おばけと綿毛・5
駅前十字路が栄えていたのはずっと昔のこと。僕が生まれるよりも前の話だ。
かつて、レンタルビデオ店やレコードショップ、古書店なんかは毎日学生たちでごったがえし。週末になると通りは近所の人たちでいっそう賑わい、季節ごとに色んな催しが行われていた、らしい。
それが今や見る影もない。僕にとってはこの廃れた風景がデフォなのだから、見る影すらない。
ふと、特別委員会の雑談部屋を思い出す。
僕の生きるこの時代は、色々なものがゆっくりと廃れていく過程の時代なのかもしれない。
☆
「特にへんなのは見当たらないなぁ」
勅使河原会長に実地調査を命じられた僕たちは、高校から十字路までの調査を行っていた。
信号から信号まで歩いて進み、周囲を確認。状況をメモ。信号から信号まで歩いて進み、周囲を確認。状況をメモ……
平坦な道だから疲れはしないけれど、身のない調査は精神にこたえる。だいたい、記録帳には見間違いだったって書いたじゃないか。それに、おばけって夜に出るものでは?
「おばけのおの字すら見つからないや」
錆びたシャッターが4枚、コンビニ1軒、ラーメン屋が1つに、灯りのついていない骨董品屋。ついでに猫が2匹。
普段の十字路と何も変わらない。
「柊さんはどう? 何か見つけた?」
「ううん……」
柊さんはまだ辺りをきょろきょろと窺っている。まるで、洗濯物を干して出かけた人が、ぐずついた空の下で雨の気配を探っているみたいだ。
仕事熱心な人だ。こういう人が隣に居ると僕は仕事をサボれて嬉しい。
「やっぱりビニール袋だったんだよ。もう探すのは諦めて、コンビニで何か買って帰ろっか」
僕に促され、柊さんはようやく周囲の調査を止めた。
"揚げ物30円OFF"の幟を通り過ぎ、僕たちはコンビニへと入っていった。
☆
コンビニを出てすぐ、白線の真ん中あたりで柊さんが立ち止まった。
「何か落ちてる……。 小麦粉、かな?」
目を凝らすと、1、2mおきに作られた白い小山が駐車場を横切り、裏の方まで続いている。
怪しい。穴が開いてこぼれてしまったにしては、あまりにも意図的。誰かがわざと粉を盛り、道を作ったのだろう。
極貧ヘンゼルとグレーテルの道しるべ。
ふむ。
「柊さん、もう一回コンビニに入ってみようか」
「うん」
僕たちはUターンして再びコンビニに入店した。
片手には買ったばかりのビニール袋。少し恥ずかしい。
☆
目当てのものはすぐに見つかった。いや、見つからなかった。
調味料がまとめられた棚。その最下段に置かれていたはずの小麦粉だけ、ごっそり無くなっていた。
「ここだけ売り切れているっていうのは怪しいね」
「奥まで空……。まとめ買いした人がいるみたい」
柊さんが片膝立ちになって棚を覗き込んでいる。物静かな印象だったけれど、彼女、結構アグレッシブだ。
「あるいは、突然パン作りが大流行して需要が増えたか。まあ九分九厘まとめ買いだろうけど」
「どうして小麦粉を買い込んだのかな」
それも、コンビニで。
駅の反対側にはスーパーがある。スーパーのほうがコンビニで買うよりずっと安い。まとめ買いをするのであれば、ますますスーパーで買った方がいい。
「少なくとも、主婦のしわざではなさそうだね。今度は道しるべを追ってみよう」
「うん」
僕たちは何も買わずにコンビニを後にした。少し……いや、かなり恥ずかしい。
☆
白い道しるべは裏から並行に走る一方通行の狭い道路を渡り、道路沿いをずっと学校側、畑の方へと続いていた。
目を凝らしてよく見ると、道しるべは畑の途中、農具用の倉庫がある辺りで切れている。近くには段ボール箱が一つ。
なるほどね。
「井上くん、何か分かったの?」
「うわっ」
コンビニ棚のときと同じような拍子で、柊さんが僕の顔を覗き込んだ。
「ま、まあ。だいたいは。柊さん、最近この辺りでへんなものを見なかった?」
「へんなもの?」
「もちろん僕以外でね。例えば、鮮やかな色の小鳥とか、霧のようなものとか……」
「……あっ」
柊さんの瞳孔がピンと大きくなる。
「タンポポの綿毛……あの畑の辺りで、大きなタンポポの綿毛が浮いてた……」
「完ぺき」
これで謎はだいたい解けた。後は犯人を捕まえるだけだ。
そうすれば、この『迷子のおばけ保護』の依頼は収束する。
「柊さん、僕と夕方まで付き合ってくれないかな?」




