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男だった俺の、しっぽのある暮らし  作者: あわいしゅん
第3章「街にも、俺の居場所を」

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第49話 俺の言葉で、返したい

「これ、俺から消してって言いたい」


 三浦へ言うと、向こうで少し間が空いた。

 俺は投稿をもう一度開く。帽子を持つ自分の手も、頭の上へ出た耳も、見れば見るほど、あの数秒を思い出した。


「うん。どう送る?」


 三浦に聞かれ、投稿者のページを開く。

 個別に文章を送れるようになっていた。俺は入力欄を出したが、最初に何と名乗るかで止まる。

 いつもの配信用アカウントから送れば、この人には、写っている俺と配信がつながる。


「配信のほうから送ると、俺だって分かるよな」

「相手にはな。でも、消してって頼むなら、本人だって伝えるんだろ」


 俺は帽子へ目を向けた。

 黙っていて、顔と耳の写真がそのまま残るのを待つほうが嫌だった。


『写真に写っている本人です。撮影と投稿はお願いしていません。顔と身体の事情を公開する範囲は自分で決めているので、写真の載っている投稿を削除してもらえますか』


 書いた文章を三浦へ読み上げる。

 あいつは最後まで聞き、言いたいことは分かる、と答えた。俺は文の途中へ入れかけた謝罪を消し、そのまま送る。


 すぐには返事が来なかった。

 画面へ目を戻すと、元の投稿にはまた反応が増えている。かわいいと書く人、衣装の出来を褒める人、しっぽのある配信者に似ていると言う人。

 俺はその最後の一行で、息を止めた。


「もう、配信の話してる人いる」

「見た。今は、全部読まなくていい」


 三浦の声を聞き、画面を伏せる。

 でも、文章は目を離しても頭へ残っていた。直接やり取りをしなくても、写真を見た人のほうから配信へたどり着くかもしれない。

 耳としっぽがあって、この声で話す人が、そんなに何人もいるとは、見た人は思わないだろう。


 台所へ行って、水を持って戻った。

 通話をつないだまま、コップへ口をつける。三浦も何か飲んでいるらしく、小さく器を置く音がした。

 隣にいるわけではない。それでも、返事を待っている時間を、一人で全部埋めなくてよかった。


     *


 通知が来たのは、それからしばらくしてだった。


『すみません。衣装で歩いている方なのかと思って、すごかったので撮ってしまいました。投稿は消します』


 俺は読み終わってから、もう一度最初へ戻る。

 投稿者が、俺を困らせたくて載せたと書いているわけではない。でも、俺が衣装で歩いていたとしても、勝手に顔を載せていいとは思えなかった。


『ありがとうございます。外を歩いていただけなので、写真は残さないでほしいです』


 返すと、削除しました、と届いた。

 投稿への案内を開き直す。さっきの写真は表示されず、投稿が見られないという画面へ変わっていた。


「消えた」


 三浦へ言うと、うん、こっちでも見えない、と返る。

 俺はコップを置き、ようやく肩を少し下げた。耳の写真が見えなくなっただけで、今夜全部のことが終わったようにも思えた。


 続けて、相手から文章が来る。


『元の写真も消しました。ただ、ほかの人が紹介した分までは分からないです。顔を見せない配信をしている方だとも知らなくて。申し訳ありません』


 俺は返事を急がず、少し考える。

 この人が消したと言っても、既に見た人の中には残る。別の場所へ保存した人がいるかも分からない。全部消えた、と自分で言うことはできなかった。


『削除してくれて、ありがとうございます。俺とやり取りしたことや、配信との関係も、ほかへ書かないでください』


 分かりました、と返ってくる。

 そこで個別のやり取りを終え、俺はスマホを机へ置いた。


「思ったより、早く返事くれた」

「うん」

「でも、見た人はいるんだよな」


 三浦はすぐに大丈夫とは言わなかった。

 俺もそれを言ってもらいたかったのか分からない。ただ、削除されたのを確かめても、全部を元へ戻せたとは思えなかった。


 小山へ、元の投稿は消してもらったと送る。

 返事は、よかったです、私が見つけたのは別の人の紹介からだったので、そっちもまだ出ていたら知らせます、と届いた。


 胸の下が少し冷える。

 小山へ届くまでにも、誰かがもう一度人へ見せていたのだ。


「他の人が紹介したのもあるって」


 三浦へ伝え、俺は椅子の横へしっぽを載せ直した。

 見られたことを全部消すために、今夜ずっと画面を探し続けるのか。そう考えただけで疲れた。でも、何もできなかったことにするのも違う。


「見つかった分は、また考える。今の投稿者には、言えた」


 自分で言うと、三浦が、そうだな、と答える。

 俺は頷き、今夜はもう少し休みたいと伝えた。明日、どうしたいか決めたら連絡すると言い、通話を終える。


     *


 翌朝、配信用のSNSには見覚えのない名前が増えていた。

 耳の写真を見たと書く人も、今日の配信はあるかと聞く人もいる。顔を見せるようになったのかという問いには、どこでそう思ったかを書いていない人もいた。

 配信を見るために来た人と、写真の続きを探しに来た人が、同じところへ集まっている。


 朝食を食べ、今日は午前の予定が空いているのを確かめる。

 昨夜の勢いのまま配信をしたら、言い返すだけになっていたかもしれない。でも、今なら、何をしてほしいかは話せそうだった。


 俺は短く告知した。

 今日の夜、写真について自分から少し話すこと。顔や耳を新しく映す予定はないこと。

 送ってから、いつもの説明欄も読み返す。外で見かけた場所は書かないでほしい。その一文だけでは、写真を載せないでほしいことまでは伝わらない。

 撮影や投稿は先に本人へ聞いてほしいと、短く足した。


 告知の下には、写真を見てここへ来たという返事がつく。

 今夜その人も聞くのだと思うと、投稿を消したくなった。でも、出した時刻を確認して、スマホを置く。誰が来るかを選びきれなくても、何を話すかは自分で用意できる。俺は机を空け、いつものカメラの位置を確かめた。


 小山から、別の人の紹介も消えていたと届く。

 元の投稿への案内と小さな画像が付いていたものらしく、俺も案内を開いて確かめた。今は見えない。それ以上どこへ残ったかまでは、二人にも分からなかった。

 礼を返してから、俺は残しておきたいことをノートへ書いた。


 撮影を頼んでいない。

 元の投稿は削除された。

 写真を公開すると決めたわけではない。


 その下に、また喋りたい、と一つ足す。

 今夜を、写真への返事だけで終えたくなかった。


     *


 夜、配信を始めると、挨拶より先に問いが届いた。


『あの耳の写真の人ですか』

『本物だったんだ』

『顔出すの?』


 俺はノートへ手を置き、声を出す。


「こんばんは。今日は、最初に俺から話します」


 言い切ると、一度コメントが途切れた。

 映像は胸より下と手元、横へ寄せたしっぽだけだ。帽子をかぶらずに座っていても、頭の上は画角へ入っていない。


「外で帽子が飛んで、そのときの写真が載りました。撮影も投稿も、俺が頼んだものではないです。投稿した人には削除をお願いして、元の投稿は消してもらいました」


 呼吸を整え、続きを話す。


「写真を見た人がいることは、分かってます。でも、それで、顔とか耳を公開することにしたわけじゃないです」


『もう見られてるなら、出してもいいんじゃない?』


 手元へ来た一行を、俺は声には出さず読んだ。

 昨日も、その考えは一度浮かんだ。知られてしまったのなら、もう自分で隠す意味はないのかと。

 でも、自分で見せることと、誰かに見せられたことは、同じではなかった。


「そこは、俺が決めたいです」


 返した声が、少し強くなった。

 俺はそのまま続ける。


「かわいいって言ってもらうのは、嬉しいです。でも、褒めるためだったら、写真を勝手に載せても平気になるわけではないので」


 言ってから、コップを持ち上げる。

 手が少し震えていたが、飲めないほどではなかった。水を一口飲む間に、分かった、と幾つか返事が届く。


 糸日和から、今日の配信を待っていたと来ていた。

 ねじまきは、本人が喋るほうを聞きに来た、と書いている。パンのみみの、こんばんは、今からお茶です、という挨拶も見つけた。


「ありがとうございます。俺も、話したくてつけました」


 答えると、喉へ少し空気が戻る。

 全員が分かってくれたとは思えない。耳を動かして見せてほしいというコメントもあった。でも、それへすぐ答えることだけが、今夜ここですることではなかった。


「写真の話は、今日はここまでにします。今、何飲んでるか聞いてもいいですか」


 パンのみみから、ほうじ茶、と返る。

 ほかにも、コーヒー、水、もう夕飯を食べているという文章が並ぶ。俺は自分も水だと話し、次は温かいものを入れようかとコップを見る。


『昨日は、無事に帰れた?』


 別の人から聞かれ、俺ははいと答えた。


「友達が駅まで一緒に来てくれました。帽子も、ちゃんと持って帰りました」

『飛んでいかなくてよかった』

「はい。あれがないと、今日どうやって外へ出ようか悩むところだったので」


 少し笑うと、ねじまきが、帽子は帰還したんだな、と書く。

 俺はまだ少し汚れていると答え、昨日から机の脇へ置いたままなのを見た。自分の帽子が、誰かの写真の中にあるものではなく、俺が明日使うものとして戻ってきた気がした。


 そこから短く、明日の支度や夕飯の話をした。

 問いが来るたびに顔を近づけてしまう癖は残っていたが、写真や場所への質問には答えず、拾いたい話へ返す。今日初めて来た人も、俺の水の話へ笑う文字を送っていた。


 終わりが近づいてから、俺はもう一度マイクへ向かった。


「今日は、聞いてくれてありがとうございました。また、普通に暮らしの話もしたいです」


 挨拶をし、配信を終える。

 確認の画面を閉じ、履歴を自分だけに戻すと、三浦から、お疲れ、と連絡が届いていた。


『言えた。途中、ちょっと声強くなったけど』

『分かったよ。今日は、それでよかったと思う』


 俺は返事を読み、椅子へ深く座った。

 元の写真は消えた。でも、見た人も、覚えている人もいる。今夜の説明を聞かなかった人だって、きっといる。

 その続きは、明日にも残るのだろう。


 俺は帽子を手に取り、乾いた縁を軽く払った。

 汚れが少し落ちる。広げ直すと、耳を入れる場所の形は、昨日のままだった。

 これをかぶって、次にどこへ行こう。

 すぐには決まらなかったが、外へ出る予定を全部消すつもりはなかった。

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