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第二章_中編

「許可下りましたよー班長ぉー。」

東方向より声有り。複雑な凹凸を持つ斜面及び乱雑に生え並ぶ樹木が声を反射・回折させ、和音の様な響きを作る。実に短く簡素なオーケストラは作業開始のファンファーレとなる。

その吉報が向かう先は言葉にもあった班長、僕の右手側に立つこの桜スコーロ班長である。体の向きを東へ向け、渡されたボードを手に取り黙読する彼は、言わば今日の教育係であり、一時的な直属の上司と言える方だ。

確認の終えたボードは現在の彼の左側、即ち同じ班のジェスタへと回覧板の様に回される。

一呼吸置いて班長が指示を出す。

「えーでは事前に伝えていた通り、これより奈翁烏の殲滅を行います。それに際し、一部品種の樹木の伐採許可が下りています。各自持ち場に付いて安全な作業手順を守って丁寧で的確な作業をを開始してください。巡君は私と伐採作業に入ります。」

ある者は万が一にでも一般人が立ち入らないように山道の入口を見張る。

ある者は猟銃を手に取り上空へ目を光らせる。

ある者はラップトップコンピューターを取り出し何かを入力する。

ある者...というか僕は前もって用意していた鋸を、一方の班長はチェーンソーを構える。

「じゃあ私はこの木を伐るので、巡君はここから西へ2.4m北へ3.0mの地点にあるあの細い木を伐ってください。伐り終わったら一度その場で動かず待機し、次の指示を待ってください。鋸の使い方に関しては先程言った通り、自分の腕や脚を切らないように注意しながら自身の体と垂直方向へ動かしてください。焦る必要はありません。一日に一本伐れれば良い方です。」

やたらと確実性を持たせた指示を出した彼の手にあるチェーンソーを見て少し羨む。

こんな予算の都合で使い続けられているであろう朽ちた柄をテープで巻いたような鋸なんかよりも、あちらの手入れの行き届いたチェーンソーの方が良かった。

文句を考えても仕方ない。道具の扱いに慣れていない素人が危険性の非常に高いチェーンソーを握ろうものなら、キックバックによる死は免れないであろう。

それにそもそもあのチェーンソーはスコーロ班長の私物なのだから、それをスコーロ班長が使うことに何の不条理もない。

「では今より木の伐採を開始します。」

目の前にあるのは太さ10cmもないと思われる細い幹を持ち、緩やかなうねりでもってその生涯を示す若木。

そこへ刃を右下へ向けた状態で鋸を当てる。刃を水平に当てないのは、伐り進めたときにどの方向へ木が倒れるかがわからないからだ。

こうして斜めに当てさえすれば、後におよそ右側に幹が倒れるであろうことは容易く想定できる。このやり方が正しいかどうかは知らない。ほぼ勘でやっている。

そんな右側へ視線を向ける。

「倒木方向安全確認ヨシ。」

誰もいないことを確認し、人差し指を向ける。

儀式の終えた手で改めて鋸を握り、前後へ動かす。押すときは弱く、引くときは強くの基本を意識して木を伐っていく。

<刃が幹を削る音>

足元に落ちる木屑が今の仕事の進捗状況を表す。ならば、その値は非常に小さい。

思っていたよりも木というのは固く、金属製であるはずの鋸は無力さすらも感じていた。

それでも削り続けなければならない。これに給料が発生しているのだから。

<刃が幹を削る音>

ゆったりと流れる春の風が木屑の落ちる位置を修正する。

そんな大気の揺らぎに合わせて腕を揺らす。

こうして腕を動かしていると、脳は余計なことを考え始めてしまう。

<刃が幹を削る音>

今年の春は本当に穏やかだ。去年の春は本当に暑かった。

エアコンの機能が半分死んでいるあの部屋にいては命に関わると、そう肉体が訴えかけて来たものだ。

県立図書館、彼には何度命を救われたことだろうか。感謝の数は両の手には収まらない。

<刃が幹を削る音>

この調子なら今日も暁を覚えずに済みそうだ。

そうだなぁ。でもこれから暑くなることを考えれば、今のうちに新しいエアコンの目星でも付けておこうか。

きっと人生にはこうやって無駄なことを考える時間が必要なのかもしてない。

<刃が幹を削る音>

うーん。まだ伐れないの?

かなりの時間、体感で言うならば30分はこうしてずっと鋸を動かし続けている。

流石に腕へ蓄積された疲労を感じられるまでに至った。

<刃が幹を削る音>

なのに全然作業は進まない。

やっと1cm削られたかどうかというレベルである。

疲れた腕と精神を休める為にも一旦手を離し、周囲の状況を確認する。

南南東方向距離12mの地点でスコーロ班長がちょうど木を切り倒す瞬間だった。

<木が倒れる音>

「狙撃開始。」

木が倒れると同時に木の中から十数羽の奈翁烏が飛び出て来る。

それと同じくして猟銃を構えていた班員が飛び去る奈翁烏へ弾丸を当てる。

次々と撃ち落とされる死体を一人の班員がトングで回収し黒い遮光袋へ入れていく。

中には弾丸の雨の中を潜り抜け森の外へ出ようとする烏も当然いる。

<銃声>

すると今度は森の外からの狙撃により逃げた烏も撃ち落とされる。

そういえば山道の入口で見張りをしに行った班員も猟銃を持っていたっけか。

こうして少しづつでも烏たちの住処を奪うことで隠れている個体全てを殲滅している。

だがいくら外来生物を駆除するためとはいえ、肝心の守るべき自然すらも破壊することは本末転倒ではないかと思ったのだが。

「外来生物と一口に言ってもその実態は様々だよ。中には当然植物も含まれる。今日伐る木々はその一例に過ぎないってことだねぇ。」

と、ここに来る前にあのー、誰だっけ。まぁ班員の人が言っていた。

確かに言われてみれば伐採許可の下りた木の品種の名前が全てカタカナで記載されていた。

遠目で見ただけなので具体的には何と書かれていたかまでは把握していないが、少なくとも日本原産の品種ならば、その名前が漢字による表記になっているはず。

振り返っていた体を元に戻す。

「...やるか。」

再び鋸の持ち手に対する接触面を発生させる。

この鋼鉄が如き強度を誇るこの樹木もまた外来生物なのだ。

うん、こんなに硬い木となれば木を利用する他の生物も、しかも上を見上げれば木の実らしき姿もないこの木は他の樹木の育つための場所を占領した上に、鳥たちの餌すらも供給しない邪魔者でしかないということが理解できる。

<刃が幹を削る音>

もう全然駄目。

幹が固すぎて全然刃が進まない。

どんなに志を高く持ったとしても無理な物は無理。

これでは本当に一日かけて一本伐れればヨシという達成度になってしまいかねない。

「この鋸はねー。普通のとはちょっと使い方が一味違うのさ。境君。」

背後から話しかけられる。名前は最初に呼び掛けて欲しかった感はある。

えー、この人はー、あー、さっきなんか色々教えてくれた人!!

名前はわからない。それでもわかることはある。

一向に作業の進まない僕を見かねて何かしらのアドバイスを与えようとしているのだろうと。

「であれば是非その使い方の指導願います。」

何とか名前を呼ばずに適切な返答ができただろう。

ここで反発等はしてはならない。僕はあくまで新人なのだから、周りからされる余計なお世話には嬉々として受け入れるべきなのだ。

相手の視線、手の動きから何をしようとしているのかを常に探りつつ適切な行動を取る。

今回で言うならば、相手は手を動かさず重心がそのまま維持されているところから口頭による説明を行おうとしていることがわかる。

「そうだねぇ。まず君が今手に持っているその鋸の持ち手部分に二十面体の水晶のような物があるのがわかるかい。そう。ちょうどその右手親指のところのそれだよ。いわゆるアルカナ武器に共通する特徴だから覚えておくと良い。」

アルカナ、最近聞いた言葉だ。

思い出す。以前この山に調査に来た際、アニスィアが手からアルカナ能力と称される光る矢を出していた。

その時確かこれと似た様な形状の石が埋め込まれた腕輪をしていた。

これまでの話を総合して推測するならば。

「つまりアルカナ能力とはこの石を媒介に行われる事象を指す言葉だねぇ。残念なことにそう簡単に量産できる代物ではないからして、今うちにあるアルカナ武器はこういう使い古された物しかないのだよ。大切に使ってくれ。」

そういうことになる。

予想を的中させたことによる喜びと、これから起こるであろう出来事に身構える。

経験から言う。こういうタイプはここからが長いのだ。

...

......

.........

本当に長かった。

説明を聞きながらも尚、時間はただ無慈悲に過ぎていく。

頭の上を通り過ぎ、再び傾き始めた太陽が話の長さの証明となる。

「とまぁ基本的知識はこんなもんかなぁ。」

やっと終わった。

正直理解に関して言えばできている自信がまるでない。

科学知識と言えるものは何か光合成がどうこうとか塩酸に鉄を入れると溶けるとかその程度の物しか元々持っていない。

そんな僕に陽力場が体内の水分に含まれる水素の...あー、なんて言ってたっけ。

「よくわかりました(大嘘)。教えていただきありがとうございます。」

細かいことはいいや。

とりあえず今この手にある鋸の使い方の把握はできた。

揺れる背中を見せながら去る彼に僅かな感謝をする。

一旦通常の鋸としての使い方を野山に不法投棄し、アルカナ武器としての鋸を降ろす。

<鋸が幹を削る音>

先刻までの僕はただの一匹のシロアリである。

集団でこそ生きるシロアリの中にいるただの一匹のシロアリ。

その弱く小さな顎にできることと言えば木をほんの少し削り取るだけ。

それが先程までの僕であった。

<木が折れ倒れる音>

今の僕は集団となったシロアリ、もはやこの腕こそがチェーンソーである。

今日の仕事は木を伐ることではない。ネギを切ることであった。

ほんの少し刃を当てて引く。それだけでネギは切れる。

アルカナ武器とはこれほどまでに簡単に鋼の幹を伐れるものであったのか。そりゃあ守秘義務も発生するものだ。

「うーん。これは流石に想定外だねぇ。たった今レクチャーを終えたばかりだというのに。もう使い方を覚えたのかい。というかどうやったんだい。どんなに理論を暗記し理解したとしても使いこなすかどうかなんて別問題だとばかり思っていたんだがねぇ。これは考え方を一度改めた方が良さそうだ。天才は居る。うん。」

立ち去ろうとしていたはずの同僚は音によってその道を反転させる。

彼は僕の行動により新たな知見を得て、その思考をアップデートしたようだ。

ならば僕も考え方を改めよう。

アルカナ武器とは誰でも簡単に強大な力の扱えるチート武器などではなく単純に僕が初めて握った道具をその日のうちに使いこなせる天才であると。

「そ、そんなにすごいことだったんですか。ただ本当に言われた通りに使っただけなのですが。」

なんか嫌味みたいになってしまった。

謙遜と嫌味は表裏一体。ここはむしろ誇らしく振舞うべきであったか。

もし次の機会があったのであればそうしよう。

"ありがとうございます。これも丁寧なご指導が僕との相性が良かったからでしょう。"とか。

「いやーすごいことだよ。普段生きてる中で力場に関して意識しながら生きている人なんてまずいないからねぇ。初日からそんな、いや、そういえば君は猟銃も使い始めた本番初日から使いこなしていたからねぇ。経験して覚えるべきものを経験なくして覚えられる才能でもあるんじゃないかな。」

確かにそうだ。

この仕事に就いてからというもの、一度周辺知識さえ頭に入れてしまえば、感覚的な要素は勝手に着いて来た。

それが僕の才能であるというのであれば全て納得がいく。

湧き上がる興奮。これはこれから訪れるであろう未来への期待。第一線で活躍する自分の姿。

「ではこの調子で次々に木を伐採していきますよ。」

綺麗なガッツポーズを決める。

仕事がうまくいくというのは本当に気分がいい。

ああ、非常に気分が高揚する。

だからだろう、反応が遅れたのは。

<鋸が爪に弾かれる音>

何かに襲われる。そんな予感がとっさに鋸で頭を守らせた。けれどもその衝撃は抑えきることができず、鋸を強く弾き飛ばした。

飛ばされた鋸が向かう先、それは僕の頭である。

幸いにもぶつかったのは鋸の刃ではなくその側面であった為、気絶するに留まった。

木を失う直前に見た黒い影は、確か...

...

......

.........

変化は嫌いだ。変化とはいつも私の世界を混沌へと堕とす。

熱力学の第二法則というものがある。

曰く、世界とは徐々に秩序を失い、混沌へと向かう、と。

混沌を秩序へと向かわせるにはそれ相応のエネルギーを必要とする。

「全体臨戦態勢へ移行せよ。」

多大なエネルギーを浪費させた大声を出さざる負えなかった。

本来声とは、声量よりも発音の正確性を重視して発せられるべきものである。

でなければ、会話において最も重要である"想いを伝える"が困難となってしまう。

それでも尚やる意味があった。

「「了解。」」

砂漠熊の奇襲により混乱という混沌が、私の指示により冷静さという秩序が取り戻されたのだから。

現状こちらの被害は一人、新人の境君が真っ先にやられてしまった。

やられたとはいえ、とっさに頭を優先して守ったのはいい判断だ。

もし生きていたら、そして生きて帰れたならば後で何か称賛の言葉を掛けねばなるまい。

「矢札。境君の生死を確認せよ。伊藤と松本は砂漠熊の目を潰す為、左右から撃ち続けよ。岸本副班長は私と共に正面から迎え撃つ。」

現状私の持つ道具の中で最大の攻撃力を持つ物、即ちチェーンソーから安全装置を破壊する。

この命燈社製チェーンソーとは本来樹木以外の物を切れないように安全装置が付いている。

当然熊を切ることなど推奨される用途ではないことなど説明書の1ページ目にすら書いてある。

だが班員の命を預かる現状に限り、優先度に於いて劣る。常識とは命の下にある。

「報告。境巡、生存。意識なし。」

不幸中の幸いここにあり。

生きているなら次がある。生きているから成長がある。

今日ここで勝てなくとも、明日再びここへ来て勝てばよい。

得た情報を元に方針を決定する。

「報告感謝する。矢札は境君を連れて撤退せよ。」

もし生きていないとしたら、死体はここに置き去りにするつもりだった。

一般的な、社会的な感性として死体は持ち帰り葬儀を挙げること、それが人間にとっての尊厳とされる。

普段ならそうしただろう。

だが今回は相手が相手、可能な限り生存率を上げる方向での判断を行う。

「了解。矢札技術主任並びに境班員、撤退します。」

二人は風になる。

相変わらずデスクワークを主体とする研究員とは思えないほどの俊敏な逃げ足だ。

あれでなければ今日まで生き残れないと、それは言い過ぎか。

さて。

「発砲します。」

伊藤と松本が宣言通り同時に発砲する。

放たれた弾丸は真っ直ぐ砂漠熊に命中する。

無音。

分厚く、柔軟性のある毛皮は弾丸の音を完全に吸収してしまう。

「外したか。」

伊藤が苦悶の表情を浮かべる。

この外した、という文言は決して弾丸が奴に命中しなかったことを意味する物ではない。

これは目を狙って撃ったことを前提とする発言だ。

あの光吸い込む漆黒の毛皮の前では、その目がどこにあるのか全く判断できない。

「落ち着け、次を込めるぞ。」

松本が大きく出る。

私はチェーンソーを大きく振り回し、砂漠熊の意識が二人へ向かないようにする。

無論この行為は自らの命を危険へと晒す行為に他ならない。

故、次に訪れる事象は。

「「班長」」

先程まで元気に動き回っていたチェーンソーは原型を失った。

それ同時に後方へと吹き飛ばされた腕が私の右肩を外す。

苦痛と喪失に耐える。

ここで耐えねば次に狙われるのは二人だからこそ耐える。

「問題ない。撃て。」

私の一声に部分的冷静さを取り戻した二人はすぐさま銃を構える。

野生動物というのはその大半が臆病だ。

そうやって様子を見ている隙にとにかく一発でも多く弾丸を打ち込み、その一発でも目か鼻に当たれば良し。

「発砲します。」

その宣言に合わせ、私は一歩後ろに下がる。

流れ弾に当たることは、少なくとも戦闘の序盤には避けるべきことである。

放たれた二発の弾丸は、またしても毛皮に吸収された。

だがそれは内の一発だ。

「報告。目を一つ潰しました。」

苦しみもがく砂漠熊を前に伊藤が叫ぶ。

まずは一つ、されど一つ。

的確に討伐へと近づいているその事実は、調子に乗りやすい松本の浮足を機能させた。

狙撃手は敵に近づき過ぎてはならない。

その当たり前に守られるべき定石は今、崩れ去った。

「下がれ松本。」

すぐさま叫んだ。

何せ松本が腰からサバイバルナイフを取り出したのだから。

ナイフの持つ金属光沢が砂漠熊の視線を独占する。

血だ。

「うわああああああ。」

松本の腹部から、背中から血が流れだす。

完全に貫通している。

パニック状態になった松本は握ったナイフを何度も何度も砂漠熊へ突き立てる。

せいぜい刃渡り30cm程度しかないサバイバルナイフではとても致命傷にはならない。

「伊藤、出るな。」

この状況に於いて、仲間想いというのは悪しきことだ。

犠牲者の数を一人から三人に増やすという点で、だ。

だが案外この状況は最悪という程悪くはない。

確かに今松本は犠牲にはなっている。

しかし遠方からチマチマ狙撃するよりも、ああやって敵にしがみついて...いや、実際にはしがみついているのではなく、ブレスレットの様に前足に貫かれているだけではある。

「落ち着け。今の状況を利用し、更なる追撃を行う。次弾の用意をしろ。」

実際、今見ていた範囲でも、松本のナイフは奴の眼球を二つほど潰している。

平均しておよそ5~7個の目を持つ砂漠熊相手にはまだ足りないと言えるところではあるが、猟銃よりは圧倒的に効率よくダメージを与えている。

私も素早く駆け、猟銃を右手に持つ。

弾丸を10発程度左手に持ち準備する。

「撃て。」

流れ弾が松本に当たる心配はしない。

どうせ死ぬのだ。

とにかく今は効率よく砂漠熊へダメージを与えることを優先する。

相手の鼻があるであろうポイント目掛けて発砲する。

「班長...助け...あ。」

松本が絶命する。

その代わりにこちらは相手の目を4つと鼻を奪えた。

申し分ない結果と言える。

それだけではない。

「次弾装填。」

砂漠熊は左前腕を激しく振り回す。

腕にはまった死体が邪魔なのだろう。

外そうと木に擦り付けたり、地面に叩きつけるなどして対応している。

銃という遠距離攻撃手段を持つ我々にしてみれば、非常に隙だらけと言える。

「撃て。」

敵が動き回る分多少狙いにくくはなっているものの、そのデメリットを上回る利点がある。

冷静に弾丸を込め、撃つ。

そのサイクルを安全に行える。

とは言え、そのボーナスタイムも永遠ではない。

「よし、伊藤。私は再度囮になる。その間お前は攻撃に集中しろ。」

先程拾ったこの鋸を、ああこれは確か境君に渡していた鋸だ。

なるほど、ここまで飛ばされていたのか。

とまぁそんなことはどうでもいいとして、これはかなり有用だ。

なにせチェーンソーとは違って平たい金属面を持つ。

「ほらこっちだ。」

真上よりやや南西から真っ直ぐ伸びる日光は、私の振り回す鋸によって反射される。

まずは相手の左半身へ向けて光を当てる。

先程まで松本がナイフを滅多刺しにしていた側である。

慎重に、且つ素早く光を当て、反応を見る。

「よし、伊藤。奴の左目は全て潰れている。」

それを聞いた伊藤はすぐさま敵の右側へ走る。

はっきり言って生き延びること、敵を倒すことを優先に考えるならば愚かな行為だ。

そんなもの敵の死角から地道に攻撃していけばいいのだから。

だがそんな前提は今回の状況に於いては成立しない。

「班長、やはり対象はまるで弱っておりません。今の残り弾数では目を潰すのが限界かと思われます。」

弾数以前に、高が猟銃では砂漠熊の表層に傷を付けるのが精一杯なのだ。

分厚い毛皮もそうなのだが、全身を覆う筋肉の鎧は草食動物を狩ることを想定して作られた猟銃には出力不足でしかない。

そんな事前に資料を読み込んでいれば理解できる内容を伊藤はわざわざ宣言した。

その言葉の裏には今すぐ撤退したいという意思が隠されている。

「ああ、では全ての目と鼻を潰し、奴の索敵能力を完全に奪った後、撤退しよう。」

我ながら無茶を言う。

こんなもの、ほとんど死ねと言っているような物ではないか。

わかるさ。

私の生存本能もまた、敵前逃亡でも何でもやってとにかく帰りたいと言っている。

「...了解。」

伊藤は飲み込んだ。

本来最も優先すべき項目である自身の生存と、背中に控える人々の暮らしを天秤にかけ、それを無理やり傾けた。

私達が常日頃行うその不条理があってこその今の世界。

そして今、世界を維持するための次の一手が打たれる。

「右頬中央部より上方へ9cm、右耳より前方へ11cm地点に眼球有。伊藤。撃て。」

明確に砂漠熊が右手で顔を覆う。

奴に眩しいという感性があって本当に良かった。

砂漠熊が右手を自由に戻すと当時に伊藤が発砲する。

血しぶきの飛び方で断定される事実、しかりと眼球へ当たった。

「...」

もはや伊藤は何も言わない。

黙って弾を込め、黙って銃を構え、黙って撃つ。

もうここには私達の二人しか居ないのだ。

一回一回コールせずとも流れ弾を気にする人数ではないという判断だろう。

「次、右前腕部根本。」

私ももう最低限しか言葉にしない。

私と伊藤は同じチームに編成されてからもう半年になる。

一般的に見れば非常に短い期間でしかないようにも思える。

けれどもこの外来生物課討伐班という圧倒的殉職率の高い役職に於いては違う。

「次、頚椎右6cm、胸骨上15cm。」

既にいくつもの修羅場を潜り抜けてきたからこそのチームワーク力がある。

生き残るか否かなど、この戦いが終わった後で考えればよい。

そしてその終わりは明確に近づいている。

さて、そろそろ離脱へ向けて動くか。

やっぱこれ後編じゃなくて中編にしたろ。

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