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「ゆ、ユウ君まってー!」


 そんな情けない声を聞きながら、俺は森を歩いていた。

 背中には旅に必要な荷物、ではなく少女。先日、ジュピテルの町に侵入してきた人狼の子だ。


「ほら、急げ急げ。早く歩かないと人狼の里にいつ到着するか分からないぞ」


「そ、それは困るね! 急ご!」


 案外と余裕はあるらしく、ミドリは気合を入れ直して足を上げる。


 しかしまあ、彼女の文句は分からないわけでもない。俺達が今歩いている森は、まったく人の手が入っていない場所だ。足元は凸凹しているし、体力の消耗は大きくなるだろう。


 出来れば俺がミドリを背負ってやりたいが、今は生憎と不可能だ。

 人狼の少女が目を覚ましてくれればいいんだが、それも期待できない。人の姿に戻って以降、彼女はずっと眠ったままだからだ。ジュピテル医者は、そのうち起きると言っていたけど。


「……でも、皆あっさり送り出してくれたね」


 一旦横に並んだミドリは、惜しむように後ろへ振り向いた。

 木々に覆われて、今は見えないジュピテルの町。数時間前に交わしたやりとりは、俺も確かに覚えている。


「行ってらっしゃい、って……何だか実家みたいだったね。もう少し重い空気になるかとおもってたけど」


「別に一生の別れじゃないしな。ドヴェルグから貰った転移の魔石もある。帰ろうと思えばいつでも帰れるぞ」


「じゃあ純粋に新婚旅行を楽しんでいい、と?」


「ま、また気の早いことを……」


 まあ、ミドリらしいと言えばミドリらしいかもしれないけど。

 そんな風に喜んでいる彼女を横目に、俺は背中で穏やかな寝息を立てている少女の顔を覗き込む。


 銀髪の、やや小柄な少女だった。歳は俺やミドリより一つ二つ下だろう。甘えるように背中へ喉を擦りつけてくるのがくすぐったい。


「……起きないね、その子。早く私の特等席を返して欲しいんだけど」


「ミドリの場合は単に歩き疲れただけだろ? まあこの子に起きてもらった方が、道案内とかは楽なんだけどさ」


「たたき起こす?」


「止めい」


 今のあどけない寝顔を妨害するなんて、文字通り目覚めが悪くなりそうだ。


「でもさ、人狼の里って大体の位置しか分からないんでしょ? 関係者がいない状態で、ずっと歩き続けるのも危険だと思うんだけど……」


「まあ延々と探し続けるのはな。でも里の近くじゃ魔力濃度が上がる筈だから、近付けばそれとなく分かるぞ。今も正面に、妙な圧迫感がある」


「そ、そうなの? 私には全然分んないけど……」


「はは、鍛えれば分かるようになるさ。何なら今度特訓してやろうか?」


「本当!? よ、よろしくお願いします、師匠!」


 冗談半分のつもりが、本気で受けとめられてしまった。

 でも最低限、魔力を感知する能力は鍛えておいた方がいいかもしれない。危険を察知する上では、魔術師としてもっとも重要な能力だし。


「……いいかミドリ? 俺は戦って欲しくて魔術を教えるわけじゃないからな? あくまでも自衛の手段にしてくれよ?」


「分かってるってー。ユウ君に迷惑をかけないため、しっかり勉強します!」


「本当に分かってんのか……?」


 間違いなく分かってない気がする。

 それでも今は本人の言葉を信じるしかあるまい、と俺達は再び歩き始める。鬱蒼とした森の中、人狼の住処を探して。


 直後。

 誰かの悲鳴が、森を揺さぶった。


「ユウ君、今の……」


「ちょっと背中の子、頼む。様子見てくるから」


「う、うん、分かった!」


 少女を下ろし、代わりに掴むのは冷たい剣の柄。

 悲鳴が聞こえたのは丁度正面。意識を向ければ、魔力の塊がいくつも察知できる。うちの一つは特に濃度が濃い。人狼だろうか?


 それ以外の魔力は低濃度だ。恐らく人間だろう。

 果たしてどちらが狩り、どちらが追われているのか。


 第六感がよこす情報に眉を広めながら、全力で森を駆ける。


「誰か、誰か……!」


 いた。

 人狼の少女と同じ、銀髪の女の子。やはり人間の形態だ。


 ただし年齢は、彼女よりも更に幼い。恐らく十歳にも満たないだろう。視界の左から右へ、息を切らしながら走っていく。


 そんな彼女を追うのは、白い甲冑の騎士達。

 どう解釈しても多勢に無勢。しかも年端の行かない少女を追いかけ回すとは、欠片ほどの誇りも無いのだろうか。


「……ならこっちも、情けは無用だな」


 神魔剣の封を解く。

 溢れ出る魔力が、空気を切り替えるその瞬間。一人の騎士が俺の方へと振り向いた。上官と思わしき者の指示を受け、迷わず両手に大剣を構える。


 そのまま躊躇わず、一直線に突撃した。


「おおお!」


「……」


 雄叫びと共に振り上げられる大剣。――無論、そこに乗っている敵意は構う程のものではない。


 一振り。刃と刃がぶつかった、金属音が響く。

 直後には、大剣が粉砕される快音が鳴っていた。


「え――」


「ま、こんなもんだよな」


 愕然とする甲冑の騎士へ、即座に一閃を叩き込む。

 短く悲鳴が聞こえた後、彼は森の奥へ吹き飛ばされていた。自慢の甲冑は痛々しく拉げ、本来の機能を成していない。中に入っている人間も無事では済まないだろう。


 無論、その辺りは敵の問題。

 俺がするべきことは、少女を救い出すその一点だ。


「た、隊長! コイツは……!」


「ちっ、ギルドが人狼どもの支援を始めたのか……!? 構わん、殺せ! ギルドとの衝突を恐れる必要はない!」


「は、はっ!」


 残る数名の騎士も、次々に狙いを変えていく。これで逃げていた少女も、多少は安全な状態となったろう。

 あとは全員、戦闘不能な状態へ追い込んでしまえば終了だ。


「いけっ! 今こそ王に、我々の忠義を見せる時だ!」


 鼓舞する台詞に押されて、四人の騎士が列を組んで襲ってくる。

 だが。


「届くと思うのか?」


「っ!?」


 近付く前に、ただケラウノスを振った。

 大気そのものが破裂したような爆音が、直後に森林を揺さぶる。


 襲ったのはケラウノスの起こした風。されど神の力。四人の騎士は例外なく吹き飛ばされ、その鎧にも無数の爪痕が走っている。


 人狼に撃った斬撃と似たようなものだ。とはいえ今回は威力を落とし、その分範囲を広げている。


「っ、いま一体何を……」


「お、恐らく高密度の魔力を飛ばしただけではないかと……古の武具は、一振りしただけで大地を抉り、敵を滅ぼすと聞いたことがあります」


「ば、馬鹿げたことをぬかすな! こんな小僧が神の武具を持っているわけがない!」


「ですが今の攻撃は、紛れもなく――」


「ええい、さっさと仕掛けろ! このまま手ぶらで帰れるものか!」


 激高する隊長格の指示に従って、騎士たちは重い腰を上げていく。

 ……見るからに、彼らからは戦意が欠け落ちていた。これで戦ったとしても興醒めでしかない。次にケラウノスの風圧を浴びせれば勝利が確定する。


 それは向こうも分かっているんだろう。剣を構えるだけで、誰一人踏み込もうとはしてこない。


「役立たずどもめ! もういい、私がやる!」


「隊長!?」


 苛立ちを吐き捨てながら、男が取り出したのは一丁の拳銃だった。

 銃身にはびっしりと文字が刻まれている。魔術にも使用する、神々が使っていたとされる古代言語だ。


「お、お待ちください! その銃は――」


「滅却魔術が入っていることぐらいは知っている! これが掠りでもすれば、相手が死ぬこともなあ!」


「……」


 吐き捨てる隊長格に対し、俺は冷え切った目を向けていた。


 撃てるものなら撃ってみろと。

 お前に俺は殺せないと、挑発さえも込めながら。


「死ねええぇぇぇええ!!」


 引き金を絞る。火薬による銃声が、森の中に反響する。


「ユウ君っ!!」


 いつの間にか来ていたミドリが、絶叫に近い悲鳴を上げた。

 無論。


「――え」


 滅却魔術とやらは、俺に触れる直前で砕け散ったが。

 二発目はないらしく、隊長格の男は棒立ちしたまま動かない。何が起こったのか理解できず、口を開けたまま固まっている。


「悪いな、俺には最上位の神の加護がついてる。人間が作り出した魔術じゃ、俺には通用しないぞ」


「っ……だ、誰か、剣をよこせ! コイツを叩き切って――」


「それこそ無理だな」


 瞬きすらしない一瞬のうちに、隊長格の正面へ移動する。混乱と絶望が入り乱れた表情が、嫌悪感を掻きたてるぐらいによく見えた。


 ここから切るのも吹き飛ばすのも、完全に俺の自由。


「ふ……!」


「ぐああああっ!?」


 二度目となるケラウノスの風圧が、男を襲った。

 一切の抵抗か許されず、彼は奥の大木に激突する。

 

 か、と息を吐いてそれきり。重力に引かれて落ちる上官へ、戦意を失った部下達が近付いていく。

 彼らは何度か声をかけた後、こちらを警戒しながら去っていった。先ほどの少女を再び追おうとする危害は見せない。


「ゆ、ユウ君大丈夫!?」


 人狼の少女を背負ったまま、意外と余裕のありそうな動きでミドリがやってくる。


「い、今、銃で撃たれて……」


「当たる前に砕け散ったから心配すんな。それよりもさっきの子は……」


「あっちにいるよ」


 ミドリが指差したのは、戦場の横にある木の影。そこから、銀髪の少女が顔を覗かせている。

 警戒心があるようで、こちらが一歩近づいただけでもビクリと身体を震わせていた。無理に近付こうとすれば逆効果だろう。


 しかし、この少女が人狼である可能性は極めて高い。ミドリに預けている少女と同じで、耳と尻尾もある。


「あの、君……」


「は、はいっ!」


 警戒を解くわけではないが、少女はきちんと言葉を返してくれた。

 思わず安堵の息が零れる。が、まだ問題が解決したわけではない。向こうが警戒している以上、直ぐに人狼の里について聞くかどうかは別だ。


 しかし、


「あの、そちらのお方が背負っているのは……」


「ああ、近くの町で保護したんだ。なんで、この先にある人狼の里に送り届けようと思ってさ」


「そ、そうなんですか!?」


 途端、隠れていた少女が前に出てくる。

 質素なワンピースを着た彼女は、それまでの躊躇いが嘘に思えるほどあっさり近付いてきた。背中の少女が、それだけ大切なのかもしれない。


「あ、ありがとうございます」


 思い出したように足を止めると、彼女は深々と一礼する。


「わ、わたし、イーサって言います。背中にいる人の妹です」


「この子、君のお姉さんなのか?」


「はい。先月、町に行ったら行方不明になってしまって……多分、さっきの人達に攫われたと思うんですけど」


「……何者なんだ? 連中」


「長は、セイオウ教会の人達だって言ってました。あ、これから里の方に案内しますね。ついてきて下さい」


 もう一度ペコリと頭を下げて、イーサは森の奥へと向かっていく。

 その足運びは実に軽やかだ。森という環境自体に慣れているんだろう、流れるように駆けていく。もちろん人の姿のままで。


「……とりあえず行くか」


「そだね。あー、私もう疲れてきちゃったよ。恩人なんだし、何か美味しい食べ物とか、ご馳走してくれたりするかな……?」


「まあ頑張って交渉しろ。あ、俺は腹減ってないから」


「えっ、手伝ってくれるんじゃないの!?」


 ミドリからイーサの姉を受け取りつつ、ああ、と無慈悲に返答する。

 ……それから人狼の里へ移動するまで、ミドリから駄々をこねられたことは言うまでもない。

それぞれにサブタイトル、入れようか入れまいか……

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