↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男だった俺の、しっぽのある暮らし  作者: あわいしゅん
第2章「いつもの場所に、今の俺で」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/42

第38話 また、ここで話そう

 三浦から返事が来たのは、翌日の昼休みだった。

 送った候補日のうち、二日後なら夕方から空いているという。俺はその日で決めようと返し、食堂へ向かう途中で、夕飯をどうするか聞いた。


『カレーある。昨日、多めに作った』

『じゃあ、それ食いたい』

『冷凍してるから、温めるだけだけど』

『うん。何か買ってく?』


 画面を見て、少し考える。

 全部用意するつもりで誘ったわけではなかった。サラダがあると嬉しいと送ると、了解、と返ってくる。

 そのあと、食べ始めからしばらく配信することも確かめ、SNSへ告知した。今度は友達とカレーを食べます。説明欄への案内は、いつものように置いておく。


 今日の飯を決めるだけで、誰かがそれを聞きに来るかもしれない。

 送信した文章を見ていると、黒田から、並ばないのか、と声をかけられた。顔を上げると、昼食を買う列が前へ進んでいる。

 慌ててスマホをしまい、俺も一歩詰めた。


     *


 約束の日、三浦が来る前に、冷凍していたカレーを温め始めた。

 米を炊く間に机を拭き、二人分の皿とスプーンを出す。しっぽを置くクッションも、椅子の横へ戻しておいた。

 机に残ったノートを開くと、前の配信で書いた言葉が目に入る。袖、裾、色。その下には、次に合わせてみたい服のことが書いてあった。


 今日は何を話そうか。

 ペンを持ち、カレー、と一つ書いたところでやめる。食べれば、味の話はできるだろう。三浦が来たら聞きたいこともある。

 大学の課題が終わったかどうか。それと、次に一緒に出かけるなら、どこへ行きたいか。


 玄関の呼び鈴が鳴り、火を弱めてから迎えに出る。

 三浦はサラダの袋を持ち、もう匂いする、と靴を脱いだ。


「味、濃かったら言って」

「何で、先に濃いほう心配するんだよ」

「味見したら、少し煮詰まってた」


 俺が答えると、じゃあ、もう一回味見しよう、と台所へ来る。

 小さな皿へ取った分を三浦にも渡した。あいつは口へ入れてから、俺はこれでいい、と答える。俺ももう一度確かめ、水を少し足して温め直した。


「食ってから、俺のほうにだけ足してもいいしな」

「お前の皿、米、多くしとく」


 言いながら、ご飯をよそう。

 今の俺の分は昔より少ない。二つの皿を並べると、その違いがよく分かった。前なら、同じくらい盛っても食べ切れていたのに、今は途中で苦しくなることがある。

 でも、目の前にいる三浦の分まで少なくする必要はない。


 サラダを小皿へ分け、二人で机へ運んだ。

 料理と手元が入るようカメラを確かめる。顔や耳は映らない。三浦も自分の手を画面へ入れて、ここまでだな、と位置を見た。


「今日は、何か説明する?」

「聞かれたら、答えられることは。最初は飯の話する」

「分かった」


 俺はマイクを確かめ、配信を始めた。


     *


「こんばんは。今日はカレーです。友達にも来てもらいました」

「こんばんは。食べるほうです」


 挨拶が届き始める。

 パンのみみと糸日和の名前に返事をすると、ねじまきが、今日も米多めだな、と書いた。三浦が自分の皿を見て、頼む前に多かったです、と答える。


「もう、そこは分かってるので」

『こんばんは。今日は焼きそばです』


 まめもちの名前だった。

 俺は声に出して読み、前の返事でも焼きそばって書いてくれた人ですよね、と聞く。


『そうです。今日は、違う味のやつ』

「お、何味ですか」

『塩。前はソース』


 三浦が、塩もいいな、と言う。

 まだ自分の皿を一口も食べていないのに、別の飯の話をしている。そのことがおかしくなり、俺はスプーンを持ち直した。


「先に、いただきます。そっちも、食べるところなら一緒にどうぞ」


 二人で挨拶し、カレーを口へ運ぶ。

 三浦が頷いたので、俺はつい顔を見る。うまい、と言われると、自分の皿へ向き直る前に少し笑ってしまった。


『今日も感想待ってた』


 夕凪の文字が届く。


「作ったものは、感想聞きたいです」

「服のときも、聞きたかっただろ」

「今はカレーの話だよ」


 返すと、ねじまきが、忙しいな、と書く。

 まめもちまで、言わなくていいって言われる前に聞いた、と続けた。あの短い動画の会話を、もうここで普通に引かれている。


「うまいかどうかは、聞きます。服も、今度は普通に聞く」

「分かった。普通に答える」


 三浦の返事に、またコメントが増えた。

 俺はもう一口食べ、今度はサラダを取る。カレーは味見のときより少し軽くなっていて、ご飯と一緒ならちょうどよかった。


『同じものなのに、お皿の量、結構違うんだね』


 新しい名前から届いた問いを読む。


「俺、前のつもりで盛ると多いんです。今はこれくらいで、ちょうどよくて」

『身体が変わって、食べる量も変わった?』

「はい。少なくなりました。好きなものは、そんなに変わってないんですけど」


 答えてから、自分の皿を見る。

 元の身体だった頃と比べた言葉が出ても、今回は、マイクを止めたくならなかった。三浦も俺を見て慌てたりせず、自分のカレーを食べている。


『足りなかったら、おかわりできる?』

「できます。今日は、まだあるので」

「俺が先になくすかもしれない」

「それは、俺の分残してからにして」


 パンのみみが、取り分を決めよう、と返す。

 俺は笑って、鍋には十分あると伝えた。一つ答えたあと、そのまま飯の話へ戻れる。それを、今の俺の声でやっている。


 初めて来たという挨拶が、二つほど続いた。

 片方は動画から、もう片方は耳としっぽのある人の配信だと聞いて来たという。俺は礼を言い、今日は手元を映しながら夕飯を食べていると話した。


『顔は出してないんですね』

「はい。顔と耳は、今は映してないです。身体のことは、説明欄から読めます」


 読んできます、という返事を見て、俺はスプーンを皿へ戻す。

 全部を今ここで言い直さなくても、入口は用意してある。目の前では三浦がサラダを食べ、コメントではまめもちが、カレーを見て明日の飯が決まった、と書いていた。


「作るんですか、買うんですか」

『買う予定。帰る時間が遅いので』

「じゃあ、帰ってすぐ食べられるやつですね」


 そう返すと、ねじまきが、うちも明日は買う、と続ける。

 今日俺が作ったからといって、みんなにも作ってほしいわけではない。自分で作った飯も、買ってきた弁当も、食べながら話せるのは同じだった。


 三浦の皿が先に空になる。

 おかわりしていいかと聞かれ、俺は台所を指した。あいつが立ったので、しっぽを椅子の近くへ寄せ、通る場所を空ける。


「こっち、大丈夫」

「うん。お前は?」

「今の分食べてから考える」


 言ってから、画面へ向き直った。


「皆さん、カレーの次の日、何食べます?」


 自分で話題を出すと、続けて返事が来る。

 またカレー、パンに載せる、うどんにする。糸日和は、少しなら卵と合わせることもあります、と書いていた。

 俺はその返事をノートへ一行だけ残す。質問するために始めた配信で、今も教えてもらうことはある。でも、困っているときだけここを開かなければならないわけではなかった。


 台所から三浦が戻り、俺のノートを覗く。


「明日の飯、決めてる?」

「うん。候補が増えた」

「俺の分もある?」

「明日は、うち来る予定ないだろ」


 あいつが、そうだった、と笑う。

 コメントでは、通ってる、と書かれ、俺は、友達ですから、と返した。昔から一緒に飯を食っていた相手が、今もここで食っている。そのやり取りを、画面の向こうの人たちも楽しんでいる。


 俺は最後の一口を食べ、自分の皿を端へ寄せた。

 今日はおかわりしなくても満足している。三浦の二皿目が減るのを待ちながら、視聴者の夕飯の話をもう少し聞く。全部は拾えなかったが、流れていく文字を見て、次にも聞けると思った。


「今日は、このへんで終わります。食べてる途中の人は、ゆっくりどうぞ」

『ごちそうさまでした』

『また飯の時間、合ったら来る』

『今度は何する?』


 最後の問いを見て、俺は三浦へ顔を向けた。


「何しようか」

「今ここで決める?」

「いや。考えるのも、楽しそうだなって」


 答えてから、マイクへ戻る。

 服を選ぶのも、食べるのも、何でもないことで言い合うのも、またやりたい。全部を次の一回でやる必要はないけれど、この場所には次があると思えた。


「また、ここで話しましょう。来てくれて、ありがとうございました」


 三浦も挨拶をし、俺は配信を終えた。


     *


 終了を確かめ、マイクを切って、履歴を自分だけに戻す。

 画面が静かになっても、さっきの返事をいくつか覚えていた。まめもちの塩焼きそば、夕凪の服の感想、糸日和から届いた明日の飯の案。

 初めて来た人の名前も、そのうち覚えていくのかもしれない。


「皿、運ぶよ」


 三浦が二人分を重ねかけたので、サラダの小皿も渡す。

 台所で俺が洗い、あいつが拭いた。カレーの鍋は残りを冷ましてから片づけることにし、先に机を拭いて二人分のお茶を入れる。


「今度は何しようかって、さっき聞いたけど」


 コップを持って座ると、三浦がこちらを見る。


「やりたいの、ある?」

「外で見つけたものとかも話したい。飲み物買った日、帰ってから話すこと増えたし」

「また、どっか行く?」

「うん。配信は、帰ってから」


 三浦は頷き、それなら店も探してみるか、と言った。

 外へ出れば、しっぽを見られる。写真を頼まれることもある。三浦となら全部平気になるわけでもない。それでも、何を着て、どこへ行きたいかを先に考えられる日が、少しずつ増えていた。


「大学の近くにも、気になってる店あるんだよな」

「じゃあ、今度帰りに見てみる?」


 俺はいいねと答え、スマホのメモへ店のことを残す。

 まだ行く日までは決めず、三浦が帰る前に次の課題の話もした。窓の外が暗くなってから、あいつは鞄を持って立ち上がる。


「またな」

「うん。また」


 玄関で見送り、部屋へ戻る。

 俺が一人で座っても、しっぽを置く場所はちゃんと空いていた。机には明日の飯の案と、次に行きたい店のメモがある。


 最初にここから配信したときは、座り方さえ分からなかった。

 今も、分からないことは残っている。元の身体へ戻れるかも、外で声をかけられたときに何を話せばいいかも、全部決まったわけではない。

 でも、もう一度マイクをつける理由を、困りごとだけから探さなくてもよかった。


 SNSへ今日のお礼を載せると、また来ます、と返事が届いた。

 俺も、待ってます、と返す。

 今の声でそう言うことを、今日は迷わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。