<18:悩んで悩んで悩むのだ(3)>
角田雄一・・・3年3組の生徒。
星慎吾・・・角田雄一の親友でクラスメイト。
三上茂輝・・・角田雄一の親友。3年2組の生徒。
柳沢知良・・・角田雄一のクラスメイトで生徒会長。
美濃部昭宏・・・角田雄一の担任教師。
和田律子・・・パン屋のおばさん。
城陽学園では、生徒の昼食は四択だ。
大半の生徒は、弁当、学生食堂、パン食のいずれかを選ぶ。
ほとんどの生徒が選ばない四つ目の選択肢は、「食べない」ということだ。
パン食の生徒は昼休みになると、一階のエントランスへ向かう。
学校から販売を委託されている業者が、そこにパンの什器を置くからだ。
人気のカレーパンとメロンパンはすぐに売り切れてしまうので、昼休みになると、それを狙う生徒たちによる激しい競争が繰り広げられる。
雄一は、パン戦争が鎮まり、ほとんどの生徒が購入を終えた頃になって、ようやくエントランスへ向かった。
それは、いつものことだ。
彼は腹が満たされれば何でもいいという考え方で、カレーパンやメロンパンへの欲求は全く無い。
混雑の中に身を投じてまで、美味しい物を食べようとする感覚が、彼には理解できない。
雄一がエントランスへ行くと、什器の前には一人の生徒もいなかった。
大体、雄一が行く時は、そんな感じである。
パンを売っているのは、和田律子という中年女性だ。
律子はやって来る雄一を見つけ、ダミ声を発した。
「角田君、今日も殿様出勤ね」
「どうも、おばちゃん」
雄一は軽く会釈する。いつも一人だけ後から悠然と現われるので、律子も雄一のことは覚えているのだ。
律子は40代後半で、下半身のどっしりとした女性だ。自分を若く見せたいという気はさらさら無いらしく、典型的なオバサンパーマを当てている辺り、むしろ年配に見られたいのかと思わせるほどだ。
雄一は什器を覗き込んだ。
残っているパンは、毎日、ほぼ変化が無い。
「これと、これと、これで」
雄一は、小倉あんパンと蒸しパンと野菜サンドを指差した。
「はい、じゃあ360円ね」
律子がパンを渡し、雄一から金を受け取る。
パンを貰った雄一は、ふと思い付いて、質問を投げ掛けた。
「ねえ、おばちゃん、パンは好き?」
「いきなり何を訊くの。そりゃあ好きだよ、もちろん」
律子が笑いながら答える。
「そうか。そりゃあ、そうだよな。やっぱり、好きなことを仕事にするのが一番だよなあ」
雄一は、深くうなずいた。
「何を言ってるの、角田君?」
「いや、おばちゃんは好きなことを仕事にしているから、羨ましいなあと思って」
すると律子は顔をしかめ、手を横に振る。
「羨ましくなんか無いわよ」
「えっ、どうして?」
「言っとくけど、この仕事は生活のためにやってるんだからね。パンは好きだけど、それでパンを売る仕事をやるようになったわけじゃないわ。そんなことを言い出したら、私はパンよりも寿司の方が好きなんだから、寿司屋にならなきゃいけなくなっちゃうわよ」
「そうなんですか。パン屋さんってのは、みんなパンが好きなんだと思っていました」
「そりゃ町のパン屋とか、自分でパンを焼いている職人なら話は別だろうけどね。私は、ただ雇われて売り子をしているだけだから」
「はあ」
饒舌に捲くし立てる律子の勢いに、やや雄一は気圧された。
「パンは好きだけど、それだけじゃあ、やっていけないよ。ウチは旦那の稼ぎが少ないから、アタシも働いているだけ。旦那の稼ぎだけで生活できれば、こんなことやってないって」
「あの、もう充分に分かりましたから」
雄一は困惑の表情で言う。
「あら、そう。嫌だねえ、年を取ると愚痴っぽくなっちゃって。でも、そっちが質問してきたから、答えたんだからね」
「ええ、分かってます。もう充分に分かりました。それじゃあ、そろそろ行かないと、食べる前に昼休みが終わっちゃうんで」
そう言うと、そそくさと雄一は立ち去った。
「あの人、あんなキャラだったのか」
そう言いながら、雄一は買ったパンを眺める。
それから彼は、律子の言葉を思い起こす。
パンが好きなだけでは、やっていけない。
旦那の稼ぎが少ないから働いているだけ。
「現実って、厳しいなあ」
世知辛さを感じ、そう呟く雄一であった。




