<26:俺たちのビート(3)>
福井敦・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のギター担当。
安藤弘堅・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のベース担当。
宮吉航・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のドラム担当。
柱谷秀彦・・・軽音楽部の顧問。
「おい、いい加減にしろよ」
敦が怒声を上げ、ギターのピックを航に投げ付けた。
ピックは航には当たらず、ドラムセットのシンバルに命中する。
シャーンという甲高い金属音が響く中、航は身を縮こまらせている。
軽音楽部の部室では、朝からトラブルが勃発していた。
航が何度も失敗するので、とうとう敦がキレてしまったのだ。
「いつになったら、ちゃんと演奏できるようになるんだ。全く成長してないじゃねえか」
「……ごめん」
航は、か細い声で謝った。
「敦、物を投げるのは良くないぞ」
弘堅がベースを置いて、なだめに入る。
だが、敦の怒りは収まらない。
「弘堅、お前だって分かってるだろ。こいつのせいで、必ず演奏が止まるんだよ。間奏が珍しく上手く行ったと思ったら、今度はラストのサビで失敗する。そこが成功したと思ったら、アウトロでミスをやらかす。最後までマトモに演奏したこと、一度も無いじゃねえか」
「それは言いすぎだろ。それなりに完奏したことはあるぞ」
「それなりじゃダメなんだよ。こっちが求めてるのは、ライブの客を熱狂させるような演奏なんだ」
「お前のライブに対する思いは分かるけどさ」
「航、お前、やる気あんのかよ」
敦は弘堅の懐柔を無視し、航を睨み付ける。
航はうつむき加減で、
「やる気は、あるよ。もちろん」
と小さく言葉を返す。
「足りないんだよ、その気持ちが。もっと時間を惜しんで練習しろよ。俺は全体練習以外にも、個人でも毎日の練習は欠かさない。お前、それぐらい必死でやってるのか。出来ないんだったら、もっと死ぬ気で練習しろよ」
「……うん、ごめん」
ひたすら低姿勢の航だが、敦は火の付いた感情が止められないのか、さらに激しく文句を言おうとする。
弘堅が制止に入ったところで、ガラッと部室のドアが開いた。
顧問の教師、柱谷秀彦が入ってきたのだ。
「どうした、ケンカでもしてるのか。外まで怒鳴り声が聞こえてるぞ」
柱谷が3人を見回す。
「いえ、そんなことは。もちろん練習してるに決まってるじゃないですか」
弘堅が愛想笑いで答える。
敦は仏頂面、航は暗い様子で沈黙しているので、彼が取り繕うしかないのだ。
「しかし、演奏じゃなくて喋ってる声ばかり聞こえてくるってのは、どういうことだ」
「ちょうど曲について話し合っていたところなんですよ。それより先生、何か用ですか」
「軽音のスケジュールを確認しておこうと思ってな。ついでに、お前たちの練習も見学させてもらおうかな」
「ああ、でも僕たち、もう練習は終了なんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。なっ、そうだろ?」
弘堅は敦と航に同意を求める。
まだ練習時間は残っていたが、こんな険悪な雰囲気の中では、これ以上続けるのは無理だろう。
淳も航も無言だったが、弘堅は構わず、
「さあ、片付けようぜ」
と口にした。
彼がベースをケースに収納すると、敦と航も黙々と片付けを始めた。
「そうか、残念だな。福井のギターは相当なテクニックらしいから、聴いてみたかったんだが」
「だったら先生、ライブまで待ってくださいよ。不完全な状態で聴いてもらうより、そっちの方がいいですよ」
弘堅が言う。
「それもそうだな。じゃあ、ライブを楽しみにしておこう」
「それじゃあ先生、僕達、これで」
弘堅はそう言うと、敦と航を押し出すようにして、そそくさと部屋を出た。
「敦、ごめん。迷惑かけて」
航が改めて謝るが、敦の機嫌は直らない。
「謝る暇があったら、もっと練習しろ」
そう言い放つと、敦はスタスタと去って行った。
「航、あんまり気にするなよ。お前は精一杯に頑張ってるんだからな。敦のことは、俺が何とかするから」
弘堅はそう励ますと、すぐに敦を追い掛けた。
「おい、敦」
弘堅は敦の肩を後ろから掴んだ。
「何だよ」
敦は振り向き、ぶっきらぼうに言う。
「あの態度は無いだろ。航が可哀想じゃないか」
「どこが可哀想なもんか。努力の足りない奴に厳しく言うのは当然だ。あいつは、あれぐらい言わなきゃ分からないんだよ」
「あいつだって、必死で頑張ってるんだ」
「それが足りないって言ってるんだよ。ハッキリ言って、あいつはバンドの中で一番下手だ。下手な奴は、誰よりも努力しなきゃいけない」
「ああ、確かに航のドラムは、お世辞にも上手いとは言えないな」
「お前だって、そう思ってるんだろ。だったら……」
「だけど、努力が足りないという意見には賛同できない」
「足りないから、いつまで経っても上達しねえんだよ」
「いや、あいつは俺よりも、ひょっとしたら、お前よりも練習してるかもしれない」
「どうして、そんなことが言えるんだ」
「知ってるからさ。あいつがスタジオを借りて個人練習してるのを」
「えっ……」
敦が目を見開く。
「それ、本当かよ」
「見たんだよ、あいつがスタジオに入っていくのを。本人に確認したら、最近は休みの日になると必ずスタジオを借りてるらしい。それだけじゃないぞ、もちろん家でも暇さえあれば練習に励んでる。あいつの手、見たか。マメが潰れて、手のひらの皮が破けて、それでも一言も痛いなんて言わずに叩いてる」
「……だったら、さっき練習が足りないと俺が言った時に、そのことを明かせば良かったじゃねえか。なんで黙ってたんだよ。お前も知ってたんなら、さっさと言えよ」
責めるように、敦が言う。
「敦には内緒にしておいてくれと、あいつに頼まれたんだよ」
「どうしてだ?隠しておく理由なんて、何も無いだろ」
「あいつ曰く、努力しているのは僕だけじゃない、それに自分が未熟だから補習をしているだけだってさ。それを、頑張っていますとアピールするのは恥ずかしいから、黙っていてほしいんだとさ」
「……」
敦は沈黙する。
「お前があまりにも酷い態度を取るから、我慢できずに、喋ってしまったけどな。だけど、俺がバラしたことは、あいつには内緒にしておいてくれよな」
「だけど」
振り上げた拳を素直に下ろせないらしく、敦は口を尖らせた。
「どれだけ練習したところで、相変わらずミスの連発なんだから、そんな練習は意味が無いんだ」
「それは違うぞ。あいつは確実に成長してる。お前はミスした箇所ばかり非難するけど、スネアの音とか、ハイハットの使い方とか、確実に前より良くなってる」
「でもミスはしてる」
「アレンジが難しすぎるからだよ。お前さ、俺達をプロのスタジオ・ミュージシャンか何かと勘違いしてないか」
弘堅は説くような口調で言う。
「お前のレベルを求めるから、航に対して厳しくなるんだよ。誰もがお前と同じように出来るわけじゃない。俺だって今回の曲は、付いていくのがやっとだ。本音を言うと、もう少し簡単にしてほしい。今のアレンジだと、音符をなぞるのに必死で、これっぽっちも楽しんで演奏できない」
「楽しもうなんて、甘いことを言うなよ。もっと死に物狂いでやれよ」
「おい、今の言葉、本気か」
いつも穏やかな弘堅が、突然、凄味を帯びた言葉を発した。
「な、何だよ」
敦はたじろいだ。
強気で偉そうな態度ばかり取っている敦だが、本物の猛者というわけではない。
弘堅の鋭い目付きは、敦の中に隠れている弱気な部分を引き出した。
敦は、珍しく弘堅が怒るのではないかと怯えた。
しかし、弘堅は怒りを示すことは無く、静かな口調に戻って喋り出した。
「俺はさ、お前のギターはすごいと思ってるよ。だから、そんな優れたテクニックを持つ奴と一緒にバンドが出来ることが嬉しくて、今まではお前が無理を言っても、それを受け入れてきた。たぶん航も、同じ感覚だろうと思う。でもな、最近のお前は、どんどん悪い方向へ進んでるぞ」
「何が悪い方向なんだよ」
いきなり弘堅が激昂するのではないかと警戒しつつ、敦は尋ねた。
「そりゃあ上手くなることは大切だと思うぜ。だけど、このバンドを始める時、お前は言ったはずだ。何よりも、音楽を楽しむことを大切にしようって。それは、このバンドだけに限らず、音楽をやる人間全てに言えることなんじゃないのか」
「それは……」
「お前は今、音楽をやってて、楽しいと思ってるか?楽しんでいないのなら、そんな奴と一緒にバンドはやれない。どれだけ技術があっても、楽しむ気の無い奴に、いい音楽なんて演奏できないぞ」
「……」
敦は無言で下を向いた。
心を抉られたような気分だった。
「なあ敦、バンドを始めた頃の原点に戻ろうぜ。まず自分たちが楽しまないと、客を楽しませることなんて出来ないって」
「……悔しかったんだよ」
敦は拗ねたように、ボソッと呟いた。
「んっ?」
「春のライブで、俺の知り合いが来たのを覚えてるか」
「ああ、中学時代からの顔馴染みで、別の高校でバンドをやってると言ってたな」
「あいつは昔から、いけ好かない野郎だったよ。あいつもギターをやっていて、やたらとライバル視して突っ掛かってきやがった。そいつがライブの後、俺の所に来て、クリードのことを酷評したんだ。特にドラムは最低だって、嘲り笑いやがった」
「そんなことがあったのか。まるで知らなかった」
「俺は腸が煮えくり返った。だから、もっと上手くなって、すげえ演奏をして、あいつを黙らせてやろうって思ったんだ」
「そうか、お前はお前なりに、バンドのことを思っていたんだな」
弘堅は静かに言う。
「だけど、そんな奴のことは気にするなよ。俺たち、そいつのためにバンドをやってるわけじゃないんだ。バンドを組む時、お前は言ったじゃないか。ただテクニックだけを追求したいのなら、上手い奴らを見つけて組む。でも楽しみたいから、親友であるお前たちと組むんだって」
「……」
敦は考え込んだ。それから少し間を置いて何か語ろうとしたが、
「やべっ、そろそろ授業が始まる。教室に戻らないと」
と弘堅が言うので、言葉を飲み込んだ。
「あっ、そうだ敦、今週の土曜日、空いてるか」
教室へ向かおうとした弘堅が、パッと振り返る。
「土曜日って、明後日じゃないか。何かあるのか」
「ああ、クリードのために、時間を作って欲しいんだ」
「クリードのために?」
敦が首をかしげると、弘堅はニヤリと笑った。




