第29話 第2の目標
遅くなって済みません。
レウスの奴がなかなか逆鱗を落とさずに骨髄ばっか落としやがったせいです。あとパソコン修理に出してたのもありますね。
~セント・ウォルフ~
「うおおおおっ!」
「うわぁぁぁっ!?」
崩れゆくGHGギルド本部から飛び出したローゼとベックの二人はしばらく宙に浮いたあと隣の建物の屋上にローゼは膝で勢いを殺して、ベックは転がって勢いを殺して着地する。
「大丈夫かベッキンガム!」
「あぁ、なんとか……!? おい、あんた! あれ!」
「何……!?」
ローゼがベックの指さす先を見たとき、そこには今にも自分たちの上に落ちてきそうな建物があった。ていうか現在進行形で落ちてきていた。
「落ちてくるなら吹き飛ばせば! チャント……!?」
ローゼは魔法を唱えながら左手でメダルを取ろうとするが、ブレイクアームが発生、痛みでメダルを取りこぼす。
「しまっ……!?」
「魔法詠唱!『風荒び嵐が起こり、螺旋を描けば全て吹き飛ばす竜となる! 【スパイラル・トルネード】!』」
ローゼが思わずメダルを目で追ったその時、幼さが残る透き通った声が響き渡り、思わず目を閉じてしまうほど強く渦巻いた竜巻が落ちてきていた瓦礫をすべて吹き飛ばす。
そして風が止んで目を開けるようになった時には、銀髪の小さな少年、イルムがそこに佇んでいた。
「いよぉーす、おにーさん。大丈夫だった?」
「……なんとか?」
そして間の抜けた声を投げられ、ローゼは戸惑いながらも返事を返す。その時、ベックが摺足でローゼに近寄ってヒソヒソとイルムに聞こえないくらいの声でローゼに問う。
「誰だあれ?」
「あぁっと、ここに来た原因?」
そう答えたところでローゼはとあることを思い出した。
「あぁ、そぉーだイルム! キミ、俺の背中に無臭の香料かなんかつけただろ! 羊が凶暴化するようなさぁ!」
「あぁ、バレた? そっちのほうが特訓になるかなぁって」
「全くなんねぇよ! 移動強化スキルつけてようが走ってるだけだもん! 撃っても死ななかったしぃ!」
「いや大量にいて殺ってもどれだけいるかわからないだけなはずだけどね? 総数は? 経験値の総数は?」
「いやいやいやいや、そういう話じゃないだろうが。什麼生説破ってやるのが目的じゃないんだよ。っていうか今の俺の目的。それは、」
「キミらエレメンツ全幹部と戦い、勝利することだ」
ローゼはイルムに対して人差し指を突き立てる。一時の気の迷いじゃないことはその顔つきが示していた。
「ほぅほぅふんふむ。あれかい? 俺があんたにやったこと?」
「違うね。ただ単に俺の力、それを試してみたいだけさ」
イルムはにやけながら問い、ローゼはそれに対してきっぱりと、しっかりと応える。
イルムはその答えを聞くと、にやけたその口の口角を更に釣り上げ、あるウィンドウを浮かべる。PvP、決闘申込のウィンドウだ。
「フフ、ハハハ、あーはっはっは! おっもしれぇ、おっもしれぇよローゼ! AMランカーって人種はみんなそういうタチなのかい!? メリットとか、リスクとか、そんなまどろっこしい物を投げ捨てる! それがあんたらか!?」
「さぁ? 俺たちみたいな異端と一緒にされたくないのが大体だとは思うのだけどな」
「俺以外の幹部が戦いたがるわけだ! あいつらもあんたの同類だもんな! 1位、2位、5位、9位っ! 数字の優劣があろうが同類だ! 性格が違おうと根っこの部分では同じ! 俺はあんまり戦いたくなかったが、こんなに面白いなら話は別! まあ多少利用させてもらった恩もあるし、受けてやるよっ! その手袋!」
イルムは叫びながらウィンドウを叩く。するとローゼの目の前に【イルムからPvP申請がありました。受領しますか?】というウィンドウが浮かぶ。ローゼはそのウィンドウの問いに迷わず【はい】を押す。
建物の屋根に不可視のフィールドが広がり、ベックはそれに追いやられるかのように屋根の端に追いやられる。
フィールドに入ると同時にローゼの傷が回復する。100%対100%。その状態がPvPの絶対条件。
それを見届けたイルムはローゼに対して問う。
「時間制限は3分、武器は何でも使用可能、クリティカルポイントは頭のみ。異論は?」
「ないさ」
ローゼは問いに答えると、ベックに視線を移す。
「ベッキンガム、キミは先に帰れ。見ての通り、俺は用事があるんでな」
「あ、あぁ。ありがとう! ……えっと、あんたの名前は? そういえば聞いてなかった……」
「ローゼ。薔薇の銃士、ローゼさ」
「……ローゼ! ありがとう! またいつか礼はする!」
「ふふ、期待せずに待っとく。流浪人だし。基本」
ローゼのその言葉を聞くと、ベックは屋根から下りていく。今、この場にいるのはローゼとイルムの二人のみ。
それを判断したシステムはカウントダウンのウィンドウを二人の前に展開する。
【3】
「さて、割と本気でやらせてもらう」
イルムはそう言いながら弓を構え、矢をつがえて弦を引く。サイズが小さいにもかかわらずその手に持った弓は異様な存在感を持っていた。和弓なので威力を出すためにイルムよりもサイズが大きいというのもある。しかし、それだけで装飾もない、緑の単色だけのシンプルな弓にも関わらず、その存在感だ。どれだけの強さか、威力か、その雰囲気が物語る。
【2】
「俺も、真面目にやらせてもらう」
ローゼはG・リボルバーに弾を込め、S・ファランクスのグリップにケースを填める。リボルバーを持つ右手の親指でハンマーを上げ、それぞれ人差し指で引き金を引く。単純な理屈の二挺拳銃。足幅を広げ、重心を低くし、安定性を高める。その銃口と眼光の煌きは獰猛な鋭さを持っていた。
【1】
「「Ready Go!」」
二人はカウントダウンが終わる直前で飛び出す。
【GO】
その表示とともにウィンドウが割れ、その破片の雨から二人が飛び出す。姿を現すと同時に二人ともがその手に持つ得物から弾を発射する。
イルムは弾丸を右拳で払い除け、ローゼは矢をその足の踵についた戦輪で切り払う。
「近づかにゃまともにダメージを与えられない? ハァーハ! マジイケてる!」
「飛び道具がダメか。なら近づいて、直に砕く! Hum、Just do it!」
イルムは弓を背中に翼のように取り付け、ローゼは足を振り下ろし、そして二人同時に身を屈め、足に力を込める。
そしてカタパルトに乗せられたかのようなほどの勢いで猛進、イルムは拳を、ローゼは肘を突き出し、激突した。
ローゼはそのイルムの拳の衝撃を利用し肘を伸ばしこめかみに突き付け引き金を引くがイルムは首を後ろに引くことにより髪にかすらせるだけで回避、足払いを仕掛ける。
しかしそれをローゼは上に低く跳んで回避、膝蹴りを繰り出すが顔面に当てる直前でイルムに掴まれ阻まれる。
「やるもんだねぇ!」
「君もな!」
短くやり取りを交わすと後ろに跳んで距離を取る。そして二人共がまた突進する。今度は、呪文を唱えながら。
「「魔法詠唱!」」
「『広がれ泥よ、我らの足元沼へと変えろ! 地属性魔法【マッディ・フィールド】!』」
「『逆巻け風! 我の四肢を纏い、敵を切り裂く刃と成せ! 【サイクロン・アームズ】! ぶっちぎれぇ!』」
二人の足場が泥となる直前に両方宙へと跳び、空中で戦い始める。
ローゼが弾丸を放ちイルムがそれを体を捻る事でそれを回避し、その回転を利用して回し蹴りを放つとローゼは蹴りを合わせて打つ事によって直撃を避け、泥沼となった地面へと着地する。
「魔法詠唱!『渦巻け泥よ! 捩れて尖り、槍となれ! 地属性魔法【クレイパイルスピア】!』」
ローゼは未だ中へ浮くイルムを見上げると呪文を唱え巨大な泥の槍を生み出しイルムを貫こうとする。が。
「ちょろいぜ甘いぜチョロ甘だぜぇっ!」
「なにぃっ!?」
イルムはその槍の切っ先を掴み、硬質化した槍を足場としてローゼの元へと走ってくる。
ローゼは驚愕しながらもS・ファランクスとG・リボルバーで弾幕を貼るが、イルムの両手ラッシュによる面制圧力に敵わず、全て弾き飛ばされる。
「奥義発動ォ!『スパイラル・アタァック!』」
「ちぃぃっ!」
突き出される二人の腕。ローゼの腕はすれ違うイルムの腕が纏う竜巻と螺旋の刃に切り刻まれる。しかしローゼの腕は止まらない。少し大回りになりながらも銃口をイルムに突きつけようと迷わず進む。
そして二人の腕、それぞれの獲物、拳、銃が相手の顔に突き刺さった。否、突き刺さってしまった。体格差を考えれば有り得ない事態。起こってしまった理由は至極単純。
イルムの竜巻により、ローゼの肘が曲げられ、リーチが短くなった。
単純なその事態は、ローゼにとって敗北を意味した。イルムの拳が突き刺さると同時に巻き起こるドリルのようなエフェクト。それをローゼが認識することができたのは自らの頭を食い破ろうと、頭の中身を掻き出そうとする動きで激しい痛みを感じたからだ。
ローゼはそれでも引き金を引く。そして、発射された瞬間にローゼのHPバーが消え失せた。クリティカルポイントに達してしまったのだ。
フィールドは消え失せ、すべてのフィールド内にあったものは攻撃判定を失う。弾丸はイルムのこめかみに当たりコツンと音を立てて落ちた。
「俺の勝ち! まだまだ早いよ、レベル差とか色々あるし。んじゃ、また今度。……こんなんで心折れるわけないだろ? 予想通りなくせにさ」
イルムは項垂れるローゼを見て声をかける。そしてそのまま風に乗って飛び去った。
「……やっぱり、まだ策が足りないな。風相手に幻影を出す暇は与えてもらえない、しかし簡単に出せる槍なんかはあの身軽さで躱される。だとしたら……」
ローゼは泥から普通の木の屋根になった足場に座り込み、インベントリから地図を取り出す。
「条件を満たすことができるかはわからんが火山で特訓だ。第2の目標は火属性魔法。爆発の強化! ……ターレット捕まえて条件吐かせる……いやでも人道とか倫理観とか……」
ローゼはガリガリと屋根を削りながらブツブツと考えを独り言で漏らす。それは足場の建物の持ち主が苦情を言ってくるまで続いたのであった。