不知罪
護送車の固い椅子の上で、全身を這い回る激痛と格闘している。
頭部は何か鈍器で殴られたのか、出血していた。
護送前に最低限の処置を施されたおかげで先刻までより出血はマシになっている。
感覚が麻痺しているのか頭はぼんやりしていて、血の温かさを感じるのみ。
問題は四肢を金槌で砕かれまくったかのような、体中を蝕む痛みだ。
正気に戻り始めてからどんどん痛みは強さを増していて、ただ悶えながら呻くことしか僕にはできなかった。
そうやって車両で移動すること……恐らく30分程度だろう。
武装した騎士数名に拘束具を付けられ、護送車から這い出した僕は、既に痛みと疲労のせいで意識が朦朧としていた。
そのままどこか分からない場所へと連行されていく。視界の全てが加速度的に輪郭を失って消失し、そのまま自分の意識も滲んで消えた。
* * *
気が付くとそこは暗い部屋だった。
金属製の机。卓上には僅かな光を発するライト。
僕の前に座っているのは怖い顔の中年男性、その横には長身のお兄さんが立っている。
両手が動かせない。途轍もなく頑丈な拘束具が肘から指先までをすっぽり覆っていて、椅子と一体化しているらしい。
僕が目を覚ましたのを見て、強面のおじさんが口を開いた。
「やっと目ぇ覚ましたか、小僧」
まず僕が覚えた感覚は、どうしようもなく強い「渇き」だった。
「喉が……水をくれませんか……?」
「ああん?」
「まぁまぁ落ち着いてオーウェン巡査。喉が渇いているんですね」
強面のおじさんをなだめたお兄さんは、こちらに向かってニコッと笑った。しかし僕には、その貼り付けたような笑顔が本心からのものだとは思えなかった。
後方に用意してあったボトルでコップに水を注ぐと、お兄さんはそれを僕の目の前に置いた。
手が使えない状態で飲めるわけがないので、困った僕はお兄さんの顔を見た。
「ああすいませんね、今の君にはそれを自力で飲むことができないんでしたね」
お兄さんは糸目をさらに細くして、嘲るように笑った。僕は猛烈な屈辱感を覚えた。
水を飲ませてもらうと、やっと取り調べが始まった。
「被疑者、カズヤ・ストームアイズ。12歳。6月18日生まれ。この情報に間違いはないな?」
「ヒギシャ……?」
「間違いが無いかと聞いている。答えろ」
「はい……僕の名前と、誕生日で合ってます」
「早速だが、この写真を見てもらおうか」
目の前に差し出されたのは3枚のモノクロの写真だった。うち2枚は恐らく上空から撮影したもの、1つは地上のものだと思われる。
上空からの写真は異なる位置から撮影されていたが、どちらもクレーターの様な形で破壊された建物群を写していた。
地上写真は瓦礫の山、そして大量の騎士と民間人を写していた。
「本日午後4時頃、ルノワ市立東小学校近くの住宅街にて、大規模な破壊が行われた。壊滅した地帯は半径約100メートルに及び、住宅29棟が全壊、41棟が半壊する事態となった……」
おじさんは手元の文書を読み上げている。
「現時点で多数の負傷者が確認されている。重症が15人、軽傷が124人……」
「死者が出ていないのが奇跡と呼べるほどの事態ですね」
「騎士団の迅速なレスキューの賜物だ」
二人は僕の眼を見た。片方は睨みつけるように、もう片方は僕の思考を見透かすように……
僕はつい眼を下に逸らしてしまった。
「小僧、お前がやったのか?」
「……」
「なんでこんな事をした?」
「……」
やってない……はずだ。少なくとも僕の記憶にはない。
どうして僕が疑われるような事態になっているんだろうか……この人たちは何か誤解しているのか?
思考を巡らせている僕に、おじさん達は言葉を続けた。
「お前がやったのは分かってるんだ。この大事故は単なる事故ではなく、人為的な力……それも『能力』によって行われた、大規模な破壊及び殺人未遂事件だ」
頬を切られた時、恐怖のあまり失神してしまった僕は、目が覚めると何故か瓦礫の上にいた。
二人の話によると、破壊行為は僕が気を失っていた間に行われた……そして、その犯人は他でもない僕……
「僕じゃない……」
「だから……って、あ? 今なんて言った?」
「僕は……やってない、やってません……!」
「……黙秘でもなく、あくまでしらを切るつもりか」
おじさんは怒りの滲んだ笑みを浮かべ、お兄さんの表情は氷の様に冷たくなった。
「俺たちの捜査に間違いがあった、と……生意気な事をほざくガキだな、頭もおかしいらしい」
おじさんは机を叩きながら立ち上がった。
「いいか、クソガキ……こっちには決定的な証拠がある。負傷した兵士からの目撃情報、そして映像記録だ!」
「それもカルミア兵長直々に対象を無力化したそうですし、情報は確実です」
「この期に及んで、もはや言い逃れはできんぞ……お前が誰を怒らせたのか、その身にしっかりと解らせてやる、凶悪犯罪者め!」
恐怖だろうか、怒りだろうか、不安だろうか。言葉にできないごちゃ混ぜの感情に押しつぶされて、僕は口が利けなくなってしまった。
僕はやってない。やっている訳がないけど……内心僕は自分が犯人だろうと悟っていた。
警察が手に入れた映像を実際に見てみるまで認めるつもりはないが、こうも客観的な証拠が集まっているとなると、僕が何を主張しても結果は変わらないだろう。
なら早いうちに認めるべきか……いや、それは嘘になる。だって僕は覚えていないから。
噓つきはまともな大人になれないぞ……父の教えが脳内に響く。それは、命の危険にさらされた現在も相変わらずだった。
僕はそうして何も言えなくなった。沈黙することしかできなかった。
わななく口を強張らせるのは、闘志ではなく、ただ純然たる恐怖。計り知れない罪に相対した、被捕食者の恐れだった。
その日の取り調べはほとんど進まずに終わった。疲労で精神が参っているのだろうと判断された僕は、速やかに留置所の独房にぶち込まれた。




