Ⅳ-Ⅱ
本日二話目ー。
「……ミドリ、急いでアデルフェさんに知らせてくれ。倒れてる人達を避難させないと」
「わ、分かった! でもユウ君は!?」
「俺は人狼の相手をする。……イオレー王女がいたら、町はふっ飛ばさないよう頑張る、って伝えといてくれ」
「う、うん!」
ミドリは躊躇うことなく、来た道を全速力で戻っていった。
人狼の歩行速度は速くない。ゆっくりと、周囲の光景を観察しながら近付いてくる。
その中には住宅も含まれているが、襲おうとするような気配はない。演説を聞いていた人々に狙いを定めているようだ。
「おお、おおお!?」
一人だけ倒れていない彼は、驚愕したまま動かなかった。
「おいアンタ、早く逃げろ。後ろから人狼が来てるぞ」
「じ、人狼? はは、冗談を言わないで頂きたい! アレは既に滅びかかっている種族、人の前に現れる筈が――」
肩越しに背後を確認した男は、それで動かなくなってしまった。大きく口を開けて彫刻のように固まっている。
「ほら、早く逃げろ。もう少ししたらそれも出来なくなるぞ」
「ひっ、ひいいいぃぃぃ……!」
転ぶように、伝道師の男はミドリと同じ方向に駆け出していく。
後に残されたのはうめき声を上げる一般人だけだ。……確かにここにいても、人々が浴びている魔力の濃さは分かる。それでも、昔の人狼に比べれば少ない方ではあるが。
「さて……」
こちらも手は抜けない。倒れている全員を避難させる余裕はないし、その素振りを見せようとすれば人狼は直ぐに襲ってくるだろう。
彼我の間合いは数十メートルほど。だがもちろん、人狼にとっては無いも同然の距離だ。
なら、最初から躊躇う必要はない。
肩の力を抜きつつ、掌に魔力の塊をイメージする。
「友ヨ!」
「うおっ!?」
意識を戦闘に切り替えようとしたところで、突然現れたのは古い知人だった。
ゴブリン族の王、ドヴェルグ。
小さな鬼を連想させる戦友は、足元に不思議な模様を展開させながらの登場だった。十中八九、転移用の魔術を使用したんだろう。
「獣の気配がしたのでな、助けに来たゾ! ……まあ吾輩の助けなど、友には不要かもしれんがナ」
「いや、助かるぞ。ここで倒れてる人達、ドヴェルグの魔術でどっかに移動させてくれ」
「? その必要はなかろウ?」
身長一メートルと少しのゴブリン王は、怪訝そうな目で俺を見上げてくる。なるほど、言いたいことは分かった。
「け、ケラウノスのこと、もう知ってるのか?」
「うむ、ついさっきナ! せっかくだ、人狼で試し切りでもすればよかろウ」
「いやでも、いま人に預けてるんだぞ? 敵を前にして取りに戻るのは――」
「ふはは、心配するナ!」
ドヴェルグは不敵な笑みを浮かべながら、握っている杖の先で地面を叩いた。
瞬時に魔術陣が起動する。アデルフェに預けたケラウノスを呼び出すために。
お陰で、
「あン?」
誤魔化しようのない、繊維の断裂音が聞こえた。
ギルドの屋根をぶち破ってしまった証拠に違いない。実際、空に視線を向ければ飛んでくる閃光が一つ。女性の悲鳴も耳を澄ませば聞えてくる。
「あレ? 吾輩なにかしタ?」
「ああ、人様の職場をぶっ壊しやがったな」
「エッ」
予想していなかった事態に、ドヴェルグは完全に凍りついていた。さっきの伝道師とよい勝負である。
まあ感謝はしよう。ケラウノスがあれば、人狼と真っ向から殴りあえるのは間違いない。無論、飛ばし過ぎるのは禁物だが。
「ま、まてまてまテ! 今すぐそれ戻すかラ! せめて元の場所にあれば、無かったことニ……!」
「いや手遅れだろ!? それならこっちを手伝え!」
「おお、名案ダ!」
直後。
緊張感のない俺達のやり取りに、一匹の人狼が反応した。
爆発。
そうとしか称せない踏み込みで、古代の魔物は一瞬にして距離を詰める。
ケラウノスはまだ手元に来ていない。回避するだけの時間も、こちらにはまったく与えられてない。
しかし間合いだ。
「――やれ、ケラウノス」
響いたのは言葉だけ。
効果は、一瞬遅れて顕現する。
『っ!?』
斬撃だった。
人狼の胸元で突然光が起こったかと思えば、それが剣の形を成している。
剣は快音を伴って、人狼の腹を貫いていた。
単なる一撃、ケラウノスを直に振るうことすらない決着。人狼は力を失い、ゆっくりと地面に倒れていく。
「あレ? 吾輩手伝う暇なかったんですけド……」
「まあこういうこともあるさ。……しっかしこいつ、どうするかね。人狼は再生能力が高いから、そのうち元に戻るだろうし……」
「ふむ、ひとまず森に返してはどうダ? ジュピテルの東には人狼が住んでいる森があル。恐らくこの人狼はそこから来た筈ダ」
「東か……」
なら、行ってみるのが一番だろうか? ミドリの魔術についても、さっきの男を倒せば済むような話ではない気がするし。
「なら、行ってみるか。いつまでもジュピテルに留まってたんじゃ、ノヴァスティーノにも行けないし」
「わ、吾輩を置いて行くのカ!?」
「そりゃお前、王様としての仕事あるだろ? 放棄するって言うんなら別に構わんけど」
「放棄なんてしたら吾輩死ヌ……! ここは我慢するとするか……」
「そうしとけ」
ミドリと二人っきりの時間を邪魔されてたまるものか。
しかしそうなると、やはりケラウノスのことが問題になる。あの箱の、せめて小さいものでもあれば助かるんだが。
「なあドヴェルグ、お前の魔術なり何なりでケラウノスどうにか出来ないか? 得意だろ?」
「まあ得意は得意だガ……いくら吾輩でも、あれほどの神剣に介入することは難しいぞ。多少耐久性の高い魔封じの布なら渡せるガ」
「どれぐらい耐えられる?」
「ケラウノスであれば、三日が限度だナ」
それまでに人狼と接触、魔術の話を聞きださなければならない。
ならやってみよう。昔はもっと短い時間で、似たようなことをやれと言われたものだし。挑む前に諦めるのは一番駄目な選択だ。
「じゃあアデルフェさんに相談してみるか。ギルドの冒険者ってことの方が、融通効くかもしれないし」
「ふむ、悪くない考えだナ。……たまには連絡をよこせヨ?」
「転移の魔石があるんだから、その気になればいつでも帰ってこれるだろ。あ、そうだドヴェルグ、ケラウノスがどこから来たか知ってるか?」
「コントス経由で海の向こうから来た、としか知らン」
「そうか……」
東で何か情報を得られれば良いのだが、まあそこは行ってみるしかあるまい。
俺は目の前で倒れている人狼を担ぎあげようとして、止まる。
「……女の子?」
お約束と言うべきか、とんでもない偶然と言うべきか。
人狼が倒れていた場所には、一人の女の子が倒れていた。銀髪の、耳が生えている少女である。尻尾もあった。
人狼が人間の姿に切り替わった時と、特徴は一致している。
「……さて、どうすっかね」
予定されている旅へ、同行させることになりそうな。
そんな予感を感じながら、俺は小柄な犬耳少女を抱き上げた。
次回より冒険メインの回に。世界を回っていきます。




