<16:俺たちのビート(2)>
福井敦・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のギター担当。
安藤弘堅・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のベース担当。
宮吉航・・・軽音楽部の高校2年生。バンド「クリード」のドラム担当。
柱谷秀彦・・・軽音楽部の顧問。
「ああ、ストップ、ストップ」
敦が苛立ったように声を発し、ギターの演奏を止めた。
ベースとドラムの音も、続いて鳴り止んだ。
2年生バンド“クリード”のメンバーは、放課後の部室でオリジナル曲『キング・ヴァニラ』を練習している。
「今のミス、自分でも分かったよな?」
敦は鋭い目付きで、ドラムセットに座る航を見た。
「ごめん」
航は済まなそうに、両手を合わせる。
「そこのフレーズ、最後はスネアからオープン・ハイハットでバシッと決めてくれないと。ギターソロがあって、最後のサビに行く大事なポイントなのに、ダサくなるだろ」
「うん、分かってる」
「分かってるなら、しっかり決めてくれよ。そこのミス、何度もやってるぞ」
「ごめん」
「まあ、あの辺りは、この曲の最難関だからなあ。大変だろ、航」
ベースの弘堅が、フォローするように優しく言う。
「だからって、何度もミスを繰り返すのはダメだろ。ライブ本番で失敗しても、そんな言い訳は通用しないんだぞ」
敦が声を荒げる。
「もちろん、それは分かってるって。そうカリカリするなよ。航だって、必死に練習してるんだ」
「練習してるのは、一緒にやってるんだから知ってるさ。だけど、練習してるんだから、もっと上手くならないと」
「そんなにキツく言ってやるなよ。わざとミスってるわけじゃないんだから」
「弘堅、人のことを擁護しているけど、お前だってミスしてるんだからな」
敦の苛立ちは、弘堅にも向けられた。
「ああ、そうだな」
弘堅は素直に認め、それから航の方を向いて、
「そうだぞ航、俺も結構、ミスが多いんだ。お互い、頑張ろうぜ」
と励ました。
「よし、じゃあ間奏から、もう一回やってみるぞ」
敦は気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吐いた。
「行くぞ」
クリードのメンバーが、再び楽器を奏でる。
だが、すぐに敦の怒声が響いた。
「ああ、また違う」
敦はギターを床に置き、ドラムセットにツカツカと歩み寄る。
「航、しっかりしてくれよ」
「ホントにごめん。上手く右手が付いて来なくて」
航は謝りながらスティックを動かし、叩く順番を確認する。
「ミスもそうだけど、お前、間奏でリズムがモタつくぞ。ちょっと貸してみろ」
敦は航からスティックを奪い取り、椅子から退かせた。
彼は椅子に座り、ハイハットとバスドラムのフットペダルを軽く踏み込む。
それから、
「いいか、間奏部分は、こんな感じだ」
と言って、ドラムを叩き始めた。
敦は流麗なスティック捌きで、正確にリズムを刻んだ。
8バースを叩き終えた敦は、ハイハットを押さえて音を止め、航に視線を向けた。
「なっ、こういう風に」
「やっぱり上手いな、敦は」
航は感嘆の言葉を漏らす。
敦はギターだけでなく、ベース、ドラム、ピアノも演奏できる。
というのも、父親が音楽教室を営んでおり、幼い頃から多くの楽器に触れられる環境にあったからだ。
「感心してる場合じゃないぞ。ドラムの担当は、お前なんだから」
「分かってる。頑張って、何とか出来るようにするから」
航が殊勝な態度で言う。
「なあ、淳。やっぱり、このアレンジは厳しいんじゃないかな」
弘堅が口を開いた。
「何を言い出すんだよ」
「あまりにも難しすぎて、楽譜を追うだけで精一杯になるんだよ。ここまで難しくする必要は無いんじゃないか」
「俺はイケてる曲をライブで披露したいだけだ。わざと難しい曲を作ったわけじゃなくて、いいアレンジにしたら、たまたま難しかったんだ」
「わざと難しくしたなんて、誰も思ってないさ。ただ、本番までの時間が短すぎるよ。あと半年ぐらいあれば、ひょっとしたらモノに出来るかもしれないけど」
「弘堅、簡単に諦めるなよ。向上心を失ったら、バンドとして終わりだぞ」
「向上心は大事だけど、俺たちのレベルも考えないと」
弘堅は「俺たち」と称したが、実際には、航を慮ってのことだ。
本番までに航がマスターすることは、困難に思えた。そこで、彼のレベルに合わせようという提案をしたのだ。
だが、敦は譲らない。
「そんなに安易に妥協したら、これから長くバンドを続けていけない」
キッパリと言い切った。
「今年の春に3人で話し合った時のこと、思い出せよ。下級生のバンドも入ったし、今までよりも練習量を増やして、負けないように頑張ろうって誓ったじゃないか」
「ああ、そうだな。お前が言い出したことだけど、確かに誓った。だから、他のバンドよりも練習時間は多く取ってる」
「だろ?だったら……」
「いや、そうだけどさ、練習しても無理なレベルってのがあるだろ」
「限界を勝手に決めるなよ」
「別に、そういうわけじゃ」
「弘堅、もういいよ」
航が仲裁に入った。
「お前が俺のことを気にしてくれているのは、分かったよ。でも俺、頑張るからさ。俺のことで、言い争いするのはやめてくれよ。仲良くやろう。敦のレベルには及ばないけど、もっと頑張って練習するから」
航が前向きな態度を示すので、弘堅は何も言えなくなった。
「ほら、航も、こう言ってる」
敦が得心顔になる。
「まあ、それなら俺としては、特に反論は無いけど」
弘堅は白旗を挙げる。
「よし、じゃあ頭から、もう一度やってみようぜ。絶対に、ライブでは他のバンドより客を熱くさせるからな」
敦はギターを拾い上げた。




