<24:関西弁エイリアン(3)>
穂積沙紀・・・1年2組の生徒。
奥山和歌子・・・穂積沙紀のクラスメイト。大阪出身。
瀬田伊織・・・穂積沙紀のクラスメイト。
剣持静香・・・穂積沙紀のクラスメイト。
江草千夏・・・穂積沙紀のクラスメイト。
「なあ沙紀ちゃん、聞いた?4組が学園祭でやるお好み焼き屋って、すごいらしいで。実際に親がお好み焼き屋をやってる子がおって、めっちゃ美味しく作れるようにレシピを教えてもらったり、店で練習させてもらったりしてるらしいわ」
かなりの早口で、和歌子が喋る。
「それで?」
沙紀は全く関心を示さず、無愛想に訊く。
「ウチのクラスは焼きそばやで。言ってみればライバルやんか。このままやったら、向こうに客を取られるで。ウチのクラスもお好み焼き屋にしたら良かったなあ。それやったらアタシは地元やし、美味しい奴を作れるのに」
「それって、今、言うべきことなの?」
「えっ?」
「つまり、余計なお喋りをしている暇があったら、決めるべきことを早く決めた方がいいんじゃないの」
「ああ、なるほど」
和歌子が笑いながら、ピシャリと自分の額を叩く。
「いつも冷静やなあ、沙紀ちゃんは。でも、ちょっとぐらい、こんな話をしてもええやん。いわば助走みたいなモンやと思ってくれたら」
「こっちは譲歩して居残りしてあげているのよ。貴重な時間を無駄に使いたくないの」
沙紀は冷たく告げる。
今は放課後だ。
2人は、統括担当としての話し合いをするために残っている。
沙紀は最初の一度だけ付き合って、それ以降は放課後の居残りを拒否するつもりだった。
だが、和歌子が昼休みに話し合いをしようと持ち掛けて来たため、考えを改めた。
一度目の話し合いで和歌子の仕事ぶりを目にした沙紀は、どうやら、いずれにせよ時間を割く必要がありそうだと思い知らされた。
和歌子に任せておいたら、破綻した計画が出来上がってしまい、後で尻拭いをしなければいけなくなりそうだった。
それよりは、一緒に仕事を進めた方が賢明だろう。
昼休みではなく放課後を選択したのは、他の生徒達が大勢いる中では、作業がはかどらないだろうと考えたからだ。
そんなわけで、二人は放課後の教室で作業に入った。
だが、和歌子が余計なお喋りを始めたことに、沙紀は苛立ちを隠せなかった。
「それにしても」
沙紀はシャープペンでコツコツと机を叩く。
「その関西弁、どうにかならないの」
「どうにかって、どういう意味?もしかして、こっちに長く住んでるから、変な関西弁になってる?」
「そうじゃなくて、関西弁を使うことについて、どうにかならないのかと言っているの」
「全く意味が分からへんけど?」
和歌子はキョトンとする。
(理解力が低いにも程があるでしょ)
沙紀は軽蔑の眼差しを向ける。
「正直に言って、私は関西弁があまり好きじゃない。神経を逆撫でされるような、そんな印象を受ける」
「それやったら、テレビを見てたら大変やろ。最近は関西の芸人が一杯出てるし」
自分の言葉への不快感を告げられたのに、和歌子はまるで他人事のように、そんなことを言った。
「そういうテレビ番組は見ない。それに今は、貴方の関西弁のことを言っているのよ」
さらにキツい言い方をする沙紀。
しかし和歌子は豪快に笑いながら、
「しょうがないやん、大阪出身やから」
と返す。
「出身地が大阪でも、今の住まいは東京でしょ。標準語に直そうとは思わないの」
「なんで直す必要があるの?」
「なぜって、それは……」
「東京で関西弁を使っても、それで困ることなんて、特に無いやん」
「例えば、方言を使うと、イジメを受けることだってあるでしょ」
「でもアタシ、イジメられてないよ」
「確かに、そうだけど。でも、地方から来た転校生が、方言のせいでイジメられるケースって、良くあるじゃないの」
「そうかなあ。昔はともかく、最近は、そうでもないんとちゃうかな。むしろ、ええ武器になるやん」
「武器?」
沙紀は首をかしげる。
「うん、武器。初対面やと、どうしても素性が分からへんから警戒されるけど、関西弁で喋ると食い付きがええねん」
「食い付きって。貴方、こっちに来てから今まで、関西弁を馬鹿にされたりしたことは一度も無いの?」
「アタシ、中学で東京に引っ越してきたんやけど、転校してきた時には、からかう子もおったよ」
「ほら、やっぱりイジメられたんじゃない」
「イジメっていう程でもないよ。それに、最初だけや。軽く受け流して、冗談でも飛ばしてたら、すぐに仲良くなった」
和歌子は陽気に語った。
あっけらかんとした彼女の物言いに、沙紀は困惑した。それと同時に、何か癪に触るものを感じた。
「何、急に黙って?」
和歌子が顔を近付けて来た。
「何でもないわよ」
沙紀は声を荒げ、席を立った。
「どうしたん?」
「ちょっとトイレ」
沙紀は背中を向けたまま告げて、教室を出た。
尿意を催したわけではなく、その場を離れたかったのだ。
沙紀はトイレの個室に入り、ふうっと大きく息を吐いた。
(やっぱり、不愉快だわ)
和歌子の話を聞いた時、なぜ方言を喋りながらもイジメを受けずに済んだのかと、そのことに沙紀は苛立ちを覚えてしまった。
それが理不尽な感情であることは自覚している。
だが、そう思ってしまったのだから仕方が無い。
その苛立ちを和歌子にぶつけることも出来たが、沙紀は自制した。
気持ちを落ち着かせるため、トイレへ行くと嘘をついたのだ。
便座に座ったまま何もせず、沙紀は三分ほど時間を潰した。
(どうして、こんな場所で時間を無駄遣いしなきゃいけないのよ。バカみたいだわ)
そのことにも苛立ちを覚えつつ、沙紀はトイレを出た。
沙紀が廊下を歩いていると、クラスメイトの剣持静香と江草千夏が教室に入っていくのが見えた。
2人は放送部員で、部活動に行っているはずだが、何らかの理由で教室に戻ってきたらしい。
「あれっ、和歌子だけ?」
静香の声を聞いて、なぜか沙紀は体を硬直させ、教室に入るのをやめた。
彼女は教室の中から見られないよう、廊下の壁に体を密着させた。
「アタシ一人じゃないよ、沙紀も一緒や」
「ああ、学園祭関係の仕事?」
「うん、そう」
「だけど、一緒って言うけど、いないじゃない」
「トイレに行ってるだけや。それより、静香と千夏は、なんで戻って来たん?」
「ちょっと道具を取りに来たの。すぐ部活に戻るわ」
「それにしても和歌子、彼女と上手くやってるの」
「一応、普通にやってるつもりやけど」
「よくもまあ、仲良くしていられるよね。和歌子ってすごいわ」
「そうよね。私だったら無理。千夏も、たぶん無理でしょうね」
「なんで?沙紀ちゃんと仲良くするのって、そんなに難しいことかな」
「あの子、陰気だし、不気味だし」
「愛想は悪いし、ブスのくせに偉そうだし、なんか出してる空気が悪いっていうか」
自分への悪口を耳にして、沙紀は口の端を歪める。
(でも、あながち間違ってはいないわね)
冷静に、自虐的なことを思う沙紀。
「そうでもないよ」
絶妙のタイミングで和歌子の声が聞こえ、沙紀はドキッとする。
「たぶん沙紀ちゃんは人付き合いが下手で、不器用やから、勘違いされやすいんやと思う」
「和歌子って、本当に優しいわねえ。あんな子の味方なんて、する必要は無いのに」
「沙紀ちゃんも優しいところがあるよ。自分が嫌われてるから、そんな自分と仲良くしたら人気が落ちる、だから仲良くしない方がいいって、アタシのことを気に掛けてくれた。そういう一面もあるねん」
(いや、あれはそういうことじゃなくて)
沙紀は戸惑う。あの時は、ただ面倒な話し合いを避けたかっただけだ。
完全に自分の都合だけを考えての発言だ。
(それを優しさだと受け止めて、私を擁護するなんて、やっぱりバカだわ)
沙紀は心で呟く。
だが、悪い気はしていなかった。
「まあ、別に私たちは、どうでもいいんだけどね。それじゃあ、行くわ」
静香と千夏が出て来そうな雰囲気になったので、慌てて沙紀はその場を離れた。
二人が見えなくなるのを確認して、沙紀は再び教室に近付き、中へと入った。
「お帰り、遅かったなあ」
和歌子が笑顔で迎える。
「お尻が便器にハマッて動けなくなったかと思って、心配したやんか」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
沙紀は視線を合わさず、ぶっきらぼうに言う。
それは照れ隠しの態度だった。
「さあ、さっさと仕事を進めるわよ」
「はいはい、じゃあ、何から行こっか」
沙紀と和歌子は、統括担当としての作業に戻った。




