<15:描けない片想い(2)>
中谷悠太・・・漫画研究部の高校3年生。
野口優作・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の部長。
大野吉洋・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の高校3年生。
柳沢知良・・・生徒会長。
能登奈緒美・・・生徒会副会長。
放課後、漫画研究部の部室。
3年生部員の中谷悠太は、窓から外を眺めている。
今は、部室に彼一人しかいない。先程までは、野口優作と大野吉洋がいたのだが、連れションをするため出て行った。
なずむ夕暮れが遠くに広がっているが、悠太の両眼には入っていない。
視線の先では、クラブ棟へ通じる校庭内の舗道で、生徒会長の柳沢知良と副会長の能登奈緒美が何やら話し込んでいる。
声は届いて来ないが、書類を見たりしているので、たぶん生徒会関連の事務的な会話だろう。
先程から悠太は、その様子を、じっと眺めている。
「何を物思いにふけってるんだ?」
声を掛けられてハッと振り向くと、優作が白い目で見ていた。
「ちょっとアイデアを練っていただけだよ」
悠太が慌てて取り繕う。
「さあ、それはどうかな」
優作の隣で、吉洋が冷静に指摘する。
「っていうか、2人とも、いつの間に戻って来たんだよ」
「心が外に行っているから、俺たちが入ってきたことに気付かなかったんだろう。やっぱり、俺の推測は的中しているようだな」
吉洋が大仰な言い方をする。
「何だよ、推測って」
「悠太、お前は恋をしている」
指を差されて、悠太は硬直した。
ポッと、顔が赤くなる。
「おい吉洋、どういうことだよ。その話、オレにも詳しく聞かせろ」
優作が強い好奇心を示す。
「ほら、窓の外を見てみろ、こいつが眺めていた先を」
「ああ、柳沢と能登がいるな。ということは……」
「そうだ、悠太は能登奈緒美に恋をしているのだ」
吉洋は腕を組み、自信たっぷりに断言する。
「へえ、あの悠太が、ついに恋をしたか」
「そうだぞ優作、二次元にしか興味が無いお前だけとは違ってな」
「ふざけんなよ、吉洋。確かにオレはアニメや漫画のキャラにも好意を持つが、三次元の女に全く興味が無いわけじゃないぞ。フィギュアも好きだ」
「それは三次元と言っていいのか」
「いいだろ、立体なんだし。っていうか、俺の話は、今はどうでもいいよ」
「そうか、悠太の話だったな」
「あの、勝手に盛り上がらないでくれる?」
悠太が会話に割って入った。
「そっちの推測だけで、僕の気持ちを決め付けないでほしいな」
「だったら、お前は恋をしてないのか」
「してないって、そんなの」
悠太が大げさな身振りで否定する。
「嘘は良くないぞ、悠太。隠したい気持ちは分からなくもないけど、オレたち、友達じゃないか」
「そうだぞ、さっきの、あの表情、あの視線。明らかに恋する男の顔だった」
優作と吉洋が、悠太にグッと近寄った。
「いや、そんなの、思い込みだって」
「だったら、ずっと能登奈緒美を見つめていたことは、どう説明するつもりだ」
「そ、それは」
上手い言い訳が見つからず、悠太はアタフタする。
頭をフル回転させ、早口で
「べ、別に彼女を見ていたわけじゃなくて、外を見ていただけだよ。あそこに彼女がいたのは偶然で、そこに焦点は無かった」
と言うが、友人たちの納得は得られない。
「まだシラを切るとは、こざかしい奴め。だが、こっちには全てお見通しだぞ。いつまでも嘘をついていたら、どんどん苦しくなる。さあ、おとなしく白状して、楽になれ」
芝居じみた口調で、吉洋が詰め寄る。
「白状だなんて、そんなこと」
「まあ、その辺りでいいだろう。あまり追い詰めても、悠太が可哀想だ」
優作が大人びた態度を見せたが、これまた芝居じみている。
「まあ、そうだな。どうせ、こいつが能登奈緒美に惚れているのは一目瞭然、いちいち打ち明けなくても分かり切っていることだからな。さっき、俺が指摘した時に、顔が赤くなった。あれが何よりの証拠だ。そうだろ、悠太」
「えっ、赤く?」
悠太は狼狽し、両手を頬に当てる。
「今さら隠しても遅いよ。しかし、お前が能登奈緒美のようなタイプを好きだったとはな」
「オレは、そう意外にも感じないぜ。悠太みたいな草食系が、ああいうサバサバしていて男っぽい感じのある女に惹かれるのは、自分に無いものを求める本能じゃないかな」
「そうか、言われてみれば、そうかもな」
また2人が勝手に盛り上がる。
「それにしても、好きになる相手が悪いな。ハードルが高すぎる」
「そうだなあ、能登って、柳沢と付き合ってるっていう噂があるしなあ」
その言葉には、悠太もビクッと過敏に反応する。
知良と奈緒美が交際しているという噂は、彼の耳にも届いていた。ただ、あくまでも噂であり、事実はハッキリしていない。
「柳沢は、頭も顔も良くて、おまけに生徒会長だ。ライバルは手強いな」
優作は渋い顔をする。
「悠太、好きになるにしても、もうちょっと相手を考えろよ」
「ライバルなんて、そんな」
悠太は弱々しく反論しようとするが、その前に吉洋が口を挟んだ。
「優作、それは違うぞ。好きになったら、相手がどんな高嶺の花であろうが、ライバルが強敵であろうが、気持ちは抑えられないものなんだ」
「手当たり次第に告白しては失恋しているお前が言っても、説得力ゼロだぞ」
「失恋しまくっているからこそ、恋する男の気持ちが良く分かるんだよ。お前は恋したことが無いから分からないだけだ」
「お前の連敗を見ているだけに、悠太には無理をするなと言いたいんだよ」
「無理をするなって、どういう意味だよ」
「分かってるだろ、どうせ女を好きになっても、失恋で終わるってことは。不細工、根暗、オタクと、三拍子揃ってるんだぞ」
「まあな、確かに悠太は男として、俺より遥かに落ちるもんな」
吉洋が深くうなずくので、
「おいおい」
と優作が冷たい目でツッコミを入れる。
「無理なんかしないよ」
悠太は、静かに口を開いた。
「前にも言ったじゃないか。もし好きな人が出来ても、告白しないって」
「悠太、そんな後ろ向きな考え方は良くないぞ」
吉洋が励ますように言う。
「世の中には、不細工でも、オタクでも、女と付き合っている男はいる。優作、お前がそういうことを言うからだ」
「オレは客観的に論評しただけだぞ」
「お前の考え方も分かるが、仲間として、悠太を応援したいとは思わないのか。高校生活で、初めて女を好きになったんだぞ。今まで、二次元キャラにさえ恋をしなかった悠太が」
「そりゃあ、上手くいけばいいけど、どうせ失敗するんだし」
「失敗を恐れていたら、チャレンジなんか出来ない」
吉洋は机をドンと叩く。
「何をそんなに燃えてるんだよ、お前は。自分のことでもないのに」
「なんか良く分からねえけど、テンションが上がってきたんだよ。おい悠太、どうせなら、思い切り当たって砕けるのもいいかもしれないぞ。そのために、優作、俺たちで手を貸してやろうじゃないか」
「あの、何をするつもり?」
悠太は不安そうに口を挟む。
「余計なことはしなくていいから、僕のことは放っておいてよ」
「心配するな、お前の悪いようにはしない」
吉洋がニコニコしながら言うので、ますます悠太は不安を募らせる。
「僕は能登さんのことを好きじゃないし、仮に誰かを好きになったとしても、それは僕の問題だし」
「いいから、いいから。とりあえず、今日は帰ろう。かなり遅くなったし」
吉洋が時計を見ながら言う。
悠太も、帰宅することについては異論が無い。
3人は部室を出て、階段を下りた。
悠太たちが正門へ向かおうとすると、先程の場所で、まだ知良と奈緒美が喋っているのが見えた。
「やっぱり付き合ってんのかな、あいつら」
優作がボソッと言うと、吉洋が睨む。
「そういうことを言うな。それより優作、これはチャンスだと思わないか」
「チャンス?」
「そうだ、恋愛をするには、まずきっかけを作る必要があるからな」
何やら企んでいる様子の吉洋に、悠太はビクビクする。
変なことが起きない内にと、やや早足になって、奈緒美と知良の傍を通り過ぎようとする。
同学年だが、クラスは別だし、親しいわけではないので、挨拶はしない。
その時、ササッと隣に近寄った吉洋が、肘を突き出して悠太を押した。
予期せぬ攻撃を受け、悠太はよろめく。
吉洋としては、悠太を奈緒美にぶつからせて、知り合うきっかけを与えようという作戦だった。
だが、その作戦は、あえなく失敗に終わった。
悠太が突き飛ばされた時、ちょうど奈緒美は移動しようとしていた。
彼は奈緒美に激突せず、前のめりの姿勢で、知良の方へよろけた。
奈緒美は反対側に顔を向けており、それを見ていない。
悠太は偶然にも、知良が踏み出した足につまずいた。
「あっ、やべっ」
そんな吉洋の声を背後に聞きながら、悠太は左腕から変な形で転倒した。




