第八話 戦争を終わらせると困る奴ら
倉庫の空気が重い。
魔王軍の兵糧。
人間国家の軍人。
そして、その仲介をする商人。
誰も口を開かなかった。
いや。
開けなかった。
「……説明しろ」
魔王の声が響く。
低い。
静か。
だが、倉庫全体の温度が下がったように感じる。
殺気だ。
見張りたちは完全に震え上がっている。
対するベルクは、平然としていた。
「見たままですよ」
「敵国と通じているのか」
「商売をしているだけです」
「余の兵糧を横流しして?」
「はい」
即答だった。
普通ならそこで首が飛んでいる。
だがベルクは一切怯えない。
いや。
怯えられないのか。
「理解していただきたい」
ベルクは静かに続けた。
「我々は、戦争を“回して”いるんです」
「回す?」
「ええ」
ベルクは積み上げられた麦袋を軽く叩く。
「兵糧、武器、薬、護衛、輸送。戦争には莫大な金が動く」
「だから儲かる?」
「当然です」
その声には、一切の罪悪感がなかった。
「人間国家は魔王軍を恐れて軍備を増やす。魔王軍は勇者軍を恐れてさらに兵を集める」
「その間を商人が儲けるわけか」
「ええ」
ベルクは笑う。
「実に効率が良い」
胸糞悪い。
だが。
理屈としては、理解できてしまう。
前世でもそうだった。
戦争。
災害。
不況。
混乱するほど儲かる業界は存在する。
「では質問です、財務顧問殿」
ベルクがこちらを見る。
「もし戦争が終われば、どうなると思います?」
「……」
「軍需で食っていた商人は死ぬ。護衛業も死ぬ。傭兵も失業する。地方経済も崩れる」
倉庫を指差す。
「この港の半分は、戦争需要で成り立っているんですよ」
魔王は黙って聞いていた。
「だから止められないのか」
「正確には」
ベルクは目を細める。
「止めたくない者が、多すぎる」
沈黙。
重い現実だった。
戦争は、もはや国家間の争いじゃない。
一つの巨大市場になっている。
「……なるほどな」
魔王が呟く。
「だから余の国は、貧しい」
「はい」
ベルクは頷いた。
「戦争で勝っても、金は市場へ流れる」
兵は死ぬ。
国は疲弊する。
だが商人だけが太る。
歪んでる。
完全に。
「で?」
俺は口を開いた。
「なんでわざわざ俺たちに見せた?」
「簡単です」
ベルクは俺を見る。
「あなたなら理解できると思った」
「何を?」
「この世界は、もう国家では動いていない」
その言葉に、ぞくりとした。
「市場が国家を飲み込んでいるんです」
ベルクは続ける。
「王も、貴族も、軍も、金がなければ動けない」
「……」
「つまり本当に世界を支配するのは、“流通”ですよ」
倉庫の外で、船の汽笛が鳴る。
深夜の出港。
人知れず動く物流。
戦争の裏側。
「だから俺を引き込みたいのか」
「ええ」
ベルクは笑う。
「あなたには、その才能がある」
危険な誘いだった。
正直、少しだけ分かる。
国家より市場。
剣より物流。
武力より信用。
その考え自体は、俺も理解している。
だが。
「断る」
俺は即答した。
ベルクの目が細くなる。
「理由を聞いても?」
「今のあんたら、寄生虫だからですよ」
空気が止まった。
見張りたちが青ざめる。
だが俺は続けた。
「市場を動かしてるんじゃない。“戦争に寄生”してるだけだ」
ベルクの笑みが消えた。
「戦争がなきゃ回らない市場なんて、結局不健全なんですよ」
「……理想論だ」
「そうですよ」
俺は笑った。
「でも国家って、理想がないと終わるんで」
前世で嫌というほど見た。
短期利益だけ追う組織は、必ず腐る。
だから必要なんだ。
遠回りでも。
ちゃんと回る仕組みが。
「……なるほど」
ベルクは静かに息を吐いた。
「やはり、あなたは危険だ」
その瞬間。
倉庫の外で爆発音が響いた。
轟音。
揺れる床。
「なっ――」
見張りが叫ぶ。
「襲撃だ!!」
次の瞬間、倉庫の扉が吹き飛んだ。
雪崩れ込んできたのは――白銀の鎧。
「中央諸国連盟軍!?」
だが、おかしい。
敵兵たちは真っ先に“人間側の商人”を斬り始めた。
「裏切り!?」
「口封じか!」
混乱。
怒号。
血飛沫。
そして、その中で。
一人だけ冷静な男がいた。
ベルクだ。
「……なるほど」
彼は静かに笑った。
「どうやら、“上”は取引継続を望まなかったらしい」
「上?」
その瞬間。
俺は気づいてしまった。
これ、単なる密輸じゃない。
国家規模ですらない。
もっと上だ。
もっと巨大な何かが、この戦争を動かしている。




