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男だった俺の、しっぽのある暮らし  作者: あわいしゅん
第3章「街にも、俺の居場所を」

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第46話 残しておきたい顔

 翌朝、昨日の写真を見返してから、大学へ行く支度をした。

 小山と森野の間で、俺が少し笑っている。帽子をかぶった顔を、鏡ではなく、二人と並んだ一枚の中で見るのは、まだ落ち着かなかった。

 でも、消そうとは思わない。


 別に、うまく写った自分だけを残したいわけではなかった。

 ケーキを分けて、話して、小山に言われてレンズのほうを見た。その間に森野が何か返して、俺も笑った。見返すと、そこまで思い出せる。


 朝食を食べながら、森野へ、写真見たらまたケーキ食べたくなりました、と送る。

 返事は家を出る前に届いた。


『私も。次は、瀬川さんが違うの頼む番ですね』


 俺は、また同じの選ぶかもしれないです、と返した。

 昨日の出来事が終わったあとにも、続きを話せる。それが嬉しくて、スマホをしまう前にもう一度写真を開きかけ、時刻を見てやめた。


     *


 昼休み、小山が食堂の前で俺を見つけた。

 今日は友達と別の場所で食べるらしく、挨拶だけしてから、昨日の写真、と言いかける。


「送ったほう、保存できました?」

「はい。ありがとうございます」

「よかった。瀬川さん、見返してるとき、結構嬉しそうだったから」


 俺は少し返事に詰まった。

 帽子の下へ顔を隠すように俯きかけ、ただ、見たの分かりましたか、と聞く。


「見てましたよ。撮ったあと、もう一回画面開いてた」

「……見てました」


 認めると、小山が笑う。

 俺も笑ってから、写真を残すのって、いいですね、と返した。相手は、また撮りましょう、と答えて、待っていた友達のところへ戻る。


 友達の視線が俺のしっぽへ下がった。

 小山が何か短く話し、二人で別の建物へ向かっていく。見えたこと全部を追いかけても、どんな言葉を交わしたかまでは分からなかった。

 俺は食堂へ入り、今日は一人で昼食を買う。

 ひとりになってからも、小山の、また撮りましょう、という声は、ちゃんと嬉しい言葉として残っていた。


 午後の講義を終え、帰宅した。

 今日の夜なら少し話せそうだったので、SNSへ、外出したときの話をすると告知する。写真を映す予定ではなく、昨日、自分も記念写真に入ったことを話してみたかった。


 森野と小山へ、二人の名前や場所は出さず、友達と写真を撮って嬉しかったという話をしてもよいか尋ねる。

 二人から返事が来て、写真を見せない形ならいいと答えてくれた。俺は礼を返し、ノートへ、写真の話、と一行書く。

 家族や三浦と話すだけだった頃より、誰かと一緒に過ごした話が増えている。その相手にも伝えてから、自分の言葉で残していきたかった。


     *


「こんばんは。今日は、友達と出かけた話を少しします」


 配信を始めると、糸日和とパンのみみが挨拶をしてくれる。

 夕凪からは、ケーキの写真、待ってました、と届いた。俺は料理だけを撮ったほうを画面へ出し、店で聞いてから撮ったものだと伝える。


「チーズケーキと、ココアの焼き菓子です。前と違うやつがあったので」

『また二つとも食べたんですね』

「はい。友達が分けてくれました」


 この前も分けた話をしたので、夕凪は同じ相手だと思ったかもしれない。

 俺は今回は別の友達と行ったと付け足す。誰が何人一緒だったかまでは細かく言わず、その人たちと店へ入るのは初めてだったと話した。


「あと、食べたあとに、友達と一緒に写真を撮りました。俺の顔も入ってるやつです」


 コメントが増える。

 今の姿で撮ったのかと聞かれ、はいと答えた。


「帽子かぶったままですけど。今の俺で」

『見てみたい』

『顔出すってこと?』


 俺は首を振ってから、マイクへ返す。


「今日は見せないです。その人たちと持ってる写真なので。撮って、あとで見返したら、結構嬉しかったって話です」


 そう答えると、パンのみみが、思い出の写真ですね、と書いた。

 俺は頷き、画面へ出していたケーキの写真を閉じる。映っているのは、またいつもの胸より下と手元、椅子の横のしっぽだった。


「撮る前は、どんな顔すればいいか分かんなくて。真剣になりすぎてるって言われました」

『証明写真の顔になってた?』

「多分、それに近かったです。記念に撮るだけなのに」


 まめもちの返事を読んで、俺は笑う。

 レンズの位置を教えてもらい、森野の言葉で笑った。その会話を、そのままここで繰り返さなくても、あのとき嬉しかったことは話せた。


『自分の写真、あとで見ると変な感じしません?』


 別の人から届いた問いに、俺は少し考えた。


「します。まだ、今の顔を見て、俺だって思うのが遅れるときはあります。でも、昨日のは、どこで何してたか思い出せたので」


 自分で言ってから、なるほど、と頭の中で続ける。

 顔だけを見ていると、以前と違うところばかりを探してしまう。昨日の写真なら、二人と一緒に店にいたのを、俺も覚えている。


「この顔で、楽しく出かけてたんだなって。そう思える写真があるのは、いいなと思いました」


 糸日和から、残しておきたい一枚になったんですね、と届く。

 俺は、はい、と答えた。顔を見せて褒めてもらわなくても、その一枚が嬉しいと話すことはできた。


『前の姿に戻れたら、その写真はどうする?』


 問いを読んで、手元へ目を落とす。

 以前なら、そこまで考えていないとだけ答えたかもしれない。今も、戻ったあとの自分の気持ちは分からなかった。

 それでも、昨日の出来事をなかったことにはしたくない。


「残すと思います。昨日一緒に出かけたのも、写真撮って楽しかったのも、俺がしたことなので」


 返したあと、少し照れた。

 写真には顔が写っている。だからこそ、今の姿を好きになったと思われるかもしれない。でも、戻り方を知りたい気持ちがなくなったわけでもない。

 全部を一つの返事で片づけようとすると、また話せなくなりそうだった。


「今の顔が気に入ったかって聞かれたら、まだ、うまく答えられないです。でも、あの写真は好きです」


 そう付け足すと、まめもちが、それなら撮ってよかったね、と書く。

 俺は礼を言い、また少し笑った。


 そのあと、コメントには、自分も残している写真の話が届いた。

 旅行で風が強すぎて髪が全部乱れた一枚。友達と買ったものを持って笑っている一枚。ピントが合っていないのに、消さずに置いている一枚。

 俺は幾つかを読み、何をしていた写真か尋ねる。

 今日の話が、俺の顔の話だけから離れて、画面の向こうの人の思い出へもつながっていった。


「見返したら、また会いたくなる写真ってありますね」


 そう言ってから、終わりの挨拶をした。

 顔と耳の公開範囲は何も変えていない。それでも、昨日の楽しい出来事を、今日はここへ持ってこられた。

 俺は配信を終え、履歴を自分だけの公開へ戻した。


     *


 マイクを切ってから、雨待ちの個別メッセージに気づいた。


『少しだけ配信を聞けました。写真の話、よかったです。あと、前に約束していたフード、時間が合うときに見せてもらえますか』


 俺は、そうだった、と椅子から立つ。

 額より上だけなら、かぶったところを次の通話で見せると約束していた。フードを見せた配信では紙の耳を使ったので、本人がかぶったときの形は伝えられていなかった。


『今夜なら、もう少し空いてます。よければ、今からでも』


 そう返すと、お願いします、と届く。

 俺は棚から試作フードを取った。いきなり全部を映さず、通話をつないでから、かぶった頭の上だけ見せる形でいいか確かめる。雨待ちがいいですよと答え、互いに録画はしないことも確かめた。


 フードをかぶり、私下の映像をつなぐ。

 顔は入らず、耳のところの二つの膨らみが見える位置にする。雨待ちは自分の顔を映していないが、声は前に会ったときのままだった。


「なるほど。前より、耳の先が押されてない感じですね」

「はい。ただ、長くかぶると後ろが気になるので。そこは、まだ相談してます」


 首を少し左右へ向け、前がずれるところも見せた。

 どちらにも同じものが合うわけではない。それでも、一緒に帽子を選んだ相手には、俺が何を試しているかが伝わりやすかった。


 映像を切り、フードを脱いでから、雨待ちの帽子のことも聞く。

 以前買ったものは、今も使っているという。何度もかぶり直さずに歩ける日が増えたと聞き、俺は、それはよかったです、と答えた。


「実は、会社の人に、帰りにご飯食べないかって誘われて」


 雨待ちが少し間を置く。


「行こうか、迷ってます。帽子を取る場所だったら、どうしようって」


 俺は自分が座っている椅子の横を見る。

 雨待ちにはしっぽがない。帽子で隠せば、俺より気づかれずに歩ける。でも、それで誰とでも気楽に店へ入れるとは限らなかった。


「俺、最近行った店では、かぶったまま座ってました」

「そうなんですね」

「先に店の様子を見られるなら、行きやすいかもしれないです。俺も、椅子の場所が分かったら、二回目は少し楽でした」


 雨待ちが、そういうのなら聞けそうです、と答える。

 俺は全部大丈夫だとは言えずに、相手の続きを待った。


「写真も、同じかもしれないですね。撮っても、今の耳を全部見せなきゃいけないわけではないので」


 昨日は俺も帽子をかぶったままだったと話すと、雨待ちが、ああ、と少し明るい声を出す。


「行くなら、帽子のまま入れるところがいいって、まず言ってみます」


 俺は、それなら、と頷く。

 相手も分からないことが残ったまま、自分が伝えられる言葉を選んでいる。俺が昨日したことが、その言葉を考える材料になったのなら嬉しかった。


「また、私たちでもご飯食べたいですね」


 雨待ちに言われ、俺はすぐに返した。


「食べたいです。今度は、帽子を探す用事がなくても」


 相手が笑い、休日なら予定を合わせやすいと言う。

 俺も空いている日を後で送ると答えた。場所と日時はまだ決めず、今日は通話を終える。


 フードを畳み、昨日の写真をもう一度開いた。

 次に雨待ちと会ったら、写真を撮りたいかどうか、聞いてみてもいいかもしれない。相手が撮りたくなければ、一緒に食べるだけでもよかった。

 俺はスマホを置き、カレンダーを開く。

 誰かと会う日を選ぶのが、次に困ることを考える時間だけではなくなっていた。

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