第76話 まあ、そんな時期でしょう
~フィフトハ・リーン~
「ふう」
ローゼはホルスターのベルトの金具をしっかりと留めながら往来で大の字になって横たわるシロウに目を向ける。
「……あのね、いくらショックだからといって」
「……フフフ、ハハハ、ハーッハッハッハッ!」
「うぇっ」
ローゼは人々の邪魔になると思って窘めに近寄るが、予想に反して笑い出したシロウに後ずさる。
「ハッハッハ、フフフウヒヒ、アハハハハ」
「え、何、どしたの、何か悪いものでも食べた?」
まだ笑い終わらずに痙攣しているシロウにローゼは表情を思い切り引きつらせながらもシロウの直ぐ傍でしゃがみこみ、シロウの顔を覗きながら問いかける。
「ち、違うさ、ハハッ、まだ知らない高みがある、それを知れたことがうれしいのさ」
「世界に天井なんかないと思うけれどねぇ」
シロウの言葉にローゼは怪訝な顔をしながらも手を差し伸べる。
「どうでもいいから、起きなよぉ」
「んっ、えっ、ああ、すまない」
シロウは差し出された手を慌ててとって立ち上がる。
「掲示板で噂になってたからな、一度戦ってみたかったのさ」
「腕は信用できたでしょぉ?」
「ああ、噂に違わなかった。ギルド、ガン・ホー・ガンズを一人で倒しきったってのも嘘じゃないみたいだしな」
「え、あれ協力者いたんだけど」
シロウの言葉をローゼは訂正する。実際、ベックという協力者が最終的に王手をかけるための鍵となった認識をローゼが持っているからだ。しかしシロウは不思議そうな顔をしてその訂正に対する見解を述べる。
「居たとしても一人や二人だろう? 実際事の推移を見守っていたイルムさんは『協力者がアレならいてもいなくても変わらん』って言ってたらしいし」
「彼一応幹部二人倒してるんだけどねぇ……ん?」
ローゼは見てたくせにほとんど何も手伝わずに手を貸してくれたベックをぼろくそに貶すイルムに嫌悪感を抱きながら、ベックに対するフォローを入れる。
その時、ふと遠くから蹄が土を叩く音が近づいていることに気がついた。つまり、誰かの来訪を。
「馬の蹄音? 誰だ?」
「んー、いくつある?」
ローゼが馬の音に気付いた事が理解できたシロウはローゼにその数を問う。
「一つ。車輪が軸を擦る音なんかはない。ってことは馬に乗ってるって事か」
「そうか」
ローゼの答えを聞いたシロウは自身の頭の中で答えを出し、周りのギャラリーに号令をかける。
「動け! テンスのトールさんが来るぞ!」
シロウの号令を聞いたエレメンツのメンバー達は一斉に道路の端へと移動し、シロウはローゼの隣へと並ぶ様に立ち、セリオ達は走ってローゼの傍へと寄る。
「何が起こってんの!? 何あいつら皇帝にもなったか!?」
「俺が知るわけがないだろう!?」
走り寄りながら叫ぶハルにローゼは叫び返す。そして、蹄の音は段々とローゼ達へと迫っていき、その音の主が姿を現す。
「……やっぱり、慣れないな」
濃紫の狩衣(神主が着ているあれ)に深紅の大袖が取り付けられ、、漆黒の袴、純白の鉢巻の上には青い鬼の角のような装飾が施された鉢金が当てられている、そんな古風で和風な服装に合わない背中に背負ったメカニカルな大盾と矢羽のような石突の突いた直槍が異様に目立つが、それが不自然というわけではない。色白な肌に色素の薄い銀髪が儚い異界感を醸し出しているからだろうか。別世界ならば不自然が自然となることもある。
そんな風貌のギルド【エレメンツ】、クラン【テンス】所属。【紫電の使徒】トールは自らの乗る白馬の上から通路の端に立ち敬礼を送る下位メンバー達の姿を見て呟く。
「そもそも、友人達で集った小さな集まりだったっていうのに。レイドイベントでそれぞれ活躍したらあれよあれよと四大ギルドとか言うくくりの大御所ギルドの一員。人事丸投げして開拓した街の料理店のシェフやってた僕が言えることじゃないかもしれないけどさー。ヒカルとイルムマジで何やってんだよ……絶対ユウキも丸投げしてるしさー……レン達がこっちに来た時気まずかったの絶対あの二人の所為だよなー……なんだよこれ、軍隊かよ」
一応一切周りにいる人間には聞こえない程度の音量で喋っているからいいが、聞こえていたら色々危険な発言をしていたトールは、道のど真ん中に立っていたローゼ、ハルの姿を見て勢いよく二人のいる位置から目を逸らした。
「(不味い、何故あの二人がここにいる!? 光のは別にいい、女に手を上げる気はないしユイちゃん以外の女性と特に関わるつもりもない! だけどあの人に戦闘スタイルを知られたくないし! ハルがあの人と一緒に行動してるなんて聞いていない! イルムの奴、情報はしっかり渡せと! ……もう引き返せないよねぇ)……襲撃者達の姿は?」
心の中では冷や汗を流しパニックに陥りながらもそれを決して表情に出さず、トールは近くに居たシロウに状況を聞く。
「いえ、トールさん、襲撃者の様子はまだ捉えておりません、今しばらくの猶予はあるかと」
「……年上でしょう? あまり年下にそんな畏まった言葉遣いしなくても」
トールはシロウの言葉遣いに少し顔を顰めながら聞くとシロウは平然と答えた。
「私達エレメンツメンバーは基本的にテンスの皆さん方の強さに憧れて入った奴ばかりです。敬意を払わなくてどうしましょう」
「……はぁ」
トールは短く息を吐くと自らの愛馬から手綱を持ったまま飛び降りる。するとローゼのほうへと近づいてくると目は合わせずに挨拶する。
「……どうも、ローゼスさん」
「ローゼで良い。今日はそっちのリーダーさんの依頼で助力する。その後でいい」
「俺と、戦え」
ローゼは底知れない不安感を押さえて搾り出すように対戦を申し込む。その申し込みにトールは逸らした眼の視線を空に向けながら申し込みに答える。
「……まあ、そんな時期でしょう。襲撃を退けた後で良ければ相手をします。……こいつを、馬小屋に留めておかなければならないので」
失礼、と声になるかどうか程度の音量で呟き、トールはローゼの横を通り過ぎて馬小屋へと歩いていく。
トールが見えなくなったのを見計らってリーゼロッテはローゼに問う。
「……あの子は、何を知っているの?」
リーゼロッテの問いに、無意識に握っていた拳を開き、その掌に浮かぶ汗の無数の粒を見ながらローゼは答えた。
「……わからない」