第12話 復讐その2
「私の退職がチャンス?」
私は思わず眉をしかめた。退職を喜ばれるとは不愉快だ。
「私はあなたの退職希望を握り潰しました。つまりボイルに教えなかったのです。教えたら引き留められます。あのまま、話しかけることも出来ない状態が続いてしまう」
ボイル部長は、私が退職することを知らなかったのか。
「あなたが職を離れたら、あのバカの支配下を離れる。私があなたに近づいたら、あのバカに何を言われるかわからない。私はボイル部長に憎まれていた。ボイル宰相に何をどう吹き込まれるかわからなかった。でも、単なる個人としてなら……」
握った指先に力がこもる。
「お願いできるかもしれないと」
「何を……」
聞かなくたってわかった。
でも、それまで私には全く関係のない話だと思っていた。私はすごくかわいいわけじゃない。メガネをかけている。他の人たちは、いろんな男性が来て話しかけるけど、私には関係ない世界。私はそろりといつも抜け出していた。
でも、今日は灰色の目が離してくれない。つかまれた指先は、抜こうとするとかえって強くつかまれた。
「少しだけ、あなたの時間を分けてください。今すぐとは言わない。私と結婚する可能性があるかどうか、それを検討する時間をお願いしたいのです」
急に客間のドアが音を立てて開いた。
「まどろっこしい!」
「院長様!」
修道院長はどこかから杖を持ちだしていて、それをフリードマン長官に突き付けた。
「結婚してくださいと言えないの?」
「あ……」
フリードマン長官が少年のように見えた。
「へスター・ロビア嬢、結婚してください」
さっと院長様は私の方に杖を突きだした。
「返事は?」
「え? あの、私でよろしいのですか?」
「あなたがいいんです!」
フリードマン長官が膝まずいた。
「結婚してください」
彼は言った。
「あなたを探し、ずっと追いかけてきたんだ。どうかイエスと言って欲しい」
なんてことかしら。ついに私にも、結婚のチャンスが! どうしよう。
しかし、ここで問題が起きた。
「まだ、決めなくていいと思うわ」
高らかに笑いながら間に入ってきたのは、修道院長様。
「大体、この男には監督責任というものがあると思うわ。こういう人間が、部下の悪行をうやむやにするから、へスターのような被害者が出るのよ」
あのう、それを言うなら、悪いのはむしろボイル宰相では? ボイル部長の義父だとか言う方ですわ。
しかし、修道院長様の圧はすさまじく、ちょっと意見は言いにくかった。
「へスター。あなたも、私に言うとか王妃様に訴えるとか、そう言う勇気が必要ですよ」
「なかなか、正直、難しかったのではないかと」
フリードマン長官が言いかけたが、そんなものは完全に黙殺された。
そして私は、外聞が悪いからというよくわからない理由で、今度は修道院へ引き取られた。
私が修道院に住むことになって以来、フリードマン長官(どう見ても男。尼僧には全く見えない)がしょっちゅう尼僧院へやってくるのだけど。
尼僧院に男が毎日やってくるのって、どう聞いても人聞きが悪いと思うの。王宮に勤めている人なら、余計都合が悪くない? 変な噂になっていそうでいやだわ。
「ここの修道院の評判が落ちてしまうわ。マルガリータも心配していたわ。困った人ね、フリードマン長官って」
なんだかわざとらしく尼僧院長様はため息をついた。
「仕事はどうしているのかしら? ボイル部長と言い、本当に人材に恵まれないわねえ」
修道院長様が私を修道院に引き留めているのは、事務仕事を代わりにしてもらいたいからだそうだけど、これは修道院長様によるフリードマン長官に対する復讐なのかしら。嫌がらせでは?




