第2話 侍女から女官へ
アグネスは、私より後輩だけど、もう結婚が決まっている。実は彼女は伯爵令嬢で、おうちも裕福だ。うっかり勉強が出来過ぎて、つい女官になってしまったのである。
彼女が上席に納まっても、誰も何も言わない。彼女は美人だし、家格も高い。婚約者が決まっているから、邪魔にならない。それに二か月後に退職が決まっている。
「ボイル部長のあの発言、何?」
帰り道、アグネスが追いついてきて、プリプリしながら言った。
私も正直、むちゃくちゃ腹が立っていた。
「あのおバカ三人衆の後始末をしているのは、あなたよ。ボイル部長は、あの子たちがかわいいからって、好きにさせているけど」
おバカ三人衆というのは、マリリンたちのことである。
「あの人たちも、仕事をしろって言われていれば、もう少し覚えると思うんだけど」
実際、マリリンたちは仕事を始めたばかりだ。もっとちゃんと教えてもらえないと、出来るようにはならない。ボイル部長は自分もしょっちゅう席を立ってどこかに消えてしまう。別な部署からお使いや急ぎの文書が来ても、私が走るだけだ。おバカ三人衆は、何もできない。アグネスを走らせることも出来るけど、伯爵夫人(予定)がお使いにきたら、来られた方が真っ青になってしまうかもしれない。
「そこじゃないのよ。なんであなたが、行き遅れなんて言われなきゃいけないのよ」
「まあ、問題はそこよね」
でも、行き遅れは、事実だ。
私は、特に男性に声をかけられたことも、声をかけたこともない。
それは実家にいた頃からそうだった。
私の家は、一つ下に妹、四つ離れて跡取りの弟がいる。
私と妹は、どこかに嫁がなくてはならなかったのだが、どうしても、妹の方が目立ってしまう。
私はメガネをかけていた。それだけで見た目は八割引きになってしまう。メガネを外すと、よくわからないので、すごく消極的になってしまった。
顔の良し悪しより、積極性というか愛想の良さというか、ためらいのなさというか、すべてのジャンルにおいて、妹に完全に負けていた。
そして、ドレス代問題があった。
一つ違いが致命的だった。これが弟が一つ下で、妹が四歳下というのだったら、ドレス二枚は要らない。でも、私たちは一つ違いで、ほぼ同時にデビューだ。ドレスを二枚も作れない我が家は詰んだ。正確には私が詰んだ。
「私の成績がよかったから、王都で仕事をすることになっちゃって」
そんなふうにゴマかしたが、隣の領地の伯爵家の嫡男様が、妹にほれ込んでくださったのだ。もはや、一族郎党、総力を挙げての妹推しである。私なんか、それこそ眼中になかった。
王宮に勤務すると、結構なお給金がもらえた。さすがに妹のドレス代を実家に送る気にはなれなかったが、弟の騎士学校への入学金は、一部出しておいた。万が一にも、実家戻りになったら、頼りは弟である。
そんなこんなで妹は無事、隣の伯爵家へ玉の輿婚を成立させた。めでたし、めでたしである。
「めでたくないわよ。あなたはどうなるのよ」
アグネスはいい人だ。その通りよねと、私もつぶやいた。
「仕事の能力は抜群なのよ? 評価されていないんじゃないの? あのボイル部長! サボってばっかりいるくせに」
「いや、ほんと、その通りなのよね。どうしようかな、私」
「その通りじゃないでしょ? イジメよね? 行き遅れ、行き遅れって」
「でも、行き遅れだしなー」
ちょっと! どうにかしなさいよ!っと叫んで、アグネスは私の肩をつかんでガタガタゆすった。激しいな、アグネス。
「あなたは王妃様の覚えがめでたいのでしょ? 第一王女様が隣国に嫁がれた時、全部取り仕切って大変感謝されたそうじゃないの」
実は、誰にも言っていないが、その時に一財産もらっている。王家から支給される年金だ。




