第1話 不用品
私の名前はへスター。地方の男爵家の長女だ。そして、王宮で働き始めて、もう十年が経とうとしている。
「へスター様は地味よね」
新しく入ってきた新米女官が、ヒソヒソと同僚に感想を言っているのが聞こえた。
私の家名はロビアというのよ。私はあなたの先輩。お友達じゃないの。
上司に当たる私のことは、ロビア上席と呼んで欲しいな。
長いこと働いてきたので、席だけは上席になっている。
女官たちは、最初こそ私を品定めしてヒソヒソ囁くけれど、そのうち、そんなつまらないことにはすっかり興味をなくして、もっと切実で面白いことに夢中になる。
面白いこと……彼女たちは、まさしく婚活のために来ているのだ。
だってここは王宮。
侯爵家、伯爵家のご子息など、身分も高ければ、見た目もキラッキラな、もうホントに有望株な殿方たちが、廊下を歩いている。
宮廷舞踏会の会場でもなければ、名家の伯爵家の園遊会会場でもないけど、ターゲットな殿方が、その辺をフラフラ歩いている! 毎日がチャンスありだ。
舞踏会だの園遊会に参加するためには、ドレスがいる。その前に招待されなくちゃいけない。
あなた方、招待されますかね? 招待されても、行くだけの財力があるでしょうか?
私はメガネをクイッと上げて、若い女官たちを眺める。
「うん。若くてかわいいわね」
私はもう若くないし、そもそもメガネをかけてて、顔があまりわからない。
私と比べれば、彼女たちはずっと……いや、そう言うことを考えるのは止めよう。いいことなんかない。
若くてかわいいことを見てもらうためには、舞踏会なんかの機会が必要なのだ。しかし、王宮の女官なら、お仕事というイベントが目白押し。チャンスだらけ。十年経っても、結婚できていない私が言うのは問題だけど。
「ロビア嬢は、とっても若くてかわいいよ」
私はびっくりした。苦笑いしながら、声をかけてくれたのは、ウチの部署の責任者のフリードマン長官だった。
フリードマン長官が現れると、部屋中の女子の目線がサッとそちらへ向かう。
うん。フリードマン長官はウチの部署のみならず、王家の経費部門の総括責任者だもんね。財務長官である。エリート。
オマケに顔がいい。華やかな顔立ちではないが、整っていて理知的だ。それに名門フリードマン侯爵家のご子息だ。ただし、三男なので、爵位は継がない。
いつも冷静で的確な指示を出す。直属の上司のボイル部長とは大違い。ボイル部長は女子(私以外)には寛容で、ねっとりしている。それに比べると、フリードマン長官は事務的で近寄りにくい。
そこらへんが、彼女たちに二の足を踏ませている理由だろうな。恋愛沙汰なんかに興味がなさそうだ。これは、婚活軍団にとって致命的。あと、長官というだけあって、年がかなり上。
「ちょっと。君たち仕事して」
おお。珍しい。ボイル部長から声がかかった。部長、全然仕事しないくせに、他人はこき使うんだよね。
「はあい。部長」
マリリン嬢が間の抜けた声で返事して、フリードマン長官は隣室に消えた。それを見届けると、ボイル部長は言った。
「ロビア嬢も見とれて、ぼーっとしていないで。フリードマン長官は、気遣いの人だからね」
私、ぼーっとなんかしていません。仕事をしていましたよ。
「たまに、ああやって部下をねぎらってくれる。それだけだ。ロビア嬢、感違いしているようだけど、あまりそんな期待はしない方がいいと思うよ。君みたいな不要品、誰も相手にしないんじゃないかな。君が行き遅れを気にしてるのはわかるけど」
ボイル部長があきれたような調子で言った。周りにいるマリリン嬢と数人の若い女官が抑えきれない笑いを漏らしていた。一方で、もう一人の上席女官のアグネスは、怒り狂ってボイル部長とマリリン嬢たちをにらみつけていた。
「失礼よ。相変わらず、ほんとうに失礼だわ」
アグネスが小さい声で言った。




