第3話 辞めよう
ボイル部長は知らないだろうが、私は王妃様から感謝の気持ちということで、王家からの年金をもらえることになった。
「ありがとう、クレア」
王妃様は毅然とした方だった。まあ、それでなきゃ王妃様は務まらないと思う。なんでも、国王陛下も頭が上がらないそうだから。
「派手なパーティに花を添える娘たちは大勢いましたが、あなたが裏を取り仕切って、失礼がないように、失策がないようにしてくれたのは知っています」
うっかり涙が出そうになった。私の仕事は地味。誰かに気が付いてもらえるような仕事じゃない。
招待客の名簿も載せる順番も、王室晩餐会の手順を打ち合わせて、王女様が戸惑わないように、王女様が素晴らしく見えるように、とにかく走り回った。
私は王家からの年金をありがたくいただいた。多い額ではなかったが、私一人暮らすには十分だ。
だが、その話は誰にもしなかった。
王妃様やその周辺は当然知っていたろうが、王家にとってはわずかな額だったので話題にもならなかっただろう。
だが、マリリンにとってはうらやましい話だと思う。だから黙っていた。
「このままでいいの?」
アグネスは叫んだ。
その叫びは心のどこかに引っ掛かった。
それに、どうしてボイル部長は、私がフリーマン長官に気があるだなんて言い方をするのだろう。フリーマン長官に失礼だ。
正直、全く、そんなつもりはありません。
一方で、マリリンたちを目指して事務室に侵入してくる若い男性たちは、結構多い。ボイル部長が不在がちだからだ。
キャアキャア話し続ける彼女たちを取り締まってくれるのは、アグネスだ。名家の伯爵家に嫁ぐ予定の彼女ににらまれたら、マリリンも若い男どもも一言で黙る。
だから、よけい考えてしまうのだ。アグネスがいてくれているうちはいいけれど、彼女がいなくなってしまったら、私、本当に不用品だなと。
私は密かに王妃様に手紙をしたためた。
アグネスがいなくなったら、私も辞めよう。
なにしろ、私は不用品なのだから。
でも、王妃様だけは違う。私を認めてくださった。その方に不義理はしたくない。
私のような者を王妃様はお忘れかもしれなかったが、私はそれをよく知る王妃付きの女官に渡した。手元にわたらなくてもいい。役に立たなくなったので、引退しますと言うことだ。
ちょっとすっきりして、私は机を片付け始めた。
アグネスには、辞めてしまってから言えばいい。私が辞めたところで、王宮には大勢の人がいる。マリリンに私の後釜は無理だとしても、他に誰かいるだろう。いなくても、別の部署から連れてくるなり新しく雇うなりすればいいのだ。
「ボイル部長は、どちらに?」
また誰か来た。
「ちょっと席を外されているようですわ」
「急ぎの文書なのですが?」
「拝見してもよろしければ、確認しますが」
「いや。部長宛てと言いつかってきているので」
「では、そちらに置いて行ってください」
私は静かに自分の仕事に戻る。お使いはイライラしているが、私が知ったことではない。
「部長の戻り時間は?」
ついにしびれを切らせて聞いてきたが、私は知りません。
「黙って出て行かれましたので、わかりかねます」
お使いは怒ったらしい。私をにらみつけると、ちょっと迷った様子だが出て行った。
しばらくすると戻ってきて、私に尋ねた。
「あなたはへスター・ロビア様ですか?」
「そうです」
彼は困った顔をしていた。なにしろ、今日はアグネスは休暇だったし、三人の若い女官たちはボイル部長がいないことをいいことにどこかに行ってしまっていたからだ。これでは、ボイル部長を探してきて欲しいとも言えないだろう。部屋に誰もいなくなってしまう。
「上司に、ロビア様がいれば、代わりに書類を確認してもらえと言われました」
「そうですか」
私は、中身を改め……それは確かに急ぎではあったが、中身的にはどうでもいい内容だった。つまり判断する余地がない案件だった。
私は代理で処理し、お使いを返した。




