<28:描けない片想い(3)>
中谷悠太・・・漫画研究部の高校3年生。
野口優作・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の部長。
大野吉洋・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の高校3年生。
柳沢知良・・・生徒会長。
能登奈緒美・・・生徒会副会長。
「おーい、中谷」
昼休み、弾んだ声が聞こえて、1組の教室に生徒会長の柳沢知良が入ってきた。
「見ろよ、今日はカレーパンとメロンパン、どっちも手に入れたぞ。すごいだろ」
そう言いながら、中谷悠太に2種類のパンを差し出す。カレーパンとメロンパンは、パン売り場で常に奪い合いになる大人気の商品だ。
「さあ、食べてくれ」
「いや、でも」
悠太が困った表情を浮かべる。
彼の左腕にはギプスがはめられ、三角巾で吊っている。
漫画研究部の仲間である大野吉洋に突き飛ばされて転倒した際に、怪我を負ったのだ。
幸いにも骨折はしておらず、ヒビが入っただけで済んだ。
「せっかく自分で買ったんだから、柳沢君が食べてよ」
「何を言ってるんだよ、お前のために買ってきたのに。大体、俺は弁当持参だから、パンは要らないんだよ」
「でも、申し訳ないし。僕、自分で買う時も、カレーパンもメロンパンも手に入れたことなんか一度も無いのに」
「だったら、ラッキーじゃないか。もっと喜べよ」
知良は、にこやかに言う。
悠太が怪我を負った後、知良は自分のせいだと責任を感じ、償いとして何かしたいと申し出た。
「そんな必要は無いよ、柳沢君は何も悪くないんだから」
と、悠太は遠慮した。
実際、柳沢のせいではない。
しかし知良は、
「何かしないと自分の気が済まない」
と譲らなかった。
そして、悠太の昼食がパンだと知った彼は、
「その腕で、目当てのパンを買う争いに参加するのは無理だろ。俺が買いに行くよ」
と言い出したのだ。
悠太は戸惑いつつも、知良の好意を無碍に断るのも悪いと考え、その申し出を受けることにした。
ただ、知良が張り切って、普段の悠太では買えないような人気のパンを手に入れてくるので、恐縮してしまうのだ。
「あの、もうそろそろ、いいよ」
「何がいいんだ?」
「パンを買ってもらうようになって1週間になるし、責任を感じているとしても、もう充分だよ」
「ダメだよ、中谷の怪我がちゃんと治るまでは、やらせてくれなきゃ。俺の気持ちがスッキリしない」
「そう言われても……」
「それとも、もしかして俺の行為って、迷惑になってるのかな?」
「いや、そうじゃないけど」
もちろん悠太としても感謝しているが、周囲の目も気になる。
今だって、知良がパンを持って現れた時、クラスメイトがチラッと目を向けた。
その視線が悠太には、
「あんなオタク野郎のために、どうして生徒会長がパシリのようなことをやっているのか」
という冷ややかなものに感じられるのだ。
根暗で卑屈な男の被害妄想かもしれないが、それは悠太にとってプレッシャーだ。
「迷惑じゃないのなら、完治するまでは買ってくるよ。それが償いってものさ」
知良は明るく言う。
本人には全く悪気が無いのが、悠太にとっては悩ましい。
「僕みたいなくだらない人間に、ここまで気遣いする必要は無いよ。柳沢君と僕は、住む世界が違うんだから」
「えらく卑屈なことを言うんだな」
「僕とは違って、君は人気者だからね。女性にもモテモテだし」
「ははっ、なるほど。それなら、中谷が女だったら、他の女子生徒から妬まれるかもしれないな」
そう言って、知良は快活に笑う。
モテることを否定していないのに、全く嫌味なところは無い。
それが彼の人気者たる所以だろう。
「そうだ、何か他の方法にしたらどうかな」
ふと思い付いて、悠太は言った。
「パンを買ってくるだけが、償いになるわけじゃないし」
「他の方法って、例えば?」
「それは、その……」
悠太は言葉に詰まった。
提案したものの、具体的なことは何も考えていなかった。
「そ、そうだ、絵のモデルになってよ」
咄嗟に、そんなことを口にする。
「モデル?」
「そう。それなら、一日もあれば済むだろうし」
「けど、中谷って美術部じゃなくて、漫研だよな」
知良は首をかしげる。
「えっ、ああ、そうだけど。実は最近、写実的な漫画にチャレンジしようかと思っていたんだ。昔の劇画とか、そんな感じの絵柄で漫画を描いてみようかと思ってね。それで、手始めに周りの人をモデルにした作品を描こうと思ったんだ。それで、柳沢君なら主人公にふさわしい人物だし、どうかなあと思って」
悠太は、長い台詞を一気に捲くし立てた。
「へえ、漫画のモデルか。ちょっと面白そうだな」
興味深そうに、知良が言う。
「でも、俺が主人公ってのは、おこがましいけど」
「そんなことないよ。生徒会長で、人気者なんだから。是非、モデルになってよ。そうすれば、僕も助かるし、柳沢君は償いを済ませてスッキリできるし、一石二鳥だ」
「本当に、モデルになるだけでいいのか?」
「もちろん。パンを買ってもらうより、そっちの方が遥かに嬉しいよ」
「それなら、喜んで引き受けよう。それで、いつ、モデルになればいい?」
「えっと、それは、漫研の部室を使うことになるから、部活の時間と重ならないように考えないと。また後で連絡するよ」
「そうか。分かった。それじゃあ、またな。そうそう、カレーパンとメロンパン、ちゃんと食べてくれよ」
そう言うと、知良は教室を出て行った。
悠太は知良を見送ってから、周りに遠慮するようにパンを抱え、部室へ向かおうとする。
その時、肩越しにヌッとモジャモジャ頭が伸びてきた。
「今のは、どういうことなんだ?」
その頭が喋る。吉洋だ。
「うわっ」
悠太は驚いて、カレーパンを落とす。
すると、それを床スレスレでキャッチした男子がいた。
もう一人のモテないブラザーズ、野口優作だ。
「写実的な漫画って、何だよ」
優作は言いながらカレーパンの袋を破き、大口を開けてかぶり付く。
「あっ、僕のカレーパン」
「いいじゃないか、一口ぐらい」
「2人とも、いつの間に来たんだよ」
悠太が頬を膨らませる。
吉洋も優作も、悠太とは別のクラスなのだ。
「そんなことより、我々の疑問に解答してほしいな」
「疑問って?」
「写実的な漫画にチャレンジすると言っていたけど、あれは嘘だろ。そんな話、今までオレたちにしたことが無かったじゃないか」
「お前の漫画、完全にオタク受けの絵柄じゃないか。何が写実的だよ」
吉洋は失笑する。
「今の絵柄は関係ないじゃないか。チャレンジするって言ってるんだから」
悠太は反論する。
「だったら、写実的な絵柄で漫画を描くつもりがあるのか」
「えっ、ああ、それはもちろん。2人にも、モデルになってもらうつもりだよ」
「嘘臭いなあ。それなら、彼より先に、俺たちをモデルにすべきだろ。どうして柳沢が最初なんだよ」
吉洋が疑いの目を向ける。
「だって、あの時は咄嗟に、何か言わなきゃいけないと思って。他のことを提案しないと、明日からも柳沢君がパンを買いに行ってしまうから」
「別にいいじゃないか、本人がやりたがっているんだから」
「良くないよ、彼は何も悪くないのに。大体、吉洋が僕を突き飛ばしたのがいけないんだぞ。もっと責任を感じたらどうだ」
「それもそうだな。柳沢じゃなくて、吉洋が悠太の分のパンを買いに行くべきだよな」
優作は同意を示す。
「確かに、怪我をさせたことは悪かった。それについては、謝ったじゃないか。それに、怪我をしたことで、結果的に、悠太のためにもなっているだろ」
「何がだよ。僕のためになんか、何もなってないよ」
「いや、なってる。怪我をしたことで、お前のことを能登奈緒美に印象付けることが出来たし、心配してもらえるじゃないか」
「シイッ、声が大きい。個人名を出すなよ」
「ああ、悪い。だけど実際、能登には心配してもらえただろ」
「廊下で会った時、怪我の具合はどうなのか訊かれた」
ポツリと悠太が言う。
「ほら見ろ、俺のおかげだぞ」
「そんなの、ただの開き直りじゃないか」
「事実を説明しているだけだ。それなのに悠太、お前はせっかくのチャンスを活かそうとしていない。その怪我を利用して、もっと積極的に行動しろよ。柳沢の絵なんか描いている場合じゃないだろ」
「そうだな、モデルにするなら、能登奈緒美だよな」
優作は呑気な口調で言いながら、またカレーパンを一口頬張った。
「モデルの件は、パンを買ってきてもらう代わりに頼んだことだから、彼女は関係ないだろ。それと、個人名を出すなって言ったはず。みんなに聞かれたら、誤解されるだろ。あと、僕のカレーパンだぞ」
「よし、もうモデルにするのは決まったことだから、しょうがない。だったら、それを利用しろ」
そう告げた吉洋は、いつの間にかメロンパンを袋から出して食べていた。
「もう、なんで当たり前のように食べてるんだよ」
悠太は嘆息した。




