Ⅳ
里の方でも、人狼達は昼食にありついていた。
食事時も彼らは人の姿を維持している。どうもそちらの方が、魔力の消耗を抑えられるんだとか。
隣りにいるイーサも同じで、幸せそうにサンドイッチへ噛り付いていた。挟んであるのは森に住んでいた獣の肉。野菜を食べる習慣は無いとのことだ。
「っていうか、パンはどうやって用意したんだ?」
プロキスと話した居間の中。イーサと同じサンドイッチを手にしながら、素朴な疑問を出してみる。
「パンは、町に降りて買っています。里で作った野菜と物々交換ですね」
「じゃあその帰りに、騎士たちにつけられたと?」
「近いです。正しくは一度町で貰ったものを置いて、それから木の実を集めに出たんです。そうしたら突然、白い鎧を着た人達が……」
話していくうちに、イーサの抑揚は徐々に重くなっていった。自身の安易な行動が危険に繋がったことを恥じているのだろう。
彼女自身も自覚しているのか、数秒後には顔を上げた。
「す、すみません、食事中にするお話ではありませんよね。明るい気持ちで食べた方が、ご飯も美味しくなります」
「……そうだな、ミドリぐらいになっても問題ないと思うぞ」
視線を向けた先にいる幼馴染は、左右にいる侍女達から次々にサンドイッチを受け取っている。
里の食糧事情が心配になるのだが、出す方も食う方も躊躇いはない。さすがにイーサの方は無理な笑みを浮かべていたが。
「止めさせようか?」
「い、いえ、せっかくのお客様ですから。多少余裕はありますので、ユウ様も遠慮しないてくださいね?」
「普通は遠慮するもんだと思うけどな……」
まあ、向こうの好意を素直に受け止めるのも必要だろうけど。
ミドリについては、もはや好意に甘えている部類だ。適当なところで強制停止させた方がいいに決まってる。
「――と、ところでユウ様、一つ良いですか?」
「うん?」
「千年前の戦いがどんなものだったか、教えてほしいんです! 里の方では、まだわたしには教えてくれなくて……」
「町の方には無いのか?」
「まあ、図書館は確かにありますけど……騎士の人達が警備しているので、なかなか入れないんですよ。だからユウ様から、話を聞ければ、って」
「ほほう」
こちらの返答を聞くなり、イーサは目を輝かせていた。
……あまり真面目な話はしない方がいいかもしれない。彼女が聞きたいのは、世間で語り継がれているような英雄物語だ。泥臭い現実は夢を壊す意味しか持つまい。
「分かった、話してやる。まずは俺が一番最初に戦った大物、天竜の話でもするか」
「天竜! 聞いたことあります! 地竜、海竜に並ぶ竜種の中で、もっとも偉大な存在であると!」
「お、その辺りは知ってるのか」
「はい! といっても実物を見たことはありませんが……」
「ま、そうだろうな。俺も天竜なんて片手で数えられる程度にしか会ってないし」
彼らは、三つある竜種の中でもっとも個体数が少ない。
そして繁殖もしない。理由は単純で、寿命が極めて長いからだ。海竜や地竜の寿命が数千年であるの対し、天竜は万単位を生きている個体が一般的だと言う。
「天竜とは、何故戦うことになったのです?」
好奇心を失わない瞳で、イーサはそのまま尋ねてきた。
「単純に向こうのテリトリーに入っちゃたんだよ。姑息な役人が罠に嵌めてきてさあ……まあ色々発覚した頃には、逆に向こうが天竜に喰われたんだが」
「ひ、人を食べてしまうんですか……」
「まあ天竜は食事取る必要ないらしいから、喰った、って表現は微妙かもしれないけどな。アイツら、魔力さえ取り込めればほぼ無限に活動できるらしい」
「へえ……人狼とは違いますね。わたし達は魔力を取り込む必要がありますが、普通に食事も取らなければなりませんし」
「同じ魔物だって言うのに、意外と違うもんだよな。まあ天竜が魔物なのかどうか、正確なところは分かってないらしいけど」
「そ、そうなんですか!?」
頷きながら、俺は食べ掛けのサンドイッチを口に放り込む。さすがにそのままでは喋れないので、会話は一時中断だ。
嚥下した後、前置きを作ってから再開する。
「天竜は神の使い、って話が昔からあるらしくてさ。千年前も天竜だけは、人間勢力すら敵視してなかった。まあ上手く利用しようとはしてたみたいだけど」
「お、怒られたりしなかったんですか?」
「はは、ものの見事に怒られたよ。さっき話した商人がそれでさ、焼かれて死ぬか食われて死ぬか選べって言われて」
「後者を得らんだ、と?」
「いやいや、どっちも嫌だって言ったさ。そしたら天竜が、余は腹がすいている、なんて有り得ないこと言い出してさ。そのままパックリと」
「食べちゃったんですね……」
「そう」
でも、食事中に出す話でなかったかもしれない。
気になって女性陣を見回してみるが、これといった変化はなかった。ミドリについては話が聞こえていたのかどうかさえ疑わしい。
「あ、あの、次のお話を聞かせてください! わたし、もっともっとユウ様の活躍が聞きたいです!」
「お、そうか?」
子供らしい純粋な眼差しが、はい! と大きく頷いた。
「そうだな……何かいい? 俺がケラウノスを取った時の話か? 四天王と戦った時の話か? それとも人間勢力の頭が堅い連中をぶちのめした時の話か?」
「全部で!」
「欲張りなやつだな……」
それに時間がかかる。こっちにも予定が仕えていることだし、ある程度は短くしてしまおう。
まあ途中で切り上げるのが一番なんだろうが、それはそれで申し訳ないような。
「じゃあまずは、俺があの剣を取った時の話だな。時期的には、千年前の戦いの折り返し地点で――」
「?」
不意に何か、大きな音が聞こえてくる。居間と玄関の間、侍女達がイーサの姉を連れていったところからだ。
となると、誰が来ようとしているのかは明白だろう。
音は徐々に大きくなって、居間の扉を開け放つ。
「族長代理、どうなってるの!?」
お昼時の和やかな空気を、台無しにしかねない怒号だった。
しかし肝心のプロキスは、現在居間を留守にしている。彼女の疑問やら苛立ちは、スルーされるしか無かった。
「お姉ちゃん! 起きたんですね!」
「あ、うん。イーサ久しぶり……って誰こいつら?」
名前も知らない一人の少女は、俺とミドリを一瞥してからそう言った。といっても、後者には聞えていないようだけど。
「俺はユウ。こっちはミドリ」
「……どこの出身? この辺りじゃ聞かない名前だけど」
警戒心が先にきたようで、イーサの姉は視線を鋭くする。
顔立ちに幼さが残るものの、十分に迫力がある顔つきだった。彼女自身は人間の姿なのに、狼にでも睨まれている気分である。
意思の籠った青い瞳。イーサが大きくなればこうなるんだろう、では済まないぐらいの印象が彼女にはある。
「お姉ちゃん、この人達は悪い人間じゃありません。千年前の英雄王、ユウ様です!」
「は? この人が?」
「はい!」
満面の笑みで語る妹へ、しかし姉は眉根を寄せた。
疑いの眼差しは徐々に濃くなっていく。大方、イメージと違う、とでも思っているんだろう。この世界に残された俺の像などは、かなり体格の良い青年だったし。
「……そういえば、予言があったっけね。あれ、本当だったのかしら?」
「そうですよお姉ちゃん! この人、神様の剣も持ってるんですよ!」
「ケラウノスを!? ……だとしたら本物なの、かしら? ねえ英雄さん、ちょっと確認を取らせてもらっても良い?」
「確認?」
俺の問いに頷きながら、イーサの姉は隣りの椅子を引く。
「伝承の内容を確認したいのよ。人狼の一族にしか伝わってなさそうなのもあるから、それで確認が取れる筈」
「内容が歪められてたらどうすんだ……」
「その時は運が悪かったと思って頂戴。じゃあまず、天竜のことだけど――」
「あ、それならわたしも聞きましたよ!」
驚く姉と、自慢げに頷く妹。
俺への疑いが晴れたのは、それから間もなくのことだった。




