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男だった俺の、しっぽのある暮らし  作者: あわいしゅん
第章4「この暮らしが誰かに届く」

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第62話 机に戻れる場所

 料理配信の翌朝、SNSに知らない名前からメッセージが届いていた。

 表示名は、こより。昨夜はコメントを書かずに見ていたという。


『料理と関係ないことで、すみません。座っているところを、もう少し下まで見せてもらうことはできますか』


 俺は朝飯の箸を置き、続きを開いた。


『私にもしっぽがあって、椅子に座ると挟みます。横へ出すと引っ張られる感じがします。昨日、きつねさんが両手で小鉢を持っているのを見て、どうやって置いてるんだろうと思いました』


 画面の下で、自分のしっぽへ目が向く。横の支えに預け、俺はずっと両手を使っていた。今では置いたことを忘れて、箸もスマホも持っている。

 でも、最初の配信では、それができなくて困っていた。

 俺は夜なら話を聞けると返し、支えに使っているものは見せられると添えた。


     *


 その夜につないだ音声通話で、こよりは、しっぽ以外に耳も変わったと話した。

 もともと女性で、声は変わっていないという。俺より少し慎重な話し方で、何か言う前に、短く息を吸う癖があった。


「病院には行ってるんですけど、家では、とりあえず立ってれば挟まないので。でも、ご飯も本も、ずっと立ったままは嫌で」


 俺は、そうですよね、と答える。原因や戻り方は、本人もまだ分からないという。姿を見たわけではないが、座ろうとして腰の後ろを気にする感じは、説明を聞くとよく分かった。


「今、何に座ってます?」

「背もたれのある椅子です。横へは出せます。でも、手で持ってないと落ち着かなくて」

「俺、横に置く場所を作ってます。最初に見に来てくれた人が、箱とタオルを使ったらどうかって」

「箱でいいんですか」

「俺が使えたのは、それでした。椅子もしっぽも違うと思うので、同じ高さがいいかは分からないですけど」


 通話しながら、足元の支えを少し引く。

 こよりのしっぽは俺ほど毛が厚くなく、長さも違いそうだった。形を動物の名前へ当てはめることはせず、先がどこに触れるのかを聞く。横へ出したあと、先のほうが床に届くらしい。


「私、本を読みたいんです」


 話の途中で、こよりが言った。


「スマホなら片手で見られるんですけど。買った本、開いたところ押さえないと閉じるから。しっぽ持って、本押さえて、ページめくってって、手が足りなくて」


 俺は机にある講義の資料を見た。しっぽを支えながらでは、紙を揃えるだけでも面倒だったはずだ。


「じゃあ、手を離せる置き方を、一緒に考えたいです。俺のやり方、次の配信で見せてもいいですか。名前も、今聞いた話も出さずに」

「見たいです。文章だと、椅子のどっち側かも迷うので」


 明日の夜なら見られるという返事をもらい、俺は時間を決めた。こよりは見るだけでもよく、試して話せそうなことがあったらコメントしてもらう。

 通話を終えてから、SNSへ、明日は座るときのしっぽの置き場所を見せると告知した。初回に助けてもらった話もしたいと書くと、ねじまきが、あの箱の続きか、と返してくれた。


     *


 翌日は帰宅してから、カメラをいつもより下へ向けた。

 机を動かす前に、鞄とコードを脇へ片づける。顔を入れず、椅子の座面と横の支えが見える位置を探すと、映像の大半がしっぽになった。

 俺は座り直して確認し、少しだけカメラを引く。横へ置いたクッションの端が、ようやく画面へ入った。


 配信を始めると、パンのみみが、今日はしっぽ近い、と書いた。


「いつも下が切れてるので。今日はそこを見せたくて」

『ふわふわの置き場』

『本体より場所取ってない?』


「取ってます。俺が遠慮して浅く座るくらいには」


 答えると、笑った、とコメントがつく。自分でも少し笑いながら、支えの上に載せた手を動かした。

 しっぽはクッションへ預けたまま、俺の両手が空く。


「最初は、これができなかったんです。ねじまきさんに教えてもらって、家にあった箱とタオルを使いました。今も、横に置く場所があると楽です」

『あのときは外せない衣装だと思ってました』


 ねじまきの返事に、俺は頷く。


「そうでしたね。俺も、どう説明したらいいか分かんなくて。でも、座れなくて困ってるのは聞いてもらえて」


 あの頃の自分が今の配信を見たら、ずいぶん喋るようになったと驚くかもしれない。男だった声も身体も戻っていないのに、笑いながらしっぽを見せている。

 俺は膝へ手を戻し、置き方の説明を続けた。


「箱に座ってるわけじゃなくて、俺は椅子です。横のこれは、しっぽを持ち続けなくていいように。椅子とくっつけすぎると、立つとき邪魔なので」


 一度立ち、足を引くところも見せる。しっぽが支えから離れると、さっきまで隠れていた箱の上が見えた。

 そのとき、こよりの名前がコメント欄へ出た。


『私もしっぽがあって、座る場所に困ってます。空き箱とタオル、用意して見てます』


 俺は椅子へ戻った。本人が今ここへ書いた範囲で話せばいい。昨夜の通話を説明する必要はなかった。


「こんばんは。俺のが合うかは分からないですけど、何か使えそうなら。無理な姿勢はしないでくださいね」


 こよりから、今置いてみます、と届く。

 待つ間、俺はクッションを少しずらして、箱との位置関係を見せた。ねじまきが、最初はバスタオルだった、と補足する。今のクッションは友達が持ってきてくれたものだと話すと、パンのみみが、からあげさん?と尋ねた。


「そうです。飯と一緒に、これも」

『いい差し入れだった』


 俺が頷いたところで、こよりの返事が来た。


『ちょっと高いかも。座ると、根元が持ち上がる感じです』


 俺は画面へ寄りかけて、見えないのだと思い直す。こちらのしっぽの下が見えても、向こうの椅子は見えていない。


「それなら、いったん戻したほうがよさそうです。俺の高さに合わせなくていいので。何を重ねてます?」

『箱に、タオルを何枚か。きつねさんのクッションくらいまで』


 俺は隣の紺色を見下ろした。


「あ、これ、しっぽを載せると結構沈みます。見たままの高さじゃなかったですね」


 手で表面を押すと、布がへこむ。使っている自分には当たり前でも、画面では毛に隠れて見えなかった。

 糸日和から、布を足す前の高さで確かめられそうですか、とコメントがつく。こよりは、箱だけなら低いです、と返したあと、しばらく書き込まなくなった。

 俺は説明のために上げていたしっぽを支えへ戻す。いつもの位置へ落ち着くと、先がゆっくり揺れた。


『そこ、気に入ってるんだね』


 パンのみみに言われ、俺はしっぽを見る。


「俺が気に入ってるんです。こいつに別の意見があるみたいに言わないで」


 否定した途端に先がまた動き、ねじまきに、意見は一致してそう、と返された。俺は笑って、まあ、そこは、と認めた。


     *


『タオル一枚にしたら、さっきより楽です。でも先が落ちます』


 こよりのコメントを読んで、俺は自分のしっぽの置き方を見直した。

 こちらは毛のある部分がクッションへ広く載る。こよりの先まで同じ場所に収まるとは限らない。


「箱の上から、先がはみ出す感じですか」

『はい。私のはもう少し細くて長いので。先が床に触ると、そっちが気になって本に戻れません』


 俺はクッションの端を指でなぞった。高さが合えば済むと思っていたが、載せる場所の広さも違うのだ。


「横へ広いほうがいいのかな。俺のも、端へ寄りすぎると落ち着かないです」

『箱、長いほうを横にしてみます』


 こちらが続きを考える前に、こよりが書いた。

 しばらくして、まだ少し出る、と届く。そこで糸日和が、ほかにも家にある箱は使えそうかと尋ねた。


『低いのなら、もう一つあります』


 俺は二つを同じ高さにする案を言いかけた。でも、こよりは、先のほうは低くてもよさそう、と続けた。


「じゃあ、そっちの置き方で試せそうですか。俺のしっぽと同じ並びじゃなくていいと思います」


 画面の向こうで何が動いたか、音も映像もない。俺は待ちながら、自分の椅子から机へ向き直るところを見せた。支えがあっても、椅子を引くと位置は変わる。座ったまま腕だけ伸ばして無理をするより、俺は一度立って置き直すことがある。

 説明を終えると、こよりから短い返事が届いた。


『手、離せました』


 俺まで両手を膝へ置いていた。


「よかった。机のほうも向けそうですか」

『向けます。今、本開いてます』


 コメントが途切れる。

 俺はその続きを急かさず、机から自分のノートを取った。支えの位置が分かるよう、椅子の絵へ四角を二つ描く。こよりの部屋を想像で描くのでなく、今の俺の椅子と箱だけだ。

 次に見せるときは、毛で隠れるところも分かるようにしたい。


『一ページ読めました。両手使えます』


 届いた文章を読んで、俺は顔を上げた。


「おかえり、って言うのも変か。ずっといたんですよね」

『いました。でも、久しぶりに机に戻った感じです』


 その返事に、用意していた説明が出てこなくなる。

 俺が最初に座れたときも、椅子が使えるだけの話ではなかった。飯を置ける。友達と向かい合える。両手で何かを持って、しばらくそちらを見ていられる。


「じゃあ、続きも読んでください。こっちへの返事は、あとで大丈夫なので」


 こよりは、ありがとうございます、と書き、そのあとはしばらくコメントしなかった。

 俺は画面へ向かって、嬉しいですね、と言った。しっぽが動くのを止める気にもならず、ねじまきからの、最初の一回が役立ったな、という言葉へ大きく頷いた。


     *


 配信を終え、履歴を自分だけが見られる設定へ戻してから、こよりの個別メッセージを開いた。

 二つの箱で先まで置けたこと。立つときには低いほうが足へ近かったので、少し離したこと。そのあとも座り直して、本の続きを読めたと書いてある。

 長く座れるかはまだ分からず、今日は途中で休んだという。


『明日は、ここでお茶も飲みたいです。しっぽから手を離せるので』


 俺は、俺もよく机で飲みます、と返した。

 何の耳なのか、どうしてしっぽが生えたのかは、今日も分かっていない。でも、明日お茶を置く場所ができた。

 続けて、自分の箱の並べ方も、同じように先が落ちる人には話していいと届く。俺は礼を言い、まず自分の支え方を見せた短い説明を作りたいと返した。今日のコメントをそのまま載せず、高さも広さも人によって違うと、自分の説明へ書き足す。


 ノートの椅子の絵を見ながら、三浦へ、今日、座れたって言ってもらえた、と送った。

 少しして、よかったな、と返る。その次に、じゃあお前もそろそろ飯、と続いた。

 俺は時計を見て笑い、炊飯器へ向かう。

 自分のしっぽを支えから持ち上げながら、次はカメラをどこへ置けば箱が見えるかを考えた。俺が楽になったやり方を、まだ手でしっぽを持っている人にも見えるように残したかった。

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