第86話 童貞じゃねぇし
これって新しくない? だとかこういうの格好いいよねって言うのは得てして描写が難しいとわかっていたつもりなのに
~フォーリン・カーズ~
「ヘイ! お嬢さんお茶しな……ごめんなさい銃つきつけないでて言うかそんなでっかいのどこにしまってたの? ああ、そのおっきなおっぱいあいたぁーっ! 待って撃たないで謝るから! ねッ!?」
「あー、ちょっと一緒にお茶でも……先約? ああ、ならすまない、一人でいたからいけるかなって思って……待ったどこから出てきたてめぇらあれか貴様らは提燈鮟鱇か何かか!? ちっ、脅迫には屈しないと決めている!」
街に繰り出しナンパを始めた二人に待っていたのはどうしようもない運の悪さだった。二人組みだと怖がられるかもと単独行動に切り替えて待ち合わせ場所のカフェだけ決めてそれぞれ自由な狩りを始めたはいいが、声をかけたら銃突きつけてくるトリガーハッピー、一人で歩いていたからと思って声をかけると柄の悪い無駄に屈強な男共が藁藁と出てくる。そんな正直何かに憑かれてるんじゃないかと疑うレベルの女運の悪さを露呈しながら町を彷徨い、二人はばったりと鉢合わせる。因みに鉢合わせるまで二人とも似たような系統にしかひっかからなかった。出雲大社に御祓いに行ったほうがいいレベルである。
「……何その返り血の量」
「こんなのシステムにあったんだな。ま、全部正当防衛だが。あ、軍資金いるか? 妙に大量に集まってさ」
「僕の疵に対するコメントはねーのかちくしょー」
「……やばいな、ロゼとキャラが被るぞ。確実に負ける」
「違うでしょー!? 普通そういう時『どうしたんだ』とかなんかしらの心配する言葉とか掛けれないからお前はチェリーなんだ!」
「……男相手にやっても気持ち悪いだけだろ」
ハルがそうぼそ、と呟いた後も続く無駄に長い癇癪をハルは軽く聞き流しながらある異変に気付く。
「地図」
「は?」
「この町の地図出して、あの路地裏の続く先を調べて。確か行き止まりだった気がするんだ」
「あのゴミ箱が倒れてるとこ? ……確かに行き止まりだけど、どうしたの」
ブラックの答えを聞いてハルはその路地裏に向かって駆け出し、ブラックも慌ててそれを追う。
「どうしたんだよハル! いきなりさぁ!」
「あの先は行き止まり、それなのにどうして外に向けて倒れる? ぶつかっただけだったら内側のはず」
「外側へ引き返したときにぶつけたんだろ! なあ、なんだってんだよ!」
「嫌な予感がするんだ。例えるならロゼとの特訓中に不意にロゼがスパルタモード入ったときみたいな」
「それ近づいちゃ駄目な奴じゃ!?」
「襲われてる人とかがいるかもしれない。不幸を放っては置けない」
「……まったく! 仕方ないなあ今度奢れ!」
「来たくなければ来なくて良いよ?」
「そんなに奢りたくないかてめえ」
かっこつけた途端にハルがすっとぼけた返答を返し、ブラックは思わず顔を引きつらせながら精一杯の強がりを返す。そんなやりとりをしている間に声が聞こえてくる。
「なっ、は、はなしなさいよぉっ」
「怯えた声で言おうが誰にも聞こえやしないし誰も通りかからない。声が上に逃げやすいし誰もが行き止まりだということをわかっているからね。ここまで来る馬鹿はいない……見ているのは沈みかけの太陽程度さ」
壁に掴まれた腕を押し付けられまともに身動きの出来ない黒髪の少女がか細い声を張って精一杯の虚勢を張るも、腕を掴んだ長身のブロンドヘアの男は少女に顔を近づけながら不適に笑う。その笑みは声とともに飛んで来た石礫によってかき消されるのだが。
「ほぉーぅ? じゃあ俺は馬鹿だということか?」
「馬鹿だろ根拠になってない根拠で来てドンピシャなんて」
石礫が男に着弾したとほぼ同時にハルは男のわき腹に前蹴りを入れて男をくの字に曲げながら吹き飛ばしつつ少女と男の間に着地、遅れてきたブラックも少女を庇うようにして男の方へ向かい立つ。
「ま、太陽も月も出ちゃいない黄昏時、悪事を見ているのは闇だけだ。ならば、闇が裁かなければならないだろう?」
「金色の闇……なんだろ、究極の闇とかって黒いよな。何でお前金色なんだよ」
「いろいろとお前は全くもー」
流石に守る戦いで槍振り回すのはどうかと思ったのかハルはインベントリから片刃の剣を取り出し構え、ブラックは腰のポーチに手を突っ込んだ後しばらく弄ると準備を追えたのか腰を深く落した構えをとる。ポーチに手を突っ込んだまま、だ。
「ふむ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、という諺を知らないのか?」
「そこまで言ったなら地獄に落ちるまで言い切れよ。ていうかどう考えてもどう見ても婦女暴行の現場だったけど?」
「ふん、童貞が。壁ドン、という言葉を知っているかね?」
冷静に受け答えをしていたハルだが男のこの言葉に一瞬で瞳孔を全開にして男の懐に踏み込む。
「童貞じゃねぇし! そもそも、壁ドンなんざ少女マンガの中だけのもので現実にやったらよっぽど顔が良くなけりゃ無様なだけですぅー! ってか漫画の情報鵜呑みにしてるほうが童貞だろうがこのチェリー!」
「そうむきになるのが童貞の証拠というじゃないか」
突き出された剣を男は懐から右手で取り出した短刀で受け、左手で腰に帯剣している両刃剣を引き抜き振るう。
ハルは振るわれた剣をバク転で躱しながら後ろで少女を庇うように佇んでいたブラックに怒鳴り声を上げて命令する。
「ブラァック! その娘連れてさっさと逃げろ! こいつなかなかに手練だ!」
「わかった、こっちへ!」
「え、ええ」
ハルは一瞬のやり取りで今戦っている男が中々の使い手だということを把握した上で剣を握りなおして再び男の懐へと飛び込み、ブラックはハルの言葉を受けて少女の手をとって大通りへと走り出す。
「追う様子すら見せねぇな。何が目的だ?」
「追わないほうが捕まえやすい。一人より二人、二人よりも三人というじゃないか」
「まさ……!?」
ハルが男の言葉に踵を返してブラックたちを追おうとするものの、背後から切りかかってきた男の刃をまたも振り返りながら剣で受け止め、男のほうへ押し込むようにして抑え込む。空いた左手で短刀を掴んで抑えるのも忘れない。
「ちっ、お前の目的も足止めか!」
「そういうことだ。労せず相手の一番の腕利きがここで踏鞴を踏んでくれるそうじゃないか。それを利用しない手はないだろう? ああ、名乗るのが遅れていた。私はリード。よろしく童貞君」
「ハン、俺の名はハル。童貞じゃねぇ。冥土の土産にとっときな!」
―――――
「ふぅー。ハルがやってんなら問題はないだろうし。ネェ、アンタどこに降りたい?」
建物の壁を蹴り、手を引いたまま中空へと飛び出し建物の屋根へと着地したブラックは少女の方を向き、優しく受け止めながら問うと、少女はブラックの胸の中で小刻みに震えていた。
「ちょ、ちょっと」
「んぅ? ああ、残してきた奴なら大丈夫。巻き込まないために離しただけだろうから。直ぐにとっちめて戻ってくるさ」
「ち、違くてっ!」
少女はブラックの肩越しに空を指して叫んだ。
「上! 後ろから!」
「アアン?」
空からいきなり“飛び降りて”きた敵の気配を察し、ブラックは少女に見えないように見上げながらも敵の方へは一瞥もくれずに悪態をつく。
飛び降りてきた敵はそのままそれぞれの得物を振り下ろす。
が。
「……!?」
「無個性の有象無象の無能如きがこのボク! ブラック、バッド・バードに疵一つでもつけられるとでも?」
振り下ろされた得物は宙に縫い付けられたように動かない。ブラックは宙に浮かぶ透明なピアノの鍵盤を叩くように手を動かす。
「ワイヤーストリングス……」
ブラックの指が見えない鍵盤を叩く度中空に縫い付けられた敵は無軌道に吹き飛ばされ、バラバラだったその隊列を団子の如く一つに纏められた。
「大・圧・殺ッ!」
柏手一発、乾いた音がひびいた途端に敵の一団は哀れ万力の染み。ブラックはその様子を少女に見せないように覆いかぶさりながら高らかに宣言する。
「AMランク15。 ギルド・エレメンツ、クラン・ハンドレッツ所属。宿屋【ストリングス】店主、ブラック・バッド・バード。覚えといたら良い事あるかも。ま、聞こえちゃいねぇだろうけどねぇ」




