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男だった俺の、しっぽのある暮らし  作者: あわいしゅん
第章4「この暮らしが誰かに届く」

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第61話 同じ献立じゃなくても

 生姜焼きをもう一度作る話は、三浦に空いている日を聞いたところから、少し大きくなった。


「食べるだけでいいなら、明後日」

「作るところも、声で手伝ってほしい」

「声で?」

「俺、火を使いながらコメント読むのは無理だから」


 講義のあと、廊下の端で予定を見せると、三浦はなるほどと頷いた。食べているところは前にも見てもらった。でも今回は、できあがる前から一緒に喋りたい。

 調理台へカメラを向ける場所はないので、机でたれを混ぜ、焼くときは台所へ移る。三浦には机にいてもらい、コメントを読みながら俺へ声をかけてもらうことにした。


「じゃあ、俺が腹減ったって言い続ける配信?」

「肉が焼けるまでくらい待てよ」


 笑って歩き出すと、前から来た学生が足を緩めた。しっぽの先へ視線が落ちるのが分かり、俺は三浦と少し間を空けて通り過ぎる。

 建物の外へ出たところで、あいつが夕飯は何時にすると聞いた。人目のある場所でも、そのまま明後日の肉の話を続けられるのが嬉しい。

 帰宅後、俺は配信用のSNSへ告知を書いた。


『明後日の夕方、からあげさんと生姜焼きを作って食べます。自分の夕飯がある人は、それで一緒にどうぞ』


 同じ材料を揃えてほしいとは書かなかった。俺の分量も、ようやくメモに残したばかりだ。

 ねじまきから、焼く人と食べる人が分かれてそう、と返事がつく。俺は食べるほうにも入ってますと返し、冷蔵庫にある玉ねぎを確かめた。


     *


 当日は、三浦が来る前に米を炊き、肉と玉ねぎを切っておいた。

 青いTシャツの上にエプロンをつけ、腰の紐をしっぽの付け根へ当てない位置で結ぶ。昔より余る紐を横へ回していると、到着した三浦が、後ろ、ねじれてる、と教えてくれた。


「これ?」

「もうちょい上。うん、直った」


 自分で布を直し、手を洗い直してから机へ戻る。計量用のスプーンと小鉢、調味料を並べると、三浦は折りたたみ椅子へ座った。

 カメラの確認画面には胸より下と手元、横へ置いたしっぽが入っている。立っても顔が入らないか試し、台所へ行くと画面から身体が外れることも確かめる。


「聞こえる?」


 台所から普段の声で尋ねると、三浦が親指を立てた。換気扇を回すと少し聞こえにくくなるので、返事がなかったら呼び直してもらうことにする。

 準備を終えて配信を始めると、挨拶に混じって、パンのみみがエプロンへ反応した。


『今日は作るほうから見られるんだ』

『きつねさん、エプロン似合う』


「ありがとう。紐が余って、さっき直してました」


 照れをごまかすつもりで説明したら、三浦が、ちゃんと似合ってるよ、と重ねてくる。


「今、お前には聞いてないだろ」

「言っちゃ駄目だった?」

「駄目じゃないけど」


 男だった頃も料理はしていた。ただ、男友達の隣でエプロン姿を褒められて、その格好で画面の向こうにも見られているのは、まだ落ち着かない。

 しっぽの先を膝から下ろすと、ねじまきが、もう返事出てる、と書いた。俺は何の返事か聞かず、小鉢を画面の真ん中へ寄せる。


「今日は生姜焼きです。前に作って、こいつがまた食べたいって言ったので」

「そこは俺が頼んだ。うまかったです」


 急に視聴者へ向かって真面目に言うから、次の説明が一拍遅れた。

 俺はメモを開き、醤油とみりんを量る。前回の記憶だけで再現しようとせず、今日は実際に入れた分を横へ書き足していく。


「生姜は、このくらい。俺は少し強めが好きです」

『少しって言う手じゃなかった』


 パンのみみのコメントに、三浦が小鉢を覗いた。


「この前もそれくらいだった?」

「たぶん。今日は見たから覚えといて」

「責任を分けるな」


 俺が笑うと、糸日和から、自分の好きな味にできるのが家で作るいいところ、と届く。夕凪は今夜の皿には焼き魚があるらしく、うちは大根おろしです、と会話へ加わった。

 早くも献立が違う。俺は、そっちもいいな、と言いながら、混ぜたたれを持って立ち上がった。


     *


 フライパンを温めて肉を広げると、油の音が耳へ届いた。

 三浦が机のほうから、今、焼いてます、と説明する。俺の位置から画面は見えないが、声は聞こえる。玉ねぎを入れ、箸で返していると、あいつが一つ、読む前に言葉を区切った。


「台所の話、質問来てる。今、聞ける?」

「うん。手は離せないけど」


 前と同じように作ろうとすると、途中で疲れてしまう。今の身体になってから、食べる頃には嫌になることがある。きつねさんは、ずっと立って作れるのか。

 三浦が読み上げた内容に、俺は火を少し弱めた。コメントを書いた人の姿も、どう変わったのかも分からない。


「今日は、米を炊いて、切るところまで先にやってます。さっきまで机に座ってたのも、その間に休めるからです」


 答えながら、肉を裏返す。配信で見せたところだけなら、材料が勝手に揃って、俺はたれを混ぜればよかったように見える。


「最初から全部続けてやったわけじゃないです。あと、今日の皿出しはからあげさん」

「はい。洗い物まで立候補した覚えはないです」

「そこは食後に相談します」


 三浦が笑い、少しして相手の続きが届いた。

 主菜を作りながら汁物も用意し、前に使っていた大きいフライパンでまとめて作ろうとしていたらしい。今日はまだ冷蔵庫を開けただけだという。


「俺も、前の量で作りがちです。手が小さくなって、鍋を片手で持つつもりだったのに重かったり。できたあとで、これ誰が食うんだってなったり」

「この前の俺の仕事、それだった」


 三浦の声に、俺はたれを入れながら、助かりました、と返す。湯気が上がり、生姜の匂いが濃くなった。

 味噌汁も作った前回と違い、今日は切ったキャベツを添えるだけだ。実況しながら同じ数の料理を作ろうとは思えなかった。


「今日は汁物ないです。生姜焼き食べたいから、そこまでにしました。何がしんどいかは、俺と同じじゃないかもしれないけど」


 三浦が、うん、と返したあと、コメントを続けて読む。

 糸日和は、切るのが負担な日は切ってある野菜を使うと書いていた。パンのみみは、今日はご飯だけ炊いて、おかずは買ってきたらしい。夕凪が魚の皿しか見せていないのに、ちゃんと作った気になってました、と笑っている。

 俺は火を止め、肉の焼け具合を確かめてから皿へ移した。


「俺の画面にも、炊飯器は映ってないですからね。見える分だけで、その人の夕飯全部じゃないです」


 机へ戻ると、質問した人が返事を書いていた。


『生姜焼きに合わせようとしてました。卵があるから、今日はそれ焼きます。汁物はやめる』


 俺は皿を置き、ようやく自分でコメントを読む。


「卵、いいですね。食べるときに戻ってきてもらえたら。火を使う間は、こっちは見なくていいので」


 相手の書き込みが止まった。台所へ行けたのか、ただ閉じたのかは分からない。

 俺はその返事を待たず、三浦と皿を並べる。湯気のあるうちに食べようと始めた配信で、自分の飯を冷ましてしまうところだった。


     *


「いただきます」


 二人で箸を持つと、画面にも同じ言葉が並んだ。

 肉を口へ入れた三浦が、頷いてから飯を取る。俺も一口食べ、生姜は前回より少し強かったかもしれないと思った。


「どう?」

「飯が進む」

「それ、味が濃いって意味もあるだろ」

「生姜が好き。玉ねぎは前より柔らかい」


 具体的に返されると、それはそれで照れる。俺はメモへ視線を落としかけ、まず自分の箸を動かした。うまくできたかを聞くほうに夢中で、食べるのを忘れていた。


『きつねさんも食べて』

『感想もらうと止まるの好き』


「今、食べてます」


 言ってから肉を口に入れると、三浦が、順番逆だろ、と笑う。俺は飲み込んでから言い返し、結局一緒に笑ってしまった。

 しっぽが机の横で揺れている。今夜は直すほど通路へ出ていないので、そのままにした。

 夕凪の魚の話から、ねじまきが買い置きの缶詰を出した話になり、パンのみみは惣菜の最後の一個をいつ食べるか迷っていた。俺は生姜の絡んだ玉ねぎを飯へ載せる。


「俺、好きなの最後まで残して、腹いっぱいになることある」

「だから今日、最初に肉いった?」

「うん。ちゃんと学んでる」


 胸を張るほどの話ではないと三浦に言われた頃、さっきの人からコメントが届いた。


『戻りました。卵、巻こうとして崩れました』


 俺は箸を止め、続きを待つ。


『結局炒めたみたいになったけど、ご飯に載せた。食べてます』


「おかえりなさい。俺、それも好きです」


 三浦も、おかえりなさい、と続ける。どんな形か、写真はない。俺の生姜焼きと同じ味でもない。

 それでも、冷蔵庫を開けたところで止まっていた人が、自分で選んだ皿を持って戻ってきた。


『前はもっとちゃんと作れたんですけどね』


 その一文に、すぐ慰めを返そうとして、俺は口を閉じた。作れていたものが作れない悔しさまで、食べられたからいいと片づけたくなかった。


「巻いたやつ、食べたかったんですね」

『うん。久しぶりに』

「そっか。今日は、味はどうですか」


 少し間が空く。俺も待つ間に飯を食べた。


『味は好きです。砂糖入れたので』


「俺も甘いの好きです」


 返すと、ねじまきが甘い派だと書き、パンのみみは塩のほうが好きだと言う。三浦はどっちも食うと答え、それは知ってる、と俺に言われた。

 次のコメントには、笑った、卵冷める、とあった。

 巻けなかったことは変わらない。でも、その人も今、自分の好きな味の話に混じっている。俺はもう一度皿を見て、残した玉ねぎを取った。


     *


 予定していた時間になり、俺は残りの飯を食べるので今日はここまで、と伝えた。

 食べ終わった人も、まだこれからの人もいる。次も同じものを作らなくていいと話すと、まめもちから、次はお茶で来ます、と返事がついた。

 配信を終え、全編の履歴を自分だけが見られる設定へ戻す。三浦は空いた皿を重ねながら、今日の分量は残せたな、とメモを指した。


「うん。生姜は、少し多めって書く」

「量った分も残せよ」


 笑って書き足し、俺も皿を持って立つ。洗い物は俺が洗い、三浦が拭くことで話がついた。

 見送って机へ戻ると、ハルから個別に感想が届いていた。


『今日は普通に腹減りました。仕事のこと、見てる間は忘れてました』


 その下に、生姜焼きを次は作りたい、とある。会社へ行く日はまだ先だ。今夜の配信で、その話を誰かへ説明する必要はなかった。

 俺は、俺もまた作ります、と返した。

 SNSへ配信のお礼を書き、今日使ったたれの分量を添える。俺が二人分として作った量で、生姜は好みによることも残した。誰かの相談やコメントは転載せず、最後に自分の感想を書く。


『みんなの夕飯の話を聞けて楽しかったです。また一緒に食べましょう』


 送信してから、メモを冷蔵庫へ貼った。

 次に何を作るかはまだ決めていない。それでも、今日みたいに食べたいものを作って、違う皿を持った人と喋る時間なら、俺はまたやりたかった。

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