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犯罪者

今日も面会には誰も来なかった。予想通りではあるけど寂しいものは寂しい。

拘置所は地下にあるせいで窓がなく、暇つぶしに星を眺めることもさせてくれないから、僕は仕方なく天井の模様を眺めていた。

無機質なコンクリートの表面に無数の黒い点たち。

無秩序な点と線は人の顔のように、脳内で勝手に結ばれていく。


やがて有象無象が自分を嗤っているように見えてきたあたりで、気分が悪くなって目を瞑った。


あれから何日経っただろうか。

もう数週間経ったような感覚だが、実際のところ一週間も経っていないかもしれない。

眠れない日が続いていたせいで僕の日付感覚は狂いきっていた。

最後の涙が濡らした床はもう乾ききり、一陣の眠気が瞼を掠める。そのままゆっくりと、幾日ぶりの、眠りの世界へ……




* * *




『能力』……この世界に生を受けた生命体に与えられる、一発逆転のチャンス。

文献によって「深層思念の具現化」だとか「欲望の発露」だとか、色々と説は分かれているが、人の心の働きが起こす超常現象の類……というのが世間一般の認識である。


能力内容だけでなく、発現時期にも個体差があり、「一生発現しなかった」という例も少なくない。僕は世間一般の感覚で言えば「幸運」な方……つまりは能力を発現させた側にあたる。


しかし、誰が言ったか。「力にはそれ相応の責任が伴う」……と。


責任だけが僕の身に牙を剥くとは、運命はなんと残酷だろうか。




* * *




後方は壁。行き止まりの路地で僕は囲まれている。


「反抗する気かぁこの野郎!」

「黙って金だけ置いていきやがれチビがァ!」


空っぽの財布を握りしめ、なけなしの闘争心を振り絞り、不良共を睨みつけた。眼には恐怖のあまり涙が溢れかけているが、それでも懸命に立っていた。

この日、僕は初めて反抗することを選んだ。


「痛い目見ねぇと分かんねぇのかぁ?ああん!?」

「……!」


リーダー格の不良が近寄る。と同時に胸倉を掴み壁に押し付けた。抵抗できない。


「お前さ、何日支払ってないか分かってんの?」

「……」

「二週間だぜ?二週間」

「……」

「その間こっちも兄ちゃんにパチ代払えてねーの。困るんだわ」

「……で、でも」

「黙れ、しゃべんな」


ギラリと光る眼に気圧され、全身が震え上がる感覚を覚えた。


実際もう僕の貯金残高は0だ。

誕生日、降臨祭、あらゆる祝祭のプレゼントを換金して手に入れた金が全部尽きてしまった今、僕はどうゆすられようが支払い不可能の素寒貧である。


「どうやら身の程が分かってないらしい。一回痛い目見とくか」

「……ちょっ」

「おい、ブツを出せ」

「了解ィ」


部下の不良がカバンから段ボール製の細長い板を取り出したと思ったら、そこから出てきたのはキッチンで見る例の刃物だった。

反射した鈍い光は、自分がどういう状況に置かれているのかを知らせるには十分なほど無慈悲な輝きだった。


刃物が目の前に突き出される。


「だ、だって払えな……」

「しゃべんなっつったろ、これは罰だ」

「う……」

「金出さねぇ財布は財布として使えねーだろ?」

「心優しい俺たちが、自発的に金出せるようにしてやっから」

「出さねーと死ぬんだけどな?」


悪魔たちはゲラゲラと笑っている。その笑みには若干の怒りも浮かんで見えた。

リーダーが凶器をぐいと近づけてくる。


「ほら、こうやったらどうなるかなァ」

「いっ!?」


右頬に一筋の痛みが走る。涙の堤防は決壊し、熱い液体が頬をつたう。それが血なのか涙なのかは僕には分からないことだ。


かき集めてきた闘争心は蜘蛛の子を散らしたように逃げ失せ、果てしない絶望と恐怖が洪水のように襲ってきた。

もはや両足に立つ力はなく、掴まれた胸倉に吊り下がる形だ。


僕……死ぬのかな?


今までの自分の何が駄目だっただろう。

親友だと思っていたアイツに売られた時……全身傷だらけで帰った後、家族に言えずごまかした時……自転車を壊したことを母さんに謝った時……買いたい参考書があると父さんに嘘をついて金をもらった時……最初に不良に屈してしまった時……


金持ちの一人息子として、生まれた時……


走馬灯のように流れ去った記憶の中に、現状を打開するような何かは無かった。

痛みのせいで思考はまとまらず、涙のせいで視界もぼやけ、ただ訳のわからない言葉をまくし立てている不良共の声がするのみだ。


運命に抗えない事を知った僕は、ただぼんやり、「死」という文字を思い浮かべたまま、その意識を途切れさせ……


ここからの記憶は無い。




* * *




目が覚めた時、まず頭がくらくらした。

ようやく視界がはっきりしてくると、自分が瓦礫の上に座っていることに気付いた。

ふと自分の頭を触った。


べっとりした何かが付着した。


手を見た。


真っ赤だった。


そこでやっと自分が何者かにもたれかかっている事に気が付いた。

半ばパニック状態の自分を、大男が睨んでいた。


「やいチビ、立て」

「……だ……だれ……僕は……」


鬼のような顔をした男だった。胸には騎士団の徽章が付いている。


「これからテロリストを護送する。抵抗すると殺すぞ」


新聖暦614年、11月3日……僕は犯罪者になった。

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