彼の詩(うた)2
俺は何も覚えていない。
目が覚ますと、病院にいた。
心配そうに見ている男が一人。
彼は俺の婚約者の兄だそうだ。
婚約者、そんな存在がいることも驚く。
戦争が終わり、街へ戻った。
俺の婚約者が待っていた。
俺を見て驚いた顔をしていたけど、そこに愛は見当たらない。
ああ、俺の婚約者は俺のことが好きではないのだろう。
それが分かった。
だから、俺は婚約を解消したほうがいいと思った。
でも記憶を失う前の俺が婚約を解消していないということは、何らかの事情があるのだろう。
そう思って、俺は自分のことを調べることにした。
俺は最低な男だった。
彼女を酷く傷つけたが、彼女を執着し、婚約解消できなかったらしい。
俺はすぐに婚約解消の手続きを取った。
彼女にいい縁が来るように願った。
俺は片目しか見えなかったが、書類を書くことには不便はない。
だから文官を目指した。
以前の俺は、書類の仕事をするのが嫌いだったらしい。
だから、両親は驚いた。
両親とは言っても、俺は記憶がないから不思議な気持ちだ。
彼女は幼馴染であったため、屋敷の周辺で彼女を見かけることがあった。
俺に付き添ってくれた兄が、彼女の側によくいた。
俺は彼女を長く婚約者として拘束していたので、彼女の婚約話が進まないことを心配して、さりげなく兄へ聞いてみた。
彼は曖昧に笑っただけだった。
「心配じゃないのか」
「心配だよ。だけど、彼女の意に沿わないことはできないから」
兄は寂しく笑う。
それは兄というより、彼女を想う男の顔に見えた。
「お前は彼女が好きなのか」
「ああ」
好きという意味は兄としての意味ではないだろう。
鈍い俺でもわかった。
なんだろう。
胸が軋む。
「君は本当に記憶を失ったままなのか?」
「そうだ」
記憶は戻らない。
今となっては戻ってほしくない。
嫌なことばかりだ。
忘れていたい。
きっと、前の俺はそう思って、無茶なことをしたんだろう。
「もう、彼女への想いはないのか?」
そう聞かれて、俺は答えられなかった。
考えたことがなかったからだ。
彼女を見たくない。
視界にいれたくない。
思い出したくないから。




