<11:あの人に勝ちたい(2)>
加藤大輔・・・陸上部員の高校2年生。
加藤大介・・・陸上部員の高校3年生。
上野正秀・・・陸上部のキャプテン。
森保・・・陸上部員の高校3年生。
安藤弘堅・・・加藤大輔の親友。
「おっ、そこにいるのは、ダメな方のカトウダイスケじゃないか」
その朝、加藤大輔がジャージ姿で校庭を歩いていると、渡り廊下から声がした。
見ると、クラスメイトの軽音部員、安藤弘堅だ。
「やめろよ、その呼び方」
弘堅は冗談めかした口調で言ったのだが、大輔は不機嫌な表情を浮かべた。
「ただのジョークじゃないか」
「ジョークになってないんだよ。俺が本気で嫌がってるの、知ってるだろ」
「すまん、すまん」
弘堅は軽く謝る。
大輔は、同じ陸上部の3年生部員である加藤大介と区別するため、部内では「ダイ」と呼ばれている。
しかし陸上部を離れると、口の悪い連中は「ダメな方のカトウダイスケ」「出来の悪いカトウダイスケ」「劣化版カトウダイスケ」などと呼ぶ。
と言うのも、比較対象である先輩の加藤大介が、全てにおいて優秀すぎるのだ。
200メートルでは市の大会で優勝し、大会記録も更新した。
バスケットボールやサッカーも、部員には及ばないが、そつなくこなす。
顔もイケメンだし、テストの成績も常に上位だ。
当然、女子からの人気も高い。
それに比べると、大輔は200メートルでは先輩に及ばず、他のスポーツも今一つ。
見た目は、極端な不細工ではないが、男前とも言えない。成績の方も、良くも悪くも無い。
どれもこれも、中途半端な状態だ。
どの分野でも、加藤先輩に負けている。
そのことが、大輔にとってはコンプレックスとなっていた。
「ところで大輔、こんな朝早くから、そんな格好で、どこへ行くんだ?」
弘堅が尋ねる。
「朝練だよ」
「陸上部って、朝練もやってたっけ」
「個人練習だよ。お前ら軽音だって、やるだろ」
「まあな」
「陸上部の練習だけやってたら、いつまで経っても先輩には勝てないからな」
「先輩って、加藤先輩のことか」
「ああ」
「そう言えば、前回の記録会で、加藤先輩と勝負したらしいな」
弘堅は何気無い感じで言ったのだが、大輔は苦い表情に変わった。
「ああ、そして負けたよ。またダメな方のカトウダイスケから脱却できなかった」
大輔は皮肉っぽく告げた。
「おい大輔、自分で嫌がっておいて、その呼び方を使うなよ」
「自分から言わなかったら、お前が言うだろうと思ってさ」
「ひねくれすぎだぞ、それは」
弘堅は呆れたように言う。
「しかし、そんなに比較されるのが嫌なら、先輩と同じ陸上部に入って、短距離なんか選ばなきゃ良かったのに」
「入部するまで、加藤先輩がいるなんて知らなかったんだよ」
大輔は口を尖らせる。それと、走りには自信もあった。中学でも陸上部で、それなりの成績を残していた。同姓同名の先輩がいても、それを理由に入部をやめたり、200メートルを避けたりする気にはなれなかった。
「大体、陸上部に入らなくても、同じ高校なんだぞ。あの人と同姓同名なら、例え帰宅部でも比較されて、ダメな方のカトウダイスケと言われただろうよ」
「まあ、そうかもな」
弘堅は納得する。
「同じ名前の相手が、あまりにも出来が良すぎたのが不幸だったな」
「だから俺は、先輩の本職である200メートルで勝利して、ダメな方じゃないってことを証明してやるんだ。同じ競技を避けるより、そっちの方がいいに決まってる」
「それで、勝てるのか」
「勝てないって言うのかよ」
大輔が睨む。
「おい、喧嘩腰はやめろよ。勝てないなんて、一言も言ってないだろ。素直な気持ちで、お前が勝てると思っているのかどうか、確かめたかっただけだ」
「勝てるさ」
大輔は力強く宣言する。
「勝たなきゃいけないんだよ、絶対に。あの人に勝たないと、俺の高校生活は、ダメな奴のままで終わってしまうんだ。そんなの、耐えられるかよ」
「そうか、とにかく頑張れよ」
弘堅は、穏やかにエールを贈る。
「ああ」
大輔は、力強く言った。




