのタイミングは悪かったし、コーナリングでもミスをした。むしろ出来は悪かった。

 なのに、加藤先輩に勝ってしまったのだ。



 (こんなに簡単に、負ける人だったか?)

 大輔の知っている加藤は、そんなに弱い選手ではない。今日の大輔が相手なら、圧倒的な差を付けられるレベルにあるはずだ。

 だから、加藤から

 「おめでとう、ついにやったな」

 と声を掛けられても、大輔は素直に喜べなかった。


 「俺が勝ったら満足するだろうと思って、手を抜いたんじゃないでしょうね」

 大輔は詰め寄った。

 「おいおい、手抜きなんてしないぞ。お前が真剣に勝負を持ち掛けているのに、手を抜いたら失礼に当たるだろ」

 加藤の言葉に、嘘は無いように思えた。それに、その手の嘘をつくような人ではないと、大輔は分かっている。

 「だったら、どうして負けたんですか」

 「妙な質問だな」

 加藤は苦笑する。

 「負けたのは、俺の方が遅かったからだ。ただ、それだけだよ」

 「でも、今日の走りは、先輩らしくなかったですよ。後半に伸びてくるタイプなのに、全く追い付いて来なかったし」

 「お前が速かったから、追い付けなかったんだろ」

 「いや、だけど」


 大輔が食い下がっていると、上野が会話に割り込んだ。

 「おい、ダイ。そろそろ加藤を解放してやれ」

 「キャプテン」

 「加藤は風邪気味で、熱があって体調が悪いんだよ」

 「えっ」

 大輔が驚いて視線をやると、加藤は困ったような顔になった。

 「上野、それは内緒にしておけって言っただろ」

 「すまん。だけどホントのことを言わないと、ダイが納得できない感じだったからさ」

 「らしくない走りだったのは、やっぱり事情があったんですね」

 「そうだぞ、ダイ。俺は加藤に、休むよう言ったんだ。だけど、お前が勝負したがっているからって、無理をして記録会に参加したんだ」

 「それは違うよ、上野」

 加藤はキッパリと否定する。それから大輔を見て、

 「ダイ、俺は自分が走りたいから参加したんだ。お前のためじゃないぞ」

 と、柔和な笑顔で告げた。


 「どうして体調が悪いこと、黙っていたんですか。教えてくれてもいいじゃないですか」

 大輔は抗議する。

 「すまん。そんなの、恥ずかしくってさ」

 「こっちの方が恥ずかしいですよ。これじゃあ、勝ったことになりませんよ」

 「お前が勝ったことは紛れも無い事実だぞ」

 「だって、先輩は風邪をひいてるんですから、ちゃんとした勝負とは言えませんよ」

 「風邪は言い訳にならない。今日が記録会なのは前から分かっていたことで、コンディション調整も含めて勝負の内だ。これが正式な競技大会だったとして、風邪をひいたからレースは未成立なんて、そんなの無いだろ。だから、俺の負けなんだよ」

 「そうかもしれませんけど」

 理屈は分かるが、大輔は承服できない。


 「今回のは無効試合として、風邪が治って、体調が万全に戻ってから、また勝負してくれませんか」

 「次の記録会ってことか」

 「それでもいいですけど、1ヶ月も空いてしまうので、もし体調が戻れば、それまでに臨時レースってことで、お願いします」

 「意欲満々だなあ」

 加藤は相好を崩す。

 「分かった、それじゃあ、一日も早く風邪を治すよう、努力するよ」

 「はい、お願いします」

 大輔がペコッと会釈すると、加藤は軽く手を挙げ、部室へと歩いていった。



 「なあ、ダイ」

 大輔も部室へ向かおうとすると、上野が後ろから呼び止めた。

 「お前が頑張るのは悪いことじゃないけど、あんまり加藤を拘束してやるなよ」

 静かな口調で、上野が言う。

 「拘束なんて、そんなつもりは」

 「お前は知らないだろうけど、あいつ、本当は1学期で部活を辞めるつもりだったんだ」

 「えっ」

 大輔が目を見開く。

 「あいつ、早く引退して、受験勉強に専念するつもりだったんだよ。けど、ダイが勝負への執念を燃やしているから、お前に付き合ってるんだよ」

 「俺のために……」

 「キャプテンとして、こういうことは言うべきじゃないのかもしれないけど、あいつの友達としては、ちょっと思うところもあってな」

 上野は複雑な表情を浮かべる。

 「……」

 大輔は黙り込んだ。

 自分が先輩に迷惑を掛けているとは、思ってもみなかった。

 ショックだった。


 しかし、だからといって、加藤との勝負を放棄する気にもなれない。

 大輔にも意地があった。そんな事情を知ったからと言って、簡単には投げ出せない。

 (とにかく、先輩に勝てばいいんだ。それで、全てが解決するんだ)

 彼はダッシュで部室へ向かった。



 大輔が部室のドアを開けると、加藤は制服に着替え終わっていた。

 「先輩」

 大輔は気合いの入った声を発した。

 「んっ、何だ?」

 「次の勝負、臨時のレースが、ラストですから」

 「ラスト?」

 「ええ、それで先輩との勝負は、終わりにします」

 「どうした、何かあったのか。そんなこと、急に言い出すなんて」

 加藤は不思議そうに尋ねる。


 「いえ、別に。ただ、いつまでも続けることは出来ないんで、区切りを付けようと思って」

 「俺に勝てなくても、次で終わりにするつもりなのか」

 「勝敗に関わらず、ラストにします」

 大輔は断言した後、強い口調で付け加えた。

 「でも、絶対に勝ちます」

 すると加藤は、

 「いいぞ、その意気だ」

 と、嬉しそうにうなずいた。


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