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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[9月上旬]
13/52

<13:恋と畳と柔道着(2)>

平井悟・・・柔道部員の高校2年生。

小原輝雄・・・平井の親友。

小原弥生・・・小原輝雄の姉。学校のOB。

秋田隆三・・・柔道部の主将。

瀬田伊織・・・テニス部員の高校1年生。


 「いちにっ、いちにっ」

 威勢のいい掛け声と共に、柔道部員がグラウンドをランニングしている。

 放課後の稽古は、まず走ることから始まる。

 他の部員に混じって、悟も足を振り上げている。

 ランニングの時は下駄ではなく、運動靴を履いている。

 本人は入部した時に、ランニングも下駄でやりたいと申し入れたのだが、それは顧問の教師に却下された。


 部員はグラウンド5周のノルマを果たし、そのまま道場へ向かう。

 そんな中、悟は最後列にいる主将の秋田に近付き、

 「主将、自分、もう1周走りたいんですが、よろしいでしょうか」

 と申し出た。

 「どうした、平井?」

 秋田は、怪訝な表情を浮かべる。

 いつも練習熱心な悟ではあるが、そんなことを言うのは初めてだった。

 「自分、まだ汗をかき足りません。それに最近、気持ちに緩みが出ています。もう少し走って、体を苛めておきたいんです。お願いします」

 「分かった、もう1周、走ってこい。こっちは先に、道場で稽古を始めているからな」

 秋田は承諾し、他の部員と共に道場へと走っていった。


 それを確認した後、悟はグラウンドとは全く違う方向へ駆け出した。

 そしてキョロキョロと辺りを見回しながら、何かを捜す。

 「いた」

 悟は立ち止まり、嬉しそうに呟く。

 彼の視線の先には、文科系のクラブ棟へと歩く弥生の姿があった。

 先程、ランニングをしている最中に、悟は彼女の姿を発見していたのだ。

 悟は弥生に向かって、ランニングを始めた。

 そして接近すると、たった今、気付いたようなフリをして、

 「あっ、輝雄のお姉さんですよね」

 と声を掛けた。


 「あらっ、確か貴方は」

 「輝雄の親友の、平井悟です。以前、お会いしました」

 「ええ、覚えてるわ」

 弥生は涼やかに微笑み掛ける。それだけで、悟はポッと顔を赤らめた。

 「あ、あの、お姉さんは」

 「お姉さんはやめてよ、弥生でいいわ」

 「弥生さんは、今日は何の用事ですか」

 「前に言ったかしら、演劇部の練習に付き合ってるって」

 「はい。ああ、そうか、それですか」

 「ええ、そういうこと。それより平井君は、どうして、こんな場所に?ここって、体育会系の部室は無いわよね」

 弥生はクラブ棟を見上げる。

 「えっと、ああ、その」

 悟は、しどろもどろになった。

 彼女を見た途端、無性に会いたくなってしまい、走ってきた。だが、そこにいる理由までは考えていなかった。


 「気分転換で、いつもと違うコースを走っているんです」

 咄嗟に彼は、口から出まかせを言った。

 「へえ、そうなの。でも、他の部員の人達は?」

 「自分だけ、普通のランニングとは別に、余計に走っているんです」

 「練習熱心なのね。そうか、確か平井君は、2年で唯一、対抗戦のメンバーに選ばれたのよね」

 「対抗戦のメンバーに選ばれたこと、知ってるんですか」

 悟は驚いた。同時に、それを知ってくれていたことに感激した。

 「ええ、輝雄から聞いたわよ。すごいわね」

 「いえ、それほどでも」

 誉められて、悟はポリポリと頭を掻く。


 「いつなの、対抗戦は?」

 「来月の12日です」

 「それじゃあ、練習に熱も入るわけだ。だったら、こんな所で私と喋って、時間を無駄遣いしない方がいいわ」

 弥生は冗談めかして言う。

 「いえ、無駄遣いなんて、そんなことは」

 「どうせ私も、これから演劇部だし。それじゃあね」

 弥生は悟に手を振り、クラブ棟の階段を上がろうと手すりに手を掛けた。だが、すぐに振り返り、

 「対抗戦、頑張ってね」

 とエールを送った。

 その言葉と微笑みは、悟の胸のド真ん中にズキュンと来た。

 「は、はい」

 悟は、なぜか直立不動で敬礼した。階段を上がる弥生を見つめながら、

 「必ず勝ちます」

 と、悟は宣言した。

 その言葉は、もう2階に到達していた蘭の耳には届いていなかったが、そんなことは、どうでも良かった。

 悟は、自分に誓ったのだ。彼女のために、必ず勝つと。


 弥生が部室に入るのを確認して、悟はクラブ棟に背中を向けた。

 急いで道場へ行こうとはせず、ゆっくりと歩きながら、弥生と話した余韻を楽しんだ。

 「対抗戦、頑張ってね」

 という弥生の言葉を脳内でリフレインして、悟は頬を緩ませる。


 だが、どこからか、嫌な意見が心に飛び込んで来た。

 (あれだけの美人なんだから、恋人がいるはずだ)

 悟の顔が、一瞬にして不安に曇った。

 そうだ、その通りだ。その恋人から奪うことなんて無理だろう。

 所詮、自分なんかが惚れても叶わぬ恋なのだ。

 そこまで心で呟いて、彼はハッと気付く。


 (これは恋なのか)

 今まで彼は、それを自覚していなかった。


 「おい悟、何をやってるんだ」

 不意に呼び掛けられ、悟はビクッとした。

 声の方向に目をやって、輝雄だと分かり、とりあえず安堵する。

 「何って、ランニングだよ」

 怒ったように悟が答える。

 「ランニングって、歩いている奴の言うことかよ」

 「さっきまで走ってたんだよ」

 「早く道場へ行った方がいいんじゃないのか。もう練習、始まってる時間だろ」

 「言われなくても分かってる」


 道場へ急ごうとした悟だが、

 「なあ、輝雄」

 と言って振り向いた。

 「実は、知り合いから訊いてくれと頼まれたんだが、お前の姉さんには、付き合っている人はいるのか」

 「姉貴の付き合ってる人?」

 「ああ」

 「それだったら、つい最近、恋人と別れたらしい」

 唐突な質問だったが、輝雄は軽い感じで返答する。

 「じゃあ、今はフリーってことか」

 晴れやかな表情になった悟は、弾んだ声で確認を取る。

 「そうなるな」

 「そうか。いや、別に俺はどうでもいいんだが、知り合いから頼まれたもんだから。そうか、そうなのか。そうだ、もう俺は稽古に行くからな」

 悟は言い終わるや否や、道場へと駆けて行った。


 「何が知り合いだよ」

 昌彦は呆れた表情で言った。

 「あいつ、嘘が下手すぎるだろ」


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