おばけと綿毛・2
そうして藤堂に連れてこられたのがココ。特定異類特別対応委員会。
委員会室の部室(部室と呼ぶのか?)は職員室を右手に通り過ぎたみっつ先、そして、用具室のひとつ手前にある。セミ角部屋。あるいは準用具室。
正式名称を丸ごと入れるには狭すぎるのだろう、入口のプレートには「委員会室(特)」と書かれていた。
入口は一つだけ。全幅は隣の用具室とさほど変わらない。位置といい、面積といい、明らかに"ついで"に作られた感ありありの部屋なのだが、内装は意外と整っている。というか、だいぶ豪華だ。
……いや、それは窓際半分だけの話。通路側はスラムさながらの様相だ。
ワックスが剥げかけた床に、傷だらけの壁。もはやアンティークの風格さえ漂わせている木製の机には、青いパイプ椅子。ここが僕ら新入生のテリトリーだ。きっと下町訛りが第一言語に違いない。
で、シティの側は床からしてもう凄い。えんじ色の高級そうなペルシャ絨毯が敷かれており、マホガニーの重厚な執務机が壁さながらに両区画を分断している。その後ろでは黒革のアームチェア、観葉植物、ショーケースが安逸をむさぼっている。
壁の傷は異類が暴れた名残なのだとか。鬼の生徒が人質を取って立てこもる事件があったらしい。と、委員長のてしわ……てわが……て…………。委員長が言っていた。
昔は大変だったようだ。
雑談部屋と化し、閑古鳥が鳴きわめいている現代では想像もつかない。
☆
ノートを閉じ、暇つぶしのためにカバンからスマホを取り出していると、扉が再び開いた。
「あ、井上くん。早いね」
僕より少し背の高い、凛とした女子生徒が部室に入ってくる。
彼女の名前は柊紗夜。僕の唯一の同期であり、数少ない実働部隊だ。僕が藤堂に連行された日の放課後、自分の意思でここに所属したらしい。
変わった人だ。
「クラスメイトから相談を受けてて。逆に、柊さんは今日遅かったね」
「私も相談を受けてたの。陸上部に入ってくれない? って」
「へぇー……」
まずいな。柊さんが陸上部に入ってしまったら、特別委員会は実質僕一人で運営しなければいけなくなる。
僕はスマホを机に置き、なるべく真剣そうな顔を装いながら語った。
「兼部は難しくない? ほら、実地調査もあるし。今日さ、駅前十字路にお化けが出るって相談されたんだけど、これを委員長に話したら僕ら駅前まで調査に行かされるよ?」
もちろん、対策が不要な相談だった、というオチは伏せて。
「会長、ね。兼部については私も同感」
柊さんは壁に立て掛けてあるパイプ椅子を広げ、僕の横に置いた。
錆びかけた脚の関節がギィ、と鳴る。
「でも、必死にお願いされて……」
「こ、断れず……?」
「ううん。入部は断ったよ」
良かった。僕は作り物の顔を崩さずに安堵した。
「私はここが一番大切だから」
柊さんが視線を落とし、ノートを睨む。
本物の真剣な表情。
「その人には空いてる日に、たまに手伝うくらいなら良いよって言って納得してもらった。だから、ここには毎日は来れなくなると思う。ごめんなさい」
「別に謝らなくても……。僕は柊さんみたいに本気じゃないから、負担が増えなければ別に何だって構わないよ。……まぁ、陸上部の合宿に同行してまるまる一ヵ月居なくなる、とかなら困るけど」
「それはもう部員になってるよ。井上くんって意外とへんな人?」
「少なくとも、普通であろうと努めてるよ」
「へんな人だ」
そう言って柊さんはノートを開いた。
アマチュアなら、彼女は怒っていると判断しただろう。彼女の顔や声色は、僕がいままで観察してきた中で一番読み辛い。
その点僕はプロだ。柊さんの表情が微妙に柔らかくなり、眉間の筋肉が緩むのを見逃さなかった。
柊さんは笑った。特定異類特別対応委員会に所属してから五日目。僕は初めて柊さんの笑顔を見た。




