第11話 言い訳(か、事情説明)
フリードマン長官は苦しそうな表情になった。一度口を開きかけ、そして口を閉じた。
代わりに口を開いたのは修道院長様だった。
「ねえ。フリードマン長官はボイル部長の上司で、いくらでもあなたをかばってあげられたはずなのに」
「ボイル宰相という人物がおりまして……」
フリードマン長官は言いかけた。
ボイル宰相というのは、ボイル部長の義理の父のことかしら? さっき、院長様がそんな話をしていたけれど。
「ボイル部長が、あなたを謗る度にはらわたが煮え返るようでした」
フリードマン長官が早口で言い出した。
「何回も交渉しましたよ。配属替えをするようにって。私のもとに変更だと。文句を言っているくらいなら、もっと有能な人物に変えたらいい。でも、ボイル部長にいつも拒否されたんです」
「なぜ?」
私は呆然とした。ボイル部長は私のことを嫌っていたと思う。どうして配置換えを拒否したんだろう。
「そりゃあ……。あなたは有名でしたよ。あなた一人いれば、本当に仕事が楽になるって」
ビックリした。そうだったの?
そんなに頑張ったつもりはないんだけど。
「だから、みんなボイル部長があなたを手放さなくても不思議に思いませんでした。私は上司でしたが、ボイル宰相を義父に持つ人物には逆らえませんでした」
「もうちょっと根性がある男の方が好きよね? ねえ? へスター」
フリードマン長官があまり深刻そうなので、私は、気持ちを軽くしてあげたいと思って言った。
「フリードマン長官、ありがとうございます。お心遣いいただきまして」
「違うわよ。下心よ」
院長様が、割り込んだ。
「あの、院長様、へスター嬢の居所を教えてくださいまして、ありがとうございます。しかし、このままでは一向に話が進みませんので、二人だけで、事情をお話したいです。誠に申し訳ございませんが隣室に……」
フリードマン長官が拝むように頼み込んだので、気が利く私はサッと身をひるがえして、隣の客間に行こうとした。すると、フリードマン長官はドアと私の間に滑り込んだ。そして、私の指をつかんだ。
院長様は笑い出した。
「いいわよ。私が出て行くわ。失礼際まりないわね、フリードマン長官。覚えておきなさいよ。マルガリータと私を敵に回したらどうなるか」
そう言うと、院長は席から立ち上がると、堂々と客間に行ってしまった。
ちょっとちょっと、どういうことなの?
フリードマン長官と二人きり?
ドアが閉まると、フリードマン長官は私に向き直った。
私はいつもフリードマン長官は、不思議な目をしていると思っていた。今日もずっとその目をしている。なんだかわからないか何かを湛えた目だ。
そして、今は指先を離してくれなかった。
「あなたを好きで」
彼はどもりながら言った。
「辞めてしまうと聞いたとき、どうしようかと思いました」
私は、フリードマン長官の目を覗き込んだ。
彼は若くない。何を言っているんだろう。好きとか嫌いとか、そんな感情論を語る人じゃない。いつだって、冷たい目つきでだった。男も女もない。
「だけど、このままではどうしようもないと思って。ボイル部長は最低な人間だった。あなたを決して離さない。あなたと話をしようものなら、部屋から追い払われる。ボイル部長が不在の時は、あの娘たちが寄ってくる。ボイル部長は、あの娘たちに、私が彼女たちに気があるから、あの部屋に来るのだと吹き込んでいたそうです」
「なぜ? どうしてわかったのですか?」
フリードマン長官は苦々し気だった。
「そのうちの一人が得意そうに言っていました。私たちに気があるなら、ちゃんと伝えなさいよって」
「それは……ずいぶん自信家ですね?」
フリードマン長官に向かって、それはすごく厚かましくないかしら? 職場で色恋沙汰なんかする人じゃないわ!
今は、様子がおかしいけど……?
「あの娘たちは、ボイル部長に教えられたそうです。フリードマンは、若い娘が好きで、特に君たちのことが気になっているようだ、上司だし、喜ばせた方がいいだろうから、せいぜい相手してやってくれと」
「なんだか、すごく失礼ですね」
私は驚いた。若い女性が好きなのはボイル部長だろう。フリードマン長官に、そんなギトギト親父の雰囲気はまるでない。仕事は出来ると評判だ。それに、プライベートを仕事に持ち込まないイメージがある。
「ボイル部長は私のことを嫌っていたから、私があなたを好きだと知ったら、ありとあらゆる嫌がらせをしたと思います。社交辞令以外、あなたに話しかけられなかった。それでも、留守中に、私があなたに話しかけることを警戒して、あんなハニトラまがいのことまでしたんでしょう。実際に真実の愛を貫いてしまったのは部長の方でしたが」
私は何とも言えなかった。他の言葉が全部抜けて、『好きだと知ったら』の部分だけが残っていた。
「ボイル部長はどうしてあなたをそんなに嫌っていたのでしょう?」
「自分より優秀な人間は全員許せない。そんな人間です。だから、私にはむしろチャンスでした。あなたの退職願いは」




