第85話 やる気が起きないから
ハルが出てくると基本難産な気がする。
〜長野県・諏訪市 路地裏〜
影があった。その影は波打つ体表、複数の腕から地球人類とは程遠く、絶対的な異物感を奔らせながらビルの合間の路地裏をかけていく。
「なんだ、あの化け物は!? 攻撃してもまるで当たらない、透けてるみたいに! 地球人は特殊な体質を持たないんじゃ!?」
「化け物はどっちさ、ハリスナ星人ヤシァ。スライムみたいな体しといて、人のこと言えんのかよ」
「ヒィ!?」
その影の行く先を遮るように現れたのはAMランク12パルス・イーターであり、ハルの現実の姿である水橋春史であった。
「地球を高飛び先にしないでくれよ犯罪者。星間指名手配なんてものされるってわかってたろ?」
「だ、黙れ! こんな片田舎で、死んで堪るか!」
ヤシァと呼ばれた異星人はその体を伸ばして鞭のように振り回し、春史を叩き潰そうとする。路地裏を多い尽くすほどの表面積を持ったその一撃に、春史は反応一つしない。
「勝った! 死ねぇ!」
そのまま叩き潰されるかと思いきや、その一撃は春史の体をすり抜ける。
「な、何!?」
「ハリスナ星人ヤシァ。強盗殺人および器物損壊諸々で、逮捕させてもらうぜ」
驚くヤシァをよそに、何事もなかったかのように春史は服の内ポケットから【星間犯罪者確保特殊協力員証明書】と書かれた手帳を提示してからまた内ポケットへと収め、その中の銀色の筒へと手の内を入れ替える。そして目の前に見せ付けるように差し出すと同時に筒の側面に付けられたボタンを押すと、筒の両端が急速に伸びて背の丈より少し短い程度の棒へと変わる。よくつっかえないものだ。
そのまま新体操のバトンのようにくるくると軽く回した後棒を肘と背中で挟み込むようにして構え、棒を持ってないほうの腕を相手に伸ばして見得を切る。
「さて、バイト代もボーナスつくな!」
そう、何故春史がこんなことをやっているかというと、簡単に言うとバイトである。元々レイヴンの現実の姿である水野輝がやっていたバイトの一つであるのだが、複数出てきた時対処がしづらいなどの理由で輝の雇い主に春史が目を付けられたのだ。
元々春史は犯罪者を取り締まる警察官を目指している。そこにそこまでの権限こそない上に危険だが警察学校に推薦が出ると聞いた春史は渡りに船とばかりに二つ返事でこのバイトの誘いを受けたのだった。更に給料も高い。
春史の持つ棒はバイトのスポンサーである天道グループの子会社であるHR警備保障の新装備候補の試作品を使っており、両端から電流を流し相手を気絶させることが出来る携帯スタンロッドというべきものであり、いくら特殊な能力をもつ異星人が存在し、犯罪者に対抗しづらかろうと、日本では銃を一般の人間が持つにはテイザーであろうが面倒な手続きが必要であるため一般的な警備員の装備として開発されたものであり、無駄に頑丈だ。しかし、かといって普通の人間が持ったからといってこのような特殊能力を持った異星人相手には効果的とは言いづらい。だが。
「う、上へ!」
「逃がすかよ」
無機物であれば任意ですり抜けることが可能であり、槍術の心得のあって超人的な身体能力を持つ、といった人間が使うのならば下手な銃よりも効果的だ。まあ、そうでもなければ効果的というわけでもないので社内コンペティションで『ビームも反射して叩いても電流を流してしびれさせる上に任意的にその機能を切ることで蓄電能力者相手にも使える盾』に普通に負けたのだが。むしろギャンとゲルググみたいに何か作為的なものを感じたりする。
そんな装備で壁を平然と走って伸ばしたヤシァの腕を叩き落とすと棒を思いっきり振りかぶってヤシァの元へと落ちていく。
「た、助けて!」
「お前が殺して奪ったガイシャに祈ってろ!」
そのまま落下の勢いを載せた面打ちでヤシァの意識は手放され、春史は機械を取り出しヤシァの体に張り付けて起動させ、何処かへと転送する。
「空間連結ってすげぇな、まんまワープだ」
春史は消えていくヤシァの体を眺めながらポケットから携帯端末を取り出し雇い主へと連絡を入れる。
「ハリスナ星人ヤシァ確保完了。確認よろし?」
『良いぞ、確認完了。コンプリートだ、ミズハシ』
連絡に出た相手はカタカタキーボードを鳴らしながら春史の問いに答える。ツッコミ待ちの問いを平然とスルーされ、春史は少し棘のある口調で更に問う。
「公務員って副業禁止じゃ?」
『元特捜チームだからって手伝わされてるだけだ。というか、教職とはいえ俺は公務員じゃあない』
「……あっ、そういや私立か、ウチの学校。学費安いから忘れてた」
春史は頭を掻きながら自らの通う高校の忘れ去っていた事実を思い出す。
「ま、今日はこれであがりでしょ? 休ませてもらうよ」
『おう、また明日学校で。……課題忘れんなよ?』
「そのセリフはタスクに言うべきだよ。俺は課題は済ませるし」
春史はそう言い残して通話を切る。日も暮れかけていて見上げるとビルの上部分が朱く染まっていた。
―――――
~宿屋【ストリングス】~
「……げ、今日から三日間用事入ったって? 一人でレベル上げでもしていようか」
ハルが葉楽、ローゼのしばらく入れないといった内容のメールに目を通したのはクリエイト・ワールドにログインした後だった。待ち合わせのロビーのソファに深く腰掛けながらウィンドウを眺めているハルに後ろから声がかかる。
「おい、ローゼスの奴は入ってこないのか?」
「む、レ、ああ、いや、バッド・バード。その通りでね、リアルのほうで用事らしい」
「ふぅん」
その声の主はAMランク15、バッド・バード。頭のてっぺんだけ跳ねた少し長めの明るい茶髪と、真っ黒な目がとても目に付き、しぐさや体捌きからその中性的な顔の印象、よりも先によく顔の整ったイケメンといった印象の方が先に着く。
「で、こっちでの名前は? まだ知らないんだけど」
「ブラック。弟と対にした。バッドやバードじゃ格好がつかねーからね」
「あいつはヴァイスだろ? シュバルツじゃねぇのかよ」
「僕はドイツがあまり好きでなくってね」
バッド・バード改めブラックはハルの追求に機嫌が悪そうに鼻を鳴らし、前髪を掻き分けながらハルの座っているソファの背もたれに肘を置く。
「好きじゃないって、この宿屋だってどうせ」
「それ以上口にしたら首と胴体が泣き別れだね。やる?」
「お断り……で? わざわざロゼの有無を聞いたって事はなんか誘いたいことでも?」
ハルの問いにブラックはどことなくテンションを上げながら答える。
「ナンパ。顔は悪くないんだからさー。後は喋りが必要だと思うのよ」
「お前彼女いなかったっけ?」
「別れたよ。身勝手ってさー」
「だろうね。俺もそう思うもの」
ひでぇ! と叫ぶブラックを尻目にハルはソファから立ち上がる。それを見たブラックは不思議そうに眉を上げる。
「あら、どしたん?」
「やる事もないんでね。後でレベル上げに付き合うんってんならナンパにも付き合ってやる」
「硬派気取っちゃってー。ま、付き合ってくれるってんならさっさと行きましょ? 目標は最初は小さく一緒のディナー、だね」
「ロゼがいたら断ってそうだなぁ、『やる気が起きないからパスゥ』とかいって」
ハルとブラックは玄関の扉を開けて町へと繰り出す。最初にナンパの成功かどうかを言っておくとある意味成功である意味失敗である。女性を引っ掛けることには成功してもディナーを取れるような状況ではなかったのだから。




