<20:恋と畳と柔道着(3)>
平井悟・・・柔道部員の高校2年生。
小原輝雄・・・平井の親友。
小原弥生・・・小原輝雄の姉。学校のOB。
秋田隆三・・・柔道部の主将。
瀬田伊織・・・テニス部員の高校1年生。
柔道部の道場では、畳がバシンバシンと激しく音を立てている。
部員が乱取り稽古をしているのだ。
対抗戦が近いので、選抜メンバーは特に気合いがみなぎっている。
その中にはもちろん、2年で唯一の選抜メンバーである悟の姿もある。
「せやっ」
雄叫びと共に、主将の秋田が悟の腕を取って背負った。
悟の体はきれいに弧を描き、畳に投げ付けられた。
天井を仰ぎ、悟はフッと小さく息を吐く。
「おい平井、こっちへ来い」
秋田は柔道着の襟を整えながら顎をしゃくり、悟を道場の隅に呼んだ。
悟は立ち上がり、主将に従う。
「どうした悟、あんな簡単に投げられるなんて」
険しい顔で秋田が言う。
「お前らしくないぞ。稽古に集中できていないのか」
「いえ、主将の技が切れていたからです」
「違うな。お前、悩みがあるだろう。それで稽古に身が入っていないんだ」
見透かしたように言われ、悟はうろたえた。
「いえ、そんなことは」
「怒るつもりは無いから、ごまかすな。この前から、どこか変だとは思っていたんだ」
「……分かりますか」
悟は視線を落とす。
「ああ、組んでみれば、心の中まで分かる。俺には全て、お見通しだぞ。お前は今、あることで迷いを抱いている」
「ええ、そうです」
「水臭いぞ、どうして相談してくれなかったんだ」
「主将に相談するようなことではないと思ったので」
「何を言っているんだ、むしろ主将だからこそ、俺に相談すべきじゃないか。俺も似たような経験が何度かある」
「そうなんですか」
悟は小さく驚く。
「お前と1つしか学年は違わないが、キャリアは遥かに長いからな。そんな時期もあったんだよ」
「意外でした」
「意外なことがあるものか。最初に悩みを感じたのは小学校の頃だぞ」
「それは早いですね」
「今のお前は踏み込みが甘い。一歩なんてわずかな距離だが、それが重要なんだ」
「だけど、経験が無いから、自信が持てないんですよ」
「色々と余計なことを考えすぎているんじゃないか。どんな奴にでも、必ず武器があるんだ。お前にだってあるだろう」
「武器ですか」
悟が考え込む。
「そうだ。お前の武器は、何だ?」
「そうですねえ、秘めた優しさ、ですかね」
「はっ?何を言っているんだ」
秋田が、怪訝な顔になる。
「お前の武器は大外刈りだろうが」
「へっ?」
悟が素っ頓狂な声を発した。
しばし、気まずい沈黙が流れる。
「……小原、俺は対抗戦が近くてプレッシャーに悩んでいるのだと思っていたが、ひょっとして、柔道のことじゃないのか」
秋田が疑念の目を向ける。
「そ、そんなことは。柔道の悩みに決まってるじゃないですか」
悟は狼狽した。
「柔道の武器で、秘めた優しさってのは何だ」
「それは、その、えっと、あ、小便に行ってきます」
悟は上手い言い訳が見つからず、その場から逃げ出した。




