第45話 俺も、写真に入る
森野と小山の予定が合ったのは、事情を話した二日後の午後だった。
俺もその日は午前の講義だけなので、昼食のあと、大学の門で待ち合わせることにする。店は、俺が前に行った喫茶店を提案した。
『しっぽを置ける席があったので、そこだと座れると思います。空いてるかは、行ってみないと分からないですけど』
小山から、そこ行ってみたいです、と返事が来る。
森野も同じように答え、俺は二人へ店までの道を伝えた。配信で店の場所は話していない。でも、今日一緒に行く相手へは教えなければ着けない。
自分が誰へ何を伝えるかを、その都度考えることには、まだ慣れなかった。
当日の朝、服を選ぶのに少し時間がかかった。
結局、青のTシャツと生成りのカーディガンにする。着慣れた茶色の巻きスカートを合わせ、鏡で後ろの裾を直した。
三浦と出た日にも着た組み合わせだ。それでも、今日は会う相手が違うので、似合っているか、また確かめたくなる。
帽子へ耳を収め、鞄を肩へ掛けた。
配信で見せた服を着ていても、今日はカメラの前へ座る予定はない。二人と店へ行って、食べて、話す。そのつもりで玄関を出る。
*
門では、小山が先に待っていた。
俺に気づくと手を上げ、今日もその上着なんですね、と声をかける。
「着やすいので。外へ行くとき、結構これ着てます」
「動画で見たやつだって、すぐ分かりました。色、実際に見ると少し違いますね」
俺は自分の袖を見る。
小山は、画面だともっと白っぽく見えた、と続けた。昼には俺の姿を全部見て、動画では胸より下だけ見ていた人が、その二つを並べて考えている。
不思議な感じがしたが、服の話なら答えられた。
「画面の色、少し違うみたいです。顔が入らないようにすると、服も一部しか見えないし」
「今日は全体で見られますね。いいと思います、その組み合わせ」
言われて、俺は礼を返す。
事情を知ったあとにも、今着ている服をそう言ってもらえた。小山はすぐに、森野ももう来るって、と別の話へ移る。褒めた理由を、俺の身体の話へ結びつけることはしなかった。
森野が来て、三人で門を出る。
道ではすれ違う学生が俺を見て、それから二人へ目を向けた。三人を見比べているような視線が気になり、俺は鞄の紐を持ち直す。
「瀬川さん、こっちで合ってます?」
小山に聞かれ、俺は前を指した。
「はい。この先です」
今日は俺が店を知っている。
そのことを思い出すと、しっぽを見られている以外にも、ここでやることがあると分かった。
入口の黒板には、チーズケーキとココアのパウンドケーキが書いてある。
レモンではないのかと思っていると、森野が、ココアもおいしそう、と立ち止まった。
「日によって替わるみたいです。前はレモンで」
「じゃあ、前と違うのも食べられるんですね」
小山の言葉に、俺も頷く。
扉を開けると鈴が鳴り、杉原が顔を上げた。
「瀬川さん、こんにちは」
名前で呼ばれ、俺は少し遅れて返事をする。
「こんにちは。今日は、友達と来ました」
「ありがとうございます。三名様ですね」
杉原が二人にも挨拶をし、店内へ目を向けた。
前の壁沿いの席は空いていたが、椅子が二つだけなので、一つ足してもらう。俺は端へ座り、しっぽが通路へ出ない位置を確かめた。
向かいの席の女性客がこちらへ顔を向け、隣の男性と小声で話す。
別のテーブルでも、俺が腰を下ろすところを見ていた人がいる。杉原には名前を呼ばれても、ほかの客にはまだ珍しい姿だ。
森野は俺の横を一度見てから、鞄を反対側へ置いた。
「ここなら、大丈夫ですよね」
「はい。ありがとうございます」
答えると、森野はメニューを開いた。小山もそれを覗き、二人で飲み物を選び始める。
この前の、何を言っていいか確かめるような間は、今日は少し短かった。
*
ケーキは三人とも別々にすることになった。
小山がチーズケーキ、森野がココアのパウンドケーキ。俺はどちらも気になって迷い、結局、小山と同じチーズケーキを選んだ。
「別々になってないじゃん」
森野が笑ったので、俺も笑う。
「言いかけたけど、同じの食べたくなったので」
「いいと思います。私、ココアのほう少し分けますから」
杉原が注文を取りに来たところで、森野が取り皿も頼んだ。
俺が前にも友達と分けたと話すと、小山は、あの写真のやつですね、と答える。
杉原も覚えていたらしく、今日はレモンがなくてすみません、と言った。
「いえ。違うのも、気になります」
俺が返すと、杉原は頷いてカウンターへ戻る。
小山が、自分も料理の写真をよく撮ると話した。見返すとまた食べたくなる、と言われ、俺もこの前の写真でそれをやったと答える。
「食べたばっかりなのに、見るとまた気になるんですよね」
「分かる。写真だと、まだ食べる前だから」
森野が返し、俺たちは少し笑った。
この前の俺の写真は既に食べたあとだったが、それでも味は思い出せる。今日は、先に撮ってみてもいいかもしれない。
杉原が皿を運んできたとき、小山が食べ物だけ撮ってもいいかと尋ねた。
他の客を入れなければと返事をもらい、三人ともテーブルの上へスマホを向ける。俺も撮った一枚を確かめ、窓の外や隣の席が入っていないのを見てから保存した。
「じゃあ、食べよう」
森野がそう言い、ココアのケーキの端を切る。
小山も俺もフォークを持ち、少し分けてもらった。甘い香りのあとに、ココアの苦さが少し残る。チーズケーキとは違う味で、俺は一口飲んでからもう一度食べた。
「こっちも、うまい」
「よかった。私、これにして正解」
森野が嬉しそうに答える。
俺も皿へ目を戻し、自分の頼んだ分を食べ始めた。
話題は、午後が空いている日に何をするかへ移った。
小山は買い物へ寄ることが多く、森野は家へ帰るつもりなのに友達と話していると遅くなると言う。
「瀬川さんは、今日は帰ったら配信?」
小山に聞かれ、俺は首を振った。
「今日は、まだ決めてないです。話したいことができたら、告知するかもしれないけど」
「じゃあ、今のこと全部、配信のために考えてるわけじゃないんですね」
俺は一度フォークを止めた。
外で話すことが増えると、配信でも話したくなる。でも、店へ来る前から、二人との会話をどう使うか決めていたわけではなかった。
「うん。今日は、一緒に来たかったので」
答えると、小山が少し笑う。
俺も、この前までならもっと遠回しに言ったかもしれないと思いながら、紅茶を飲んだ。
*
食べ終わった頃、小山が、三人でも写真を撮らないかと言った。
俺はカップを置いたまま、返事に詰まる。
「……俺も?」
「三人で来たから。嫌だったら、無理には」
相手はスマホを置き、俺を見る。
配信で顔を出す話ではない。それでも、写真となると、外で撮っていいかと頼まれた日のことが先に浮かんだ。
今の俺の顔が、誰かのスマホへ残る。
「どこかに載せるんですか」
「今日は、私たちで持ってる用です。載せたくなったら、先に聞きます」
森野も頷く。
俺は二人の顔を見てから、手元へ目を落とした。初めて会う人に求められる写真と、今日一緒にケーキを食べた相手と残す写真を、同じように断りたくはなかった。
「載せないなら、撮ってみたいです。帽子は、このままで」
「もちろん」
小山がスマホを持ち上げる。
隣の森野もこちらへ少し寄った。俺はしっぽの位置を直し、椅子を動かせる範囲で二人へ近づく。
画面には、俺の顔と帽子、その横の小山と森野が映った。背景は後ろの壁だけで、ほかの客は入っていない。
「もう少し、こっち見てもらっていいですか」
俺が画面の自分ばかり見ていると、小山がレンズの位置を指した。
そちらを見る。どんな顔でいればいいか分からず、口元へ力が入ると、森野が、そんなに真剣に撮らなくても、と笑う。
「真剣になりますよ。慣れてないので」
「私も、きれいに写る角度、毎回迷うから」
森野の返事で少し笑ったところを、小山が撮った。
見せてもらうと、二人の間に、帽子をかぶった俺がいる。目の前の席でケーキを食べていた顔が、そのまま一枚の中へ入っていた。
男だった頃の自分と比べようとして、途中でやめる。
これは、今日、ここへ三人で来たことを残す写真だった。
「これで、いいですか」
「はい。俺にも、送ってほしいです」
小山が、もちろん、と答える。
届いた写真を自分のスマホへ保存すると、森野が、また一緒に行ったときも撮ろう、と言った。
俺は頷いてから、うん、と声に出した。
少し離れた席の客が、俺たちの撮影へ目を向けていた。
俺はスマホを下ろし、帽子の縁を直す。見られていることが平気になったわけではない。でも、今日の写真を消したいとは思わなかった。
*
会計を済ませて店を出ると、二人は駅へ、俺は買い物をしてから帰ることになった。
杉原へ挨拶すると、また皆さんでどうぞ、と返される。三浦と来た店へ、今日は二人を連れてきた。次は、また別の組み合わせで来るかもしれない。
店の外で、森野が今日撮った写真をもう一度開いた。
「これ、いいね。みんな楽しそう」
小山が頷き、俺にも見えるようスマホを傾ける。
俺は、ありがとう、と答えた。自分の姿をかわいいと言われるのも嬉しいけれど、楽しそうに写っていると言ってもらえるのは、違うところが嬉しかった。
「じゃあ、また昼食でも」
小山の言葉に、俺もまたと返す。
分かれ道で二人を見送ってから、店で撮ったケーキの写真と、三人の写真を続けて見た。
配信で話すなら、食べ物のほうを使える。三人の写真は、今日は自分だけで見返していたかった。
帰宅後、小山と森野へお礼を送った。
続けて三浦へ、二人とケーキ食べてきた、と連絡する。返事は、どれ食った、といつもの調子で届く。
『俺はチーズケーキ。ココアのも、少しもらった』
『また種類増えてる』
俺は笑ってから、もう一つ書いた。
『三人で写真も撮った。俺も入ってるやつ』
返事を待つ間、自分でその写真を開く。
帽子の中の耳は見えないし、しっぽも写っていない。けれど、二人が知っている俺は、身体が変わった話も含めて、この顔でケーキを食べる俺だった。
『いいじゃん。楽しかった?』
三浦の返事を読み、俺はすぐに答えた。
『うん。また行きたい』
写真を閉じ、スマホを机へ置く。
今日の出来事を全部、誰かに見せなくてもよかった。自分で残しておきたい一枚ができたことを、もう一度嬉しく思った。




