<29:恋と畳と柔道着(5)>
平井悟・・・柔道部員の高校2年生。
小原輝雄・・・平井の親友。
小原弥生・・・小原輝雄の姉。学校のOB。
秋田隆三・・・柔道部の主将。
瀬田伊織・・・テニス部員の高校1年生。
「悟、悪かったな。せっかく来たのに、姉貴が出掛けていて」
輝雄は、慰めるように声を掛けた。
すると悟はムスッとした顔で、
「俺はお前と友好を深めるために行ったんだ。弥生さんは無関係だ」
と告げる。
「嘘つけ、姉貴がいないと分かって、明らかにテンションが落ちていたくせに」
「そんなことはない」
「だけど、お袋は、お前に好印象を持ったらしいぞ。すごく礼儀正しくて真面目だと絶賛していた」
「そうか」
悟は淡々と言う。
輝雄の母親に誉められても、ちっとも嬉しくない。
「何だよ、もうちょっとリアクションしろよ。お袋がまた来てもらいたいと言っていたけど、お前が乗り気じゃないなら、別にいいんだぞ」
「また行ってもいいのか」
途端に悟が身を乗り出すので、輝雄は苦笑する。
「相変わらず、分かりやすい性格だな。今度は、ちゃんと姉貴がいる日を確認してから誘ってやろうか」
「別に、そんな必要は」
「でも、今度の日曜は友達と遊びに行くらしいから、その次だな。あっ、でも誕生日だからなあ。友達と出掛けるかもな」
「誕生日?」
その言葉に、悟は敏感に反応し、頭の中で何日なのかを割り出す。
二週先の日曜は、10月の12日だ。
「誕生日なら、お前は何か買ってあげたりするのか」
そう尋ねながら、悟は自分がプレゼントを渡すことを妄想する。
「そんなの、するわけないだろ。この年になって姉貴にプレゼントなんて、恥ずかしいよ」
輝雄が渋い表情を浮かべる。
「そ、そうなのか」
悟は平静を装いながら、弥生へのプレゼントは何がいいか、考えを巡らせる。
だが、今まで女性と付き合った経験が無いので、ピンと来る物が思い浮かばない。
花束はありきたりだし、誕生日には違う気もする。宝飾品は重すぎるだろうし、そんな高い物を買う金も無い。
やはり身に着ける物がいいんだろうか。
だが、趣味に合わない物をプレゼントしても迷惑だろう。
(そうだ、自分にしか出来ないプレゼントがあった)
悟は心の中で、ポンと手を打つ。
そのプレゼントとは、対抗戦で勝つことだ。
プロスポーツ選手が、試合の勝利や得点について、「恋人や家族へのプレゼント」とインタビューで答えているシーンを何度も見たことがある。
そうだ、自分も勝利をプレゼントしよう。
悟は自分の思い付きに、ほくそ笑んだ。
「どうした、黙り込んで」
輝雄が不審そうに、悟の顔を覗き込む。
「もしかして、姉貴へのプレゼントでも考えてたのか」
「な、何を」
ズバリと言い当てられ、悟は動揺する。
「まあ贈りたいなら、勝手にやればいい。別に止めはしないぜ」
輝雄は淡々と告げる。
「ただ、贈るのなら、ちゃんとした物にしろよな。頼むから、試合の勝利をプレゼントするとか、その手の恥ずかしいことは勘弁してくれよな」
「えっ?」
心を見抜かれたような言葉を受け、しかも最高だと思ったプレゼントを恥ずかしいの一言で片付けられ、悟の声は裏返った。
「恥ずかしいって、どういう意味だよ」
悟は抗議するように言う。
「だって、考えてもみろよ。姉貴は、お前と付き合ってるわけじゃないんだぞ。そんな奴から勝利をプレゼントされて、喜ぶわけがない。ただ困るだけだ」
ガーン。
(そ、そうだったのか)
悟は打ちのめされる。
「お前、本当に勝利をプレゼントするつもりだったのか」
露骨に落ち込む態度を示す悟を見て、昌彦は哀れみの視線を向けた。
「とにかく、それとは別に対抗戦は頑張れよな。姉貴に贈っても喜ばれないからって、勝つ意欲を無くすようなことだけは、やめろよ」
「……ああ」
悟の耳に、その言葉は届いていなかった。




