おばけと綿毛・4
灰色のスチール扉をノックする。
コン、コ、コン。
力を均等に込めて叩いたはずなのに、二回目のノックの音が小さい。握りしめた拳を下ろしたあとも指はなかなかほどけず、少しだけ震えている。
緊張しているのかもしれない。
「入りたまえ」
扉の向こうから声がする。大人になり切る寸前に、子供の頃の発声をぎこちなく真似しているような、硬い高音がかすかに混ざった低い声。心の奥底で何かを企んでいるみたいで、頼もしさより、警戒心を抱かせる。
「失礼します」
扉を開ける。
水色の布が張られたパーテーションに防がれる。
「あの」
「プライバシーだ。仕切りはズラしなさい」
「はい」
白い枠をつかみ、パーテーションを前へと押しやった。
部屋の中はまるで校長室のようだった。暗色の立派なテーブルが窓側から廊下に向けて置かれ、西日を受けて橙色に輝いている。
「特定異類特別対応委員会へようこそ、新入生」
その眩しい逆光のなか、黒のツーブロックを丁寧に流した男が柔らかそうな椅子に座っていた。
男がニヤリと笑うと、糸のように細い眉が口端と一緒にキュッと吊り上がる。怜悧な笑顔。まるで、すべてを見透かしているよう。
「君が柊紗夜だな。担任から話は聞いている」
「はい。私はこの現代社会において人妖間の調停を図り、平穏と調和を尊ぶこの組織の――」
「止めろ。長々しい口上は要らない」
制止され、私は口をつぐんだ。
いつの間にか右手を胸に当てていた。リボンネクタイの左側がぎゅっと押し付けられ、斜めに傾いている。やっぱり、緊張しているのかもしれない。
「それで、君はどっちなんだ?」
「……?」
男が両手を組み、口元を覆った。質問の意図を掴みあぐねていると、男は口元を隠したまま語り始めた。
「部活ならぬこの委員会において、加入希望者は二種類に分けられる。1つはやむにやまれず入る者。落第を免れるために内申点を稼ぎたい、友人や親に強制されて加入するしか道がない……まあ、そんな奴らだ。こうした連中は無気力だが無害。幾らでも配下に居て構わない。そしてもう1つが――」
男の眼光が鋭くなり、組んだ手に力が加わる。
「――委員会の立場を利用し、私欲を満たそうとする者」
「……」
「柊紗夜。俺の見立てだと、君は後者の気配がするのだが」
壁掛け時計の音が耳元に響く。
動揺を悟られてはいけない。
次の返事は間違えてはいけない。
でも、正解が分からない。
「……私はただ、この委員会に尽くしたいだけです」
「ハハハハハッ! そんな殊勝な奴、現代にはもう居ないさ」
男は愉快そうに笑った。
本当に、心から愉快そうだ。
「俺はな、柊。別に君が後者だろうが構わないんだ。俺が会長で居続けられさえすればな。……君には野心が、つまり、会長の座を簒奪する気があるか?」
「いいえ」
「よろしい」
男が手を緩め、姿勢を崩した。
私は何らかの試験を――あるいは、儀式を――無事に通過したらしい。荷物を調べる捜査官のようだった男の眼光は弱まり、私の目線をじかに受け止めるようになった。私は今は人として見られている。
達成感はあまり無い。小さな頃、私の知らないところで様々な手続きが行われていることを察した時の、あの居心地の悪さが少しだけ胸にある。
「俺は勅使河原晴翔。会長だ。特定異類特別対応委員会へようこそ、柊紗夜。改めて君を歓迎しよう」
じわり、と西日が机の上に差し込んだ。
そこで初めて、この部屋のライトが点いていないことに気が付いた。




