第9話 知らない間に
私が、書類の山に埋もれている間に、数か月が経った。
この修道院は、修道院であるにもかかわらず、食事がおいしい修道院だった。
「院長様が王家のご出身ですので」
料理長も王宮から一緒に連れてきたらしい。おいしいお昼をごちそうになれるので、私は大満足だった。
修道院長様は楽しい話し手で、私はお話を伺うのが大好きという訳で、いつもお昼をご一緒させていただいていた。
そして、ある日、いつものようにお昼を食堂でご一緒しているとき、突然、修道院長様が切り出した。
「へスター、ボイル部長だけど」
私は、あわてて修道院長様の顔を見た。修道院長様が手でシュッと首を刎ねる仕草をして見せた。
王族にありえない手真似……だけど、王族にふさわしい?仕草なのかしら?
「ま、まさか?」
物理で?首を刎ねた?
私がびくついていると、尼僧服の堂々とした老婦人はフフフと笑った。
「クビにしたと思った? 違いますわ。私たち、何もしていませんわ」
解雇にもなっていないのか。まあ、よかったのか?
「奥様からクビになりましたのよ?」
「え? つまり?」
「つまり離婚されましたの」
そういうと、修道院長様は、優雅にニッコリ微笑まれた。
「そ、それは、お気の毒……」
「奥様がね、お気の毒ですわ」
やんわりと訂正された。
いやまあ、それは確かに。浮気されてたし。奥様は悪くない。被害者だ。
修道院長はため息をついた。
「入り婿でしたの」
え。それは知らなかった。
「ですので、今は平民ですわ」
ちょっと待って。ボイル部長、まさかの平民落ち? 確か、侯爵家だって散々自慢していなかったっけ?
「まあ、身分を自慢されていたんですの? 爵位は奥様なものになるはずですのに? 身の程知らずですわねー。それより平民になりましたでしょ? そしたら、王宮勤務がめんどくさいことになりまして」
「そう言えば、ある程度の身分がないと、王宮に出入りできない決まりでしたわね……」
私は思い出した。私も男爵家の娘だったので、縁のあるロビア侯爵に仮親になってもらって、出仕したんだった。
ただの女官なら、そこまで必要なかったのだが、ちょうど王女様付きの侍女募集中だったので、最初は王女様付きで王宮に入ったのだ。
意外と王宮は身分問題がある。
「今回は管理職が不祥事で、しかも貴族の身分をなくしたとなると、少し困ってしまって」
院長様はため息をついた。
「誰が奥様にお知らせしたのかわかりませんが、とにかく、降格処分になりました。部長ではなくて、上席にね」
「私の跡地ですか?」
「まあ、そうなるのかしら? 無能な元部下の跡地ですもの、仕事が楽過ぎて、むしろご褒美でしょう」
そうだろうか。変にプライドが高いボイル部長が、私の跡地だなんて、今頃なにか拗らせているに違いない。
「元の奥様のお父様がご健在で、財務の宰相なんですのよ」
えええ? そんな大物の娘の奥様と離婚しちゃったの?
「それは、非常にまずいのでは? もしかして、部長職もそれで?」
院長様は大きくうなずいた。
「巷では、そんな噂でしたわ。そのせいで、無能でも、なかなか手を出せないって」
「確かに」
私は大きくうなずいた。あれだけ席を空けていたら、さすがに目立つ。せめて席にいれば、仕事をしていなくても、あそこまであからさまにバレなかっただろう。
しかし、今後は、ものすごくやりにくくなるだろうな。
「あれほど、無能な部下、無能な部下と、あなたのことを謗っていたんですもの。自分がなさる分には、三人も人は要らないでしょう。マリリンとか言う娘のみ残して、あとは転属になったそうですよ」
となると、今は、どういう状況なのかしら?
「マリリンのご実家は男爵家だそうですけど、娘の嫁ぎ先に困ると抗議されたそうですわ」
「なかなか強気ですわね」
ちょっと驚いた。そんなことを公言すると、二人の関係を認めたことになってしまう。元妻が浮気相手に損害賠償を求めるケースもあるんだけど。
「ボイル部長の元の奥様から、すかさずマリリン嬢の家へ、損害賠償請求が入ったそうですわ」
うわー。泥沼。
「真実の愛を貫いた元ボイル部長とマリリンですわね。結婚に何の支障もなくなって、さぞ喜んでいると思うわ。二十は違う年の差婚ですけど、すべての障害を取り除いてあげられて、私も嬉しいわ。マルガリータも、ちょっと笑っていましたわ」
マルガリータは王妃様のお名前だ。王妃様も噛んでいたのか。それは、無敵だわ。
それから、修道院長様、さっき誰が伝えたのかわからないって言ってましたよね? でも、今、すべての障害を取り除いてあげられてって、言いました?
「それから……もう一人、監督不行き届きで、私が全く気に入らなかった人物がいますのよ」
今度は、かなり怒った様子で、修道院長様は言葉を続けた。




