彼女の詩(うた)2
記憶を失った彼の目がとても凪いでいて、初めて会った時のことを思い出させた。
とても紳士的で、彼は戻ってくるとすぐに婚約を解消してくれた。
もう彼に拘束されることもない。
会わなくてもいい。
それはとても心地よいことのはずだった。
婚約を解消されても、私は野暮ったい女。
新しい縁談が飛び込んでくることはない。
兄が正式に家に入ることになり、もう跡取りも心配ない。
だから、私は修道院に入るつもりだった。
兄にそれを言うと悲しい顔をされ、ずっと家にいるように説得された。
それはできない。
兄の奥方の邪魔はしたくない。
兄は私が辛い時ずっと一緒にいてくれた。
これ以上迷惑をかけられない。
一人で屋敷にいると兄が心配して外に連れて行ってくれた。
その時、時折彼を見かける。
すっかり雰囲気が変わっていた。
私が好きだった彼のようだった。
けれども、彼の目には私への想いは何一つない。
視線を合わせようともしない。
彼は記憶と共に私への忌まわしい執着心も消えてしまったらしい。
それを私は欲しかったのかな。
彼を目で追ってしまう、自分が嫌で堪らない。
彼を好きな気持ちは消えたはずだった。
だけど、本当は消えてなかった。
おかしな話。
彼は私への想い、記憶、それらをすべて失い、私は彼への想いを取り戻した。
おかしくて笑いたくなる。
兄の前では平静を保っているけど、部屋に戻るとおかしくて泣いてしまうことがあった。
「兄上、やはり修道院に行かせてもらえませんか?兄上にも縁談が沢山持ち込まれています。早くお相手を決められたほうがいいでしょう」
「修道院にはいかせない。どうしてこの家にいたくない?あの男のせい?」
「そんなことあるわけないでしょう?私は兄上の邪魔をしたくないのです」
なぜ、彼のことが出てくるのか。
私が彼から逃げたくて堪らないと泣きついたのを、兄は知っているのに。
人の心は移り変わりが激しい。
本当?
私の無くしたと思った想いは、消えてなくったわけじゃない。
私の心は変わっていなかった。




