Ⅲ
「ようこそ、英雄王」
一回り大きい木造住宅の中、俺達を迎えたのは厳かな声だった。
身長二メートルを超える巨漢。人の姿をしているためか、ストレートに体格の良さが伝わってくる。肩幅も俺の倍ぐらいはあるんじゃなかろうか?
「私は里の代表を務めております、プロキスと申す者。……ご要望に従い、貴方を一族の友として迎えましょう。よろしいですかな?」
「ええ、それで」
プロキスと名乗った中年の族長代理は、家の中を窮屈そうに歩いていく。
無言で向けられた背中は、ついて来いと簡単な意思表示をしていた。さすがに玄関で立ち話を続けるつもりはないらしい。
先に上がっているイーサに続いて、俺達も本格的に家の中へと入る。
「ユウ様、お嬢様はこちらで」
「あ、どうも」
代理とはいえ族長なのか、侍女らしき女性達が顔を出していた。
未だに眠っているイーサの姉を引き取ると、彼女らはプロキスと別の方向へ歩き始めた。彼女の部屋がそこにあるのだろうか? お嬢様とか言ってるし。
「……ま、詳しい事情はこれからか」
独り言をぼやいて、俺とミドリはプロキスの後を追っていく。
彼が待っていたのは、居間らしき部屋だった。中央には細長いテーブルが一つ。もちろん椅子も用意されており、プロキスが使っている物を除けば二つある。
イーサが座ろうとする様子はない。むしろ手を出して、腰を下ろすことを勧めている。
これぐらいの好意は、と俺達は素直にプロキスの正面にある椅子を引いた。
「さて……ユウ殿が里を訪れた理由は、その神魔剣をきちんと封じるためだな?」
「はい。さすがに魔力を垂れ流しにしてる状態だと、扱いにくいので……」
「――よければだが、一度見せてもらっても構わないだろうか? 触れることで発覚する事実もある」
「それぐらいなら」
ドヴェルグに貰った布を巻いたまま、俺はケラウノスをプロキスに差し出した。
受け取った彼は直ぐに封を解き、一瞬だけしかめっ面になりながらも剣へ触れる。
ケラウノスが吐き出す魔力のこともあって、彼と神魔剣が対面している時間は一分にも満たなかった。なるほど、と頷いたのが聞えたあと、封をし直して返してくれる。
「……どうやら、土台の封印が弱くなっているようだ。外から封印を強化するより、中を修復した方が簡単に終わるだろう」
「修復……その方法は?」
「里から出て更に東へ向かうと、町がある。そこは地底湖の上に作られた町でな、その湖には精霊の加護があるという」
「じゃあそこに突っ込めと?」
「ああ。……しかしこの湖は、聖王教会の騎士たちによって管理されている。正面から入れば面倒なことになろう。無論、正面突破するつもりであれば止めはしないが」
「……その場合、敵は死のもの狂いですか?」
「恐らく。あの地底湖は、騎士たちが権威を保つ上で非常に重要なものだ。何人、何十人、何百人死のうが立ち向かってくるだろう。それでもやるか?」
「いえ、止めます。そんなに長々と雑魚の相手するのは嫌ですし、すり抜けて入る手段ならありますから」
「そうか」
鉄面皮のまま、プロキスは頷いた。
口を挟んでこないのは有難い。もちろん正面からぶっ飛ばしたって構わないのだが、大人数が相手となればそれは作業だ。ついさっきやったばかりだし、二度も三度も連続するのはつまらない。
そもそも彼らは、本物ではない。有象無象の存在だ。
戦うなら、歯ごたえのある敵に絞りたいところ。その過程でなら、雑魚が何人巻き添えを食おうが気にならない。ああ、もちろん巻き込まれるだけの一般人は覗くとして。
「……では何か、他に聞きたいことはあるかな? 何もないのであれば、森から出るための案内人を探そうと思うが」
「あ、それなら聖王教会について教えてもらえますか? どうも他人事じゃなさそうなんで」
「ふむ、教会についてか」
腰を上げかけていたプロキスは、俺の問いに頷きながら椅子の上へ戻る。
無表情だった顔つきも、少しばかり動いていた。滲み出る明確な敵意。……どこかで見たような表情を、代理の族長は浮かべている。
「聖王教会とは、英雄王――やつらは聖王と呼んでいるが、とにかくその思想を受け継いでいると自称する組織だ。主な活動は騎士団による魔物狩り。我々の同族も、多くの者が殺された」
「じゃあもしかして、さっきの――」
「ステュクスのことか。アレも確かに、母親を殺されている。……私の妻をな」
なるほど。だからさっき、既視感があったわけだ。
ステュクスが人間を嫌っているらしいのは、恐らくそれが理由だろう。ごく当たり前の、普通な反応だ。
無論、同情する気がない方針を変えるつもりはない。プロキスについても同じだ。それは彼らと聖王教会――その騎士団との問題であって、俺達は部外者に過ぎない。
「……」
一方のミドリは目を伏せて、ただただ申し訳なさそうにしている。
人の心が読める彼女には、プロキスの本音が分かるのだろう。理解したところで嬉しい要素なのかどうかは、また別の問題みたいだが。
「……そうか、そうだったな。その少女、人の心が読めるとか」
「ど、どこまで知ってるんですか? 俺達のこと」
「君達がこの時代に現われること、そしてどのような能力を持っているか、この二点だ。ユウ殿がいかなる意思を持っているか、何を最終的な目的にしているかはまでは、一切把握していない。予言にはそこまで記されていなかった」
「よ、予言?」
初めて聞く単語に俺とミドリ、プロキスまでもが疑問を浮かべる。
しかし導き出せる回答が一つある。……俺の再召喚は、昔から予定されていた。少なくとも人狼の一族にとっては。
反対に人間側へは、周知されたことではなかったのだろう。でなければイオレーが教えてくれている筈だし、町はもっと盛り上がっていた。
「どういう予言なんですか?」
必然的な問いを、俺は眉根を寄せたままのプロキスへ向ける。
「……今年、新暦526年に、ユウ殿が再び地上を訪れるというものだ。心詠みの少女を連れ、我々の前に現われると」
「心詠みっていうのは……」
「私のこと?」
むしろ他に誰がいるのか。
キョトンとしながら自分を指差すミドリに、プロキスは首肯してみせる。その後ろにいるイーサも似たようなもので、ミドリに羨望の眼差しを向けていた。
「予言自体は暗黒時代の頃に作られたものらしい。故にこれまで、信憑性については里の者でも意見が別れていてな……」
「時代が時代だから、誰かの妄想が膨らんだだけではないか、と?」
「その通りだ。……しかしつい先日、ユウ殿が召喚されたという情報が届いた。となると、予言は本物だったのだろう」
「まあ彼女のことまで当てられちゃ、逆に疑う方が難しいですよね。……ちなみに、聖王教会の方は?」
「知らん筈だ。でなければ今頃、ジュピテルは他の都市から攻撃されている。英雄王を名乗る不埒者がいる、と騎士たちを焚き付けてな」
「ですよね……」
そういった事態を避けるために、予言者は情報の拡散を抑えたのだろうか?
考えれば考えるほど疑問が膨らむ。そもそも何故、暗黒時代に俺が召喚されなかった? 文明が崩壊するほどの危機を迎えながら、なぜ五〇〇年先送りにした?
「……その予言、人狼一族にだけ伝わっているんですか?」
「いや、魔物であれば他の種族にも伝わっている。無論すべてではないがな。個体数が激減した種族や、暗黒時代から交流が途絶えている種族にとっては未知の情報だろう」
「なるほど……ちなみにその予言、続きは?」
「無い」
あっさりと。
持っていた興味を丸ごと捨てられる勢いで、プロキスは断言した。
「予言で語られていたのは、君達が来ることだけだ。他に何をしろと言うわけでもない。里の者達も、行動を強要するような真似はしないだろう」
「……でも、騎士団の方と問題があるのでは?」
「その通りだが……いいのか? ユウ殿にはユウ殿の目的があるだろう? 道草を食っている場合ではないと思うが」
「いえいえ、無視するなんて目覚めが悪いんで。いろいろ情報もらいましたし、そのお礼ってことにしといてください」
「……すまないな」
いえいえ、と俺はもう一度かぶりを振った。あくまでも、自分の利益に準じているだけのことなのだから。
助けたいと思ったから、助ける。
それだけだ。深い理由も動機も、求められたって仕方ない。
「では、詳しい話は町に移動しながら済ませよう。……案内人は私が引き受けようと思うが、構わないだろうか?」
「もちろんですよ」
俺とプロキスは同時に立ちあがった。休む間もなく、町へ行こうという意思は同じらしい。
もっとも、ミドリの方は立ち上がらず仕舞い。涙目でこっちの方を見上げてくる。
「お、お腹すいた……」
日差しも丁度、高い位置に。
俺はプロキスと顔を合わせて、一緒に肩を竦めるのだった。
ちょっと新人賞に作品を出してみようと思うので、しばらくのあいだ更新を一日一回に変更します。




